第18話「心配な世界」

 男は心配性であり、少し変わった性格の人間だった。


 外出する前に鍵は閉めただろうか?ガスは止めただろうか?待ち合わせの時間を間違えていないか?など、挙げだすとキリがないほどだ。


 そこまではまだ良かった。その男の変わっているところは、何が何でも確認して安心しなくては気が済まないのだ。ガスが止まっているか心配になれば家に帰り確認する。待ち合わせ時間が合ってるか気になったら電話をして確認した。

 これでもまだ多少の人に理解は示されると思うが、男は少し訳が違った。


 以前、男は友人に誘われてホラー映画を見に行った際、映画の中で「影から幽霊が出てくる」という演出があった。

 これを見た男は、急に怖くなってきた。

「もしかしたら私の家にも幽霊がいるかもしれない」と。


 男はそう考え始めると止まらなかった。ドアの向こう、物置の裏、部屋の隅などの暗がりが気になって仕方なかった。

 そこで男は、気になった暗がりにライトをあてて幽霊がいるか確認作業を始めた。

 だが始めたのが夜中だったので、いたるところにライトをあてて幽霊がいないか確認した。


 その作業が終わったのは、最早空が白んできた頃であった。家に幽霊がいないことを確認した男は一睡もしないまま身支度を整え、会社に向かった。


 そんなことがあってから、男は映画を観る度に様々なことが気になった。

 ファンタジー映画を見てからは近くの森に危険なドラゴンがいないか確認をしに行き、サバイバル映画を見てからは周囲の土地に猛獣がいないか確認した。


 男は一冊のノートを持っていた。そのノートには、「どんなことが気になり、どう調べ、どんな結論を出したか」が記録されている。

 この確認したことを記録しているノートには、ぎっしりと確認した項目が書かれていた。幽霊もドラゴンも猛獣もいないことを確認したことが鮮明に記録されている。

 男はこのノートを埋める度に安堵し、眠りにつくことが出来るのだ。


 ある夜、男は幽霊の確認についての項目が気になり、ノートを見返すとまだ調べていない場所があることに気づいた。

 男はライトを片手にまだ調べていない暗がりを調べた。

 その結果、幽霊はいないことが確認された。男はそのことをノートに綴った。





 男はそのノートを見ると満足し、机の引き出しにしまうとベッドに潜った。

 男はいつものように、安らかな気分で眠りについた。


 男が寝静まった頃、いつものように眠っていたトラやオオカミが森の住処から這い出してきた。

 いつものように男が眠っているベッドの背後には幽霊が立ち、いつものようにドラゴンは森から飛び立った。ドラゴンは今日も、雲の向こうで輝く月に向かって空を昇っていくのだった。

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