第31話「居場所」

 ある几帳面な男がいた。

 部屋の清掃は隅々まで行き届き、清掃した後の道具も綺麗になるまで洗っていた。部屋の小物は一つ一つ場所を決め、いつも整理整頓されている。


 ある日の仕事帰り、男が日課の掃除をしていると、テレビのリモコンが無いことに気がついた。

「おかしいな、リモコンはテーブルの前端の真ん中に置いておいたはずなのに……」

 決めた場所に置いたはずの物が無くなり、男は何か急かされるようにあちこちを探して回った。


 結局、テレビのリモコンは冷蔵庫から見つかった。

「どうしてこんなところにあるんだ?ここ最近、記憶がなくなるほど飲む機会なんかなかったはずだ。昨日は確かにテーブルにあった。いや、俺の記憶違いか……?」

 男はぶつぶつと呟きつつ、リモコンをテーブルの上に配置した。男はそれを確認して安心すると、寝床に入った。


 翌日、男が仕事から帰ってくると、またしてもリモコンはテーブルから姿を消していた。

 男はハッとして冷蔵庫に駆け寄り、扉を開けた。中段の位置の区切りの上には、リモコンが堂々と寝そべっていた。手に取ると、リモコンはひんやりと冷たくなっている。

 不審に思った男は部屋を隅々まで確認しながら掃除したが、何者かが侵入した形跡はない。ただ、リモコンの位置だけが動いていた。

 自棄になった男は、リモコンにガムテープを貼り、テーブルに固定してしまった。男はリモコンをテーブルに巻きつけると、鼻息を荒くしたままベッドに潜り込んだ。


 翌日、男が汗を拭きながら仕事から戻ると、リモコンはテーブルの上になかった。ビリビリと破られたガムテープだけがヒラヒラと部屋の気流にそよいでいる。

 男の背筋に、ゾクリと悪寒が走った。そろりそろりと冷蔵庫に近づき、ゆっくりと扉を開けると、やはりリモコンがあった。

 男は、何か幽霊のようなものがリモコンを冷蔵庫に入れているのではないかと疑った。しかし、男は人生の中で一度たりとも霊現象に遭遇したことはない。この家だって、住み始めてからもう数年が経っている。今更何かが起こるというのはおかしな話だ。男は腕を組み、リモコンを置いたテーブルの周りをぐるぐると歩き回った。

 男は小さな金庫があったことを思い出し、押入れを探った。以前友人から譲り受けたものだったが、使う機会がなかったので押入れにしまい、それきりだったものだ。

 男はリモコンを金庫の中に入れ、しっかりと錠前をはめこんだ。

 安心した男は、そのままエアコンと扇風機のスイッチを入れ、ベッドで寝てしまった。


 翌日、男はテーブルの上の鍵の壊れた金庫を前に、絶句していた。

 錠前は引きちぎられるように取れてしまい、蓋には小さな盛り上がりが出来ている。内側から思い切り殴りつけて、凹ませた傷のように見えた。

 男はゆっくりと冷蔵庫に近づいた。一歩ごとに動悸が早くなり、息が荒くなっていく。冷蔵庫に震える手を伸ばし、そっと開いた。


 そこには、角が少しだけ凹んで傷ついているリモコンがあった。

 男は頭を抱えた。またこれでテーブルに戻して固定しようとしても、いたちごっこだろう。小さいとはいえ、金庫を力づくで破ってしまうような相手だ。「元の場所に戻っていろ」と命令することも出来ない。

 噴き出してくる汗を拭いながら、男はひんやりと冷たくなっているリモコンを握りしめ、考えた。しかし、連日気温が高い日が続く夏の季節、冷房も何もなしに冷静にじっくり物事を考えることなど、不可能だった。

 堪え兼ねた男はエアコンと扇風機のスイッチを入れ、汗だくの顔に冷風を当てた。

 ふと、男は閃き、持っているリモコンに目をやった。

「暑いのか……?」

 男は急いで小さめのクーラーボックスを購入し、中に保冷剤を敷き詰め、真ん中にリモコンを配置し、半ば祈るように蓋を閉めた。


 翌日、男は仕事から帰ってくるなりテーブルに早足で向かうと、置いてあるクーラーボックスの蓋を開けた。

 リモコンはクーラーボックスに入ったままだった。手に取ると、保冷剤のおかげでかなり冷たくなっている。「そうか。昼間にどうしても暑くなって冷蔵庫に逃げていたんだな」と、男は納得した。


 それからしばらくの間、テーブルの上には常にクーラーボックスが置かれていた。

 時は流れ、気温も落ち着き、そろそろ過ごしやすくなってきたかという頃。またしてもリモコンは姿を消した。男は驚き、必死になってリモコンを探した。




 リモコンは、男が出したコタツの中に寝そべっていた。

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