第20話「教育時代」

 地球はいつものように、何も変わらない日々を送っていた。

 日は昇り、人々は忙しく動き回り、やがて日は陰っていく。いつもと何も変わらない世界だった。


 しかし、突然その日常は終わった。


 空の彼方から近づいてきた巨大なは、雲の真下にたどり着くとピタリと止まった。人々はこれを最初に見た時、皆同じ言葉を連想した。


『宇宙船』だ。人々は突然の出来事に唖然としていた。

 巨大な宇宙船はしばらくの間静止すると、小さな窓をいくつか開いた。中から『宇宙船』をそのまま小さくしたような船が大量に射出され、散開していった。


 やがて、射出されたまま停止していた小型船の一つからスピーカーのようなものが出てきたかと思うと、大音量で喋り始めた。


「やあ、地球の皆さん。私達は正義の宇宙人です。私達は星々を飛び回り、正しい倫理観を持つための『教育』を行なっております。地球の皆さんにも是非正しい倫理観を身につけて頂くため、今日こうして私達はここに降り立ったのです。」


 そうメッセージを送ると、小型船から一人の宇宙人が降りてきた。

 見た目は背が高く、キチッとしたスーツを着ているただのサラリーマンといった風貌だった。地球人の姿をした宇宙人は薄い笑みを浮かべたまま、その表情を崩すことはなかった。


 全世界の代表者が集められ、緊急会議が開くこととなった。

 宇宙人もそこに招かれ、話し合いが行われた。


「まず、『倫理観の教育』とはどういうことです?」

「そのままの意味です。我々は宇宙の教育機関のようなものなんですが、最近の異星人様達は常識を弁えないまま宇宙進出をなさり、他の星の方々が非常に迷惑しております。なので、我々が独自に調査を行い、宇宙進出を計画なさっている星を巡ってこうして指導をする期間を設けさせて頂いているのです」

「なるほど。それは理解しましたが、どのようにして教育をなさるおつもりですか?」

「はい、我々の調査の結果、この星の方々は非常に野蛮であることがわかりました。思想が暴走し無差別に人々を攻撃したり、挙げ句の果てに金のため戦争を起こす。こういった暴力的な星には、少々手荒な手段をとらせていただくことになります」

「て、手荒な手段とは、一体何をするつもりなんです?」

「はい。我々の製作した小型爆弾を用います。これを人類の皆さんのうなじのあたりに装着していただきます。装着といっても、埋め込むだけですが」

「小型爆弾を一体何に使うつもりなのですか!?」

「ですから、『教育』です。これから野蛮な行為や言動があった場合は、これを起動し、見せしめのため死亡して頂きます。」

「そんなことはさせません。第一、全人類を相手にそんなことが出来るとお考えなのですか?」

「では、まずここにいる全員に爆弾を設置させて頂きますね」


 宇宙人はそう言うと、瞬きをするのと同じだけの時間、会議室にいる人間の視界から消えた。

 一瞬だけ姿を消した宇宙人は、何も変わることなくニコニコした笑みを浮かべたまま、椅子に座っていた。


「どうです?感覚はなかったと思いますが、爆弾の設置は完了いたしました。」

「ふん、バカバカしい。今の一瞬でそんなことが出来るわけがないだろう」


 それを聞くと宇宙人は人差し指と親指の先をチョンと触れ合った。

 すると、啖呵を切った地球代表の一人の頭からは「ボン」という破裂音と大量の白い煙が吹き出した。瞬く間に、その煙は霧散した。

 代表はドサリとその場で倒れた。その代表は、首から上が綺麗に消えていた。


 会議室は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 宇宙人は淡々と「わかって頂けましたでしょうか。では、今夜12時から12時1分までの間に爆弾の設置作業は完了させておきますので、よろしくお願いいたします」

