第19話「彼女の一生」
熱帯夜、彼女はリビングで一人食事をとっていた。
彼女は愛を知らなかった。恐らくこのまま知ることもないし、知る気もないだろうが。
愛を知らぬ彼女だったが、彼女は子供を身ごもっていた。
ただ本能のままに子供を作り、愛を知らないまま死んでいく。
それを知っているのは彼女以外の人間だけだった。
食事をとり終わったあと、彼女は蒸し暑い部屋の中をふらふらと徘徊した。
子供に栄養をやらねばならないということ以外、彼女の頭にはなかった。
彼女はまだ食べたりないことに気づき、再び食卓について食事を始めた。
瞬間、彼女は死んだ。
生を受け、元いた場所から旅立ち、本能のままに子を作り、子供のための栄養をとっていた彼女の一生は瞬く間に消し飛んだ。
彼女が今までそこにいた場所には、最早血だまりと彼女の屍体しか残っていない。
彼女はこうなる運命だったのだ。
だが、彼女はそれを知らなかった。その運命すらも、彼女以外の人間しか知らないことだったのだ。
彼女は本能のままに生まれ、本能のままに育ち、本能のままに食事をした。
何一つ悪いことはしてこなかったが、死の運命から免れることは出来なかった。
彼女の死は、必然とも言える死だったのだ。
それゆえ、彼女の死を偲ぶ者は、誰一人としていなかった。これも運命だったのだ。
「あーあ、また刺されたよ。塗り薬どこだったか……」
「やっぱりこの時期になると出るよなあ。蚊取り線香を焚いておくよ」
「そうしよう。網戸も新しいのに張替えるとするか……」
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