第7話 ロック・アパート

 「そうだ、チェスター」


 ロック・アパートへ向かう道すがら。思い出したかのように、ジェイムズは聞く。


 「アプローチ図の書き方を教えて欲しい。この間、スポンサーに駄目出しされてね」


 この件で、チェスター以上の適任はいない。目的の頂のために、幾つもの山林を超えて来た男は、水平の冒険においても一流と言って良い。そうでなくとも、地学者を志す彼である。教師として仰ぐには丁度良かった。


 「心得たよ。まあ、相手があの・・カーナーシス老だ。中途半端なことはしないできっちり仕込んでやる」


 少々、スパルタなきらいが有るが。




 結局、同輩の二人と、後輩三人にジェイムズを入れた、六人での行軍になった。小道を歩いて行く。自分たちで踏み固めた道である。其れこそ、アプローチ図なんていらないくらい、この道を歩いてきた。見通しの悪い、木々の間。知らぬものには変わらぬ風景でも、もう、分かっていた。


 「もうすぐだ」


 デヴィッドは言った。一番下の後輩が、本当ですか。と口にした。詰まらない林間の道を歩くのに辟易したのではないだろう。もっと、期待感のような感情からの一言であった。


 そして――。

 丈は25メートルが精々。だが、数十メートルも続くそのチャートの崖は、物々しい佇まいでそこに有る。そして、残置されたピトン達が、そこで行われる事を物語っていた。


 ロック・アパート。堅固な岩の城塞に魅了された者達が住む場所。クラブが最初に開拓したフリークライミングのゲレンデである。




 「着いたな」


 その場所に着いて、最初に口を開いたのはデヴィッドであった。其処から口々に、やれ何処を登るだの、誰をビレイするだのと騒ぎ始める。誰の祝なのかを忘れていまいか。しかし、そういった戯れを眺めるのは、ジェイムズは嫌いで無かった。

 但し。当の本人と、デヴィッドは、其の喧騒の中に無い。しかしそれも、長いことの暗黙の了解であった。何故なら――




 「デヴィッド。今日は何を登る?」


 これもまた、いつものように。ジェイムズは、シュリンゲを体に巻きながら聞いた。手慣れた手つき。 最後にカラビナで止めて、体に固定する。


 「俺は決めてるよ。お前は再登になるから、別のをやっても構わないけど――」


 ジェイムズのビレイはデヴィッドが取って。デヴィッドのビレイはジェイムズが取る。照らし合わせて決めたわけでは無いけど。いつの間にか、そう決まっていた。クラブの最強の相棒は、クラブ二番目の男、デヴィッド・レイティング以外あり得なかった。


 「――スカラーシップ。お前も思い入れがあるだろう。祝いの席だ、やってけよ」


 そう言って見据える先には、一筋の割れ目クラック。5.12dをマークする此のルートを、トラッド以外で登ることはあり得ない。その共通認識のままに、デヴィッドはザックからナッツを広げていく。


 「了解」


 ジェイムズは短く返事をして。横目に見たデヴィッドの顔は、何処か寂しげであった。

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