第28話「溺愛」
ある少年がいた。
少年は木こりの家に生まれ、小さい頃から親の跡継ぎのために木こりの修行を積んでいた。
ある日、いつものように少年は森へ入り、木を切る練習をしていた。少年が休憩をとり、切り株に座って休んでいると、森の奥の湖の方からなにやら人の声がした。
少年はなんとなく気になり、声の方向へ進んでいった。
少年が辿りついた湖のほとりでは、少年と同年代の男の子二人が、一人の少女を囲んでいじめていた。
それを見た少年は気分が悪くなり、いじめっ子たちに声をかけた。
「おい、なにをやっているんだ。その子がなにをしたんだ」
「なんだよ、いいだろ別に」
「こいつが変な髪の色してるから遊んでやってたんだよ」
いじめっ子たちは振り返ると、ムッとした表情で少年を睨みつけた。
確かに、少女の髪色は綺麗な青色をしていた。しかし、言い分が気に入らなかった少年はいじめっ子たちに掴みかかり、二人を少女から引き剥がした。木こりの修行を積み、腕っ節の強かった少年は子供たちを森の出口へと追い返した。
少女は少年に礼を言い、二人で切り株に座り、しばらく話した。
彼女は近所に住んでいる子供で、たまに一人で湖のほとりで遊んでいるらしい。
「あなたは優しいし強いし、いい男なのね。ねえ、大きくなったら私と結婚してくれる?」
「ああ、僕で良ければ」
「本当?じゃあ、誓いのキスをしてくれる?」
少年は少女に言われるがまま、少女の唇に軽くキスをした。
少女は満足げに微笑むと切り株から立ち上がり、少年の手を引いて遊びに誘った。少年と少女はそのまま、鬼ごっこや魚釣りなんかをしながら、日が暮れるまで遊んでいた。
夕暮れが明るく輝く頃、少年は「もう家に帰らないと」と言うと、少女は名残惜しそうに少年の手を握り、「大人になったら、ここに私を迎えに来て」と言い、少年と約束をした。
少年は毎日木こりの修行に森に出ていたが、あれから少女と会うことはなかった。
それから数年経ち、少年は青年となり、青年は木こりの才能を開花させ、青年の家は繁栄した。
成人した青年は両親からの勧めで、事業家の娘と結婚することになった。政略結婚だということはわかっていたが、相手の娘は美人で、青年は満更でもなかった。
いよいよ結婚式の日、生憎の雨となってしまったが、それでも盛大に式は執り行われた。いよいよ誓いの儀式となったとき、新婦は少し遅れて会場に入ってきた。
青年と新婦は誓いの言葉を宣誓し、指輪を嵌めた。
神父が「では、誓いの口付けを」と二人に言い、青年と新婦はその言葉に従って唇にキスをした。
その瞬間、青年の喉からゴボゴボという音が鳴り始め、青年はその場で膝から崩れ落ちると、口から大量の水を吐き出した。
わけもわからず苦しむ青年は、新婦にすがるようにウエディングドレスの裾を掴み、顔を見上げた。
新婦は何をするわけでもなく、青年を冷たく見下ろしていた。教会の天井から漏った雨が新婦の髪に落ちると、水の染みた部分の髪は青く変わっていった。
青年は最期に新婦がぼそりと放った「嘘つき」という言葉を聞くと、そのままぷつりと意識が切れた。
バシャリと水が落ちる音が教会に響き、新婦は跡形もなく消えた。
水は教会から流れ出し、雨の降る街へと溶け出していった。
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