第13話「閉塞空間」

 ある民家があった。


 瓦屋根と木材で出来た昔ながらの一軒家だ。

 そこには父、母、息子の三人の家族が暮らしていた。


 その家は二階建てのそこそこ大きなものだった。二階は何の変哲もない和室が三部屋。一階には居間、風呂場、便所、仏間と、階段横にあるよくわからない部屋が一室。それだけのシンプルな間取りだった。


 その家に住む少年は、ずっとその部屋が気になっていた。少年はただの一度も、その部屋に立ち入ったことがなかったのだ。その部屋の扉も木造で、ふすまのように横に開くタイプのものだった。ただ、その部屋にだけ鍵がかけてあったのだ。


 少年は色々と想像を掻き立てた。中には何が入っているのだろう。どんな形の部屋なのだろう。何故この扉にだけ鍵がついているのだろう。少年の想像は止どまることを知らなかった。


 少年の母も父も、その部屋について何も言わなかった。まるでないもののように扱っているというか、特に気にしていないような感じだった。


 少年は何度か部屋について母や父に尋ねようとしたが、何か妙に恐ろしいような気がして、結局尋ねることは出来なかった。


 一度は少年もその扉を壊すことを考えたが、普段から障子に指で穴を開けて叱られていた少年は、扉を壊すなど大それたことは出来なかった。結局想像のうちに止どまったのだった。


 少年の部屋への興味は成長しても変わらなかった。中学に上がっても、高校に上がっても、大学に上がっても、その部屋の中を見ることはなかったし、父や母に聞くことも出来なかった。


 やがてその少年は立派な男になり、会社勤めのために一人暮らしを始めた。

 一人で暮らし始めても、実家の部屋のことは忘れなかった。


 ある日、男が疲労感を背中に背負って会社から帰っていると、携帯電話が鳴った。見ると、それは実家の母からの着信だった。

 男は何か嫌な予感がして、急いで通話ボタンを押した。


「大変なの。お父さんが倒れたのよ。すぐに帰ってきて」

 男はそれを聞いて青ざめた。すぐに会社に休みの連絡をし、実家へと向かった。


 男が実家へ帰ったとき、父は既に帰らぬ人となっていた。診断によると、突発的な心臓麻痺だったらしい。


 男は悲しみ、葬儀を済ませ、父の遺品を整理していた。


 二階の父の部屋にある机を整理していたとき、抽斗の奥から一つの鍵が転がり出てきた。

 鍵は古ぼけていて、ほこりがこびりついている。

 子供の頃から父の部屋にはよく出入りして遊んでいたが、こんな鍵は見たこともなかった。


 男はハッと鍵を見直した。鍵幅の大きさが、あの扉についている錠と同じ大きさだったのだ。


 男は立ち上がり、早足で階段を駆け下りて、あの扉の前に立った。


 鍵をゆっくりと扉に差し込み、右へ回すと、少しの手応えと「ガシャン」と錆び付いた金属の擦れる音が聞こえた。


 男は扉に手をかけた。子供の頃から気になっていた部屋。今その錠は解かれ、自らの手で開こうとしている。男は動悸が早くなっていくのを感じ、胸のあたりからじんわりと熱が広がっていく。やがてその熱は全身に伝わっていった。熱くなった足が震え、心臓の鼓動と一緒に息が漏れていた。


 緊張の度合いが最高潮まで達した男は、ついに扉を開いた。




 その部屋は、なんということはない、ただの倉庫部屋だった。

 古ぼけた椅子や机、箪笥が詰めこまれ、角にはダンボール箱が積み上がっている。


 男はその場にへたりこむと、情けない笑いが漏れていた。


 それから、男の胸の中には何かぽっかりと大きな穴が空いているような違和感が残った。それが何かはわからなかったが、男は何かを失った気がしてならないのだ。


 実家から帰った男は椅子に座り、あの倉庫部屋の鍵を眺めると、ぽいと机の抽斗へ放った。


 多分これからあの部屋を気にすることはないし、あの部屋を開ける必要などないのだから。

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