スカラーシップ 5.12d
第6話 山岳クラブ
サクソン大学。ドルテが誇る叡智の結晶。幾人もの傑物を生み出し、それよりも多い数の人間が、歴史の影に埋もれてきた。しかしそれは、好奇心を持つ者に対して、門戸を広く開け放っているからでも在る。
ならばこその、最高学府。此処に居る誰もが、胸に並々ならぬ思いを抱えている。
――其の一角。本校舎の端に増設されたその建物は、そこで活動する者達の成果が、認めらた証であった。
サクソン大学山岳クラブの、クラブルーム。代替わりも終え、自分の、と言うには少しばかりこそばゆくなってしまった部屋を、ジェイムズは尋ねる。
「お疲れ様」
いつもの様にそう言って、ジェイムズは扉を開けた。
独特な、使い古された革や金属の匂いが鼻腔を擽る。初めてこの部屋を尋ねる人間は、中を見て、思っていたのとは違って、と口々にする。整然と片付けられた部室。しかし、山の男に求められるモノを思えば、其れは当然のことでも在るのに。
「おお、お疲れ。お前が地面を歩いてくるなんて、調子が悪いのか?」
椅子で寛いでいた青年が言った。くだらない冗談ではあるが、其れを許す間柄でもある。
「君が椅子に座っているのと一緒だよ、チェスター。椅子に座るトレーニングなんて、熱心がすぎる」
「言うじゃねか!」
がばっ、と立ち上がり、青年はジェイムズに飛びついた。そのまま、頭を締められる。スキンシップは嬉しいが、ガタイの出来上がった男とじゃれ合う趣味は無い。
チェスター・ウルフ。狼のチェスター。山岳クラブの会頭。いや、元会頭か。185センチメートル程の身長に、ジェイムズよりも二回りは大きい体。長く伸びた茶髪を、後ろに纏めた姿は、遠目で見てもそうだと解る。そして、
「あんま目の前でいちゃつかないでくれるか?」
後ろからもう一人の男。チェスターとそう変わらない背丈だが、体格はジェイムズとそう変わらない、どちらかというと細身な、しかし芯の通った肉体。薄い色の髪は、短く切りそろえている。
「おう。嫉妬か、デヴィッド」
「むさい男同士の絡み合いを見ても、気持ち悪いだけだろうよ」
ジェイムズも、全く同感である。
デヴィッド・レイティング。恐らく、一番長く同じ時間をともにしている。ジェイムズと、同じ穴のムジナ。
「そうだ。今日は報告をしに来たんだ。決まったよ、スポンサーが。正式に」
パンパン、とチェスターの腕にタップをしながら、ジェイムズは口を開いた。瞬間、おおっ、と部屋にざわめきが起こる。よく見れば、部屋の奥にも十人くらい、ミーティングをしている奴らが居る。皆、後輩達である。まだ、ゼミもレクチャーもある時間だろうに。
「よくやった、ジェイムズ!」
チェスターは笑みを浮かべながら、いっそう強く頭を締める。個人にスポンサーが付くなんて、如何に山岳クラブであれど、そう多いことでは無い。ましてや、ジェイムズのスタイルを思えば、快挙に違いなかった。
「本当か!」
デヴィッドもまた、自分の事のように嬉しがっていた。自身は諦めてしまったからこそ、ジェイムズだけはと、期待していたのだ。
そうやって、クラブ中はお祭り騒ぎになる。ジェイムズがクラブに入ったときには、こうやって自分が慕われるとは思いもしなかった。自分は、本チャンのできない臆病者で。先輩は、其れに相応しい態度を取るだけであったから。
「じゃあ今日は、お祝いだ」
そう言ったのにデヴィッドは、ガチャガチャとカラビナをザックに詰めていく。
でも、それが普通なのだ。誰かに良いことが有ったら、そいつが楽しいことをしに行く。ジェイムズが好きなことなんて、一つしか無いのは皆知っているから、これからすることも決まっていた。
「分かった、泊まりなんだね。場所は?」
皆口々に質問をするため、其れを答える合間。ジェイムズは早口に聞く。
「
ロック・アパート。サクソン郊外の岩場の通称である。路線バスの駅からそう遠くない。確かに今から出れば、日が高いうちに登り始められる筈だ。
「良いね。すぐ準備する」
そう言って、ジェイムズは自分のザックを取り出した。
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