 そう言うと宇宙人は、窓を開けて外に停まっていた小型船に飛び乗ると、『宇宙船』に帰っていった。


 このことはすぐに報道された。

 ある者は泣き叫び、ある者は自殺を図り、ある者は「某国の陰謀だ」などと叫んでいた。街は混乱を深める一方だった。

 そんな中、小型船のスピーカーはあることを伝えた。


「地球の皆さん、どうか慌てないでください。我々はを身につけてもらうためにやってきたのです。倫理に適った行動をとって、健やかな生活を送りましょう。我々はいつでもどこでも、あなた方を見ておりますよ」


 小型船はそう括ると、『宇宙船』へと帰っていった。


 その翌日から、人々の生活は一変した。

 口喧嘩で相手を罵しろうものなら、喧嘩をしている両人の頭は爆発した。

 道にゴミを捨てれば、そのままゴミと一緒に屍体が回収された。

 何か倫理に外れた行動をとれば、その場でされてしまうのだ。


 朝から警察は屍体の処理に駆けずり回り、処理を上回るスピードで屍体は増えていった。何か倫理から外れた行動をとれば即座に爆殺されてしまうので、死に場所が電車の中やビルの屋上、公衆トイレの個室なんて人もいた。


 人々は怯え、また、清々しい気分で生活を送った。

 理不尽な怒りを叩きつけていた上司が死んだ部下達は活き活きと仕事をし、ストーカー被害に悩まされていた女性は日々の悩みから一気に解放された。


 正しい行動さえ心がければ死ぬことはないと気づいた人々は、自分の子供にもそう教えた。「倫理から外れるな」と。


 宇宙人がやってきてから、はや5年が経った。

 世界は道端にゴミ一つ転がっていない綺麗な星となった。

 水は澄み、緑は豊かになり、空気は美味しくなった。


 死亡者は年々減り、誰もが穏やかに暮らせるようになった。

 それでもまだ死亡者はいた。気が狂い暴れ出す者や、『宇宙船』を撃墜しようと画策した者だ。『宇宙船』がやってきた当初は撃墜しようと国全体で団結した国もあったが、国民がことごとく爆殺され、国ごとなくなってしまった。


 そういった死亡者が報道されるたび、人々は心の底で嘲笑った。「バカなことをするからこうなるんだ」と。


 さらに5年の月日が経った頃、ほぼ完全に宇宙人のによる死亡者はいなくなっていた。


 ある日、やってきた頃と同じ場所に静止し続けていた『宇宙船』の小窓が突然開くとあの日と同じように大量の小型船が射出され、散開した。


 小型船はスピーカーを出すと、大音量で喋り出した。

「地球の皆様、本日をもっては終了いたしました。これからも健やかな生活を送ってください。いつか宇宙で再会できることを楽しみにしております。それでは、またいつか。」


 小型船はそう告げると『宇宙船』へ収容され、全ての小型船を収容した『宇宙船』は、ゆっくりと空を登り続け、宇宙のどこかへ消えてしまった。


 人々は歓声をあげ、涙を流し抱き合った。が、それで暴動を起こそうなどと考える者は一人もいなかった。

 前の時代より宇宙人たちに監視されていた頃の方が、よっぽど気持ち良く生きることが出来るからだ。人類には死の恐怖と共にが刷り込まれていた。

 これまでも、そしてこれからも、そういった『倫理観』は受け継がれていった。




 宇宙人たちが去ってから数十年が経った。

 ある日、子供達が公園で言い争いをしていた。

「バカ!死んじゃえ!」と片方の子供が言った。

 公園にいた大人たちは反射的に目を塞ぎ、身を屈めた。


 しかし、宇宙人たちは去ったのだ。子供が死ぬはずはなかった。

 大人たちはそのことを思い出し、安堵した。

 だが、大人たちはなにか言いようのないが心の中に広がっていった。なぜ相手を罵ったあの子は何の罰も受けないのか。それは『理不尽』であり、あの子供がとった行動はではないのか。

 大人たちは『正しい倫理観』に従い、バットを持つとその子供達に近づいていった。




 今日も綺麗な街には、健やかな時が流れていた。

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