第12話「完全な理解」

 あるところに、責任感の強い優男がいた。その男は鋭い洞察眼と知性を持ち合わせ、女子からも人気の男だった。男に相談すれば完璧な回答が返ってくると噂だ。

 ある女子が「彼と喧嘩をした」と相談すれば、どう謝るのが最善か答えた。

 ある女子が「失くし物をした」と相談すれば、どこにあるのかピタリと推理してみせた。

 そうして男が相談に乗るたび、人気は高まっていった。男もそれについては悪い気はしなかった。


 しかし、男は日々に若干の不満を感じていた。

「本当に自分は親身になって相談を受けられているのか」と不安になっていたのだ。

 男は毎日、会社から家に帰りながらそう考えていた。そして頭を抱え悩んでいた。賢い男でもどうしたらいいのか全くわからなかった。


 ある夜、男が床につくと奇妙な夢を見た。

 絵本に出てくるランプの魔人といったような風貌の男が部屋にいるのだ。

 魔人はベットのふちに腰掛け、男に話しかけた。


「やあ、私は魔人。君の願いを一つ、叶えてあげよう」

「ほ、本当ですか。何にしようか……」

 男はうんうんと悩んだ。大量の金か?いや、仕事に何も不満はないし、楽しく働いている。美人の嫁か?いや、美人は飽きが早いと聞く。不老不死?いや、いつか死ぬということから解放された人間とは果たして「生きている」と言えるのか?

 男はハッと閃き、魔人に頼んだ。


「人を理解し、助けられる人間になりたい」

 魔人はそれを聞くと、ニッコリと笑顔を浮かべて人差し指を男の眉間にあてた。

「そうかそうか、わかった。君のような男は願いを叶えたくなるんだ」

 魔人がそう言うと、眉間にあてた人差し指の先が光りだし、部屋は眩い光りで満たされた。


 そこで男は目を覚ました。夢というにはあまりにもリアルな体験だった。

 男は自分の体を確認した。別にどこにも変わったところはない。やはりただの夢だったのか。男はそう考えると、さっさとベッドから降りて身支度を始めた。


 男は家を出て最寄りのバス停でバスを待った。

 やがてバスが来て、停まった。男は無気力そうな運転手にバスの定期券を見せた。その時、何かの声が聞こえた。


《ふあーあ、眠いなあ。昨日はもっと早く寝るんだった》

 バスの運転手の声だった。

 男は「なんだ、客の前で独り言とはプロ意識に欠けるんじゃないか」と少しムッとなった。しかし、どうやら様子が違うようだった。


 男は椅子に座ると、前の椅子に座っていた人の声が聞こえてきた。

《ああ、不安だな……この企画は果たして通るのだろうか……》

 そんな独り言が延々と聞こえる。思考が垂れ流れているようだ。


 男は夢の中の魔人を思い出した。そうか、人を理解するために、人の考えていることがわかるようになったのか。男はそれを理解すると、何かやる気のようなものが湧いてきた。相談を心待ちにした。


 男はこの能力を持ってから、ますます人気が高くなっていった。

 特に、人間関係の悩みを打ち明けた際の解決の迅速さと正確さは評判だった。


 ある日、男は女子社員に手紙で呼び出された。それは前にも男が悩みを解決してあげた女子社員だった。男は女子に手紙で呼び出されるなど初めてのことで、わくわくしながらその場所に向かった。


 呼び出し場所に男が到着し、ドキドキしながら女子社員と向き合うと、女子社員の心の声が男の頭に流れ込んできた。


 その内容は口にするのも憚られるほど打算的で醜いものだった。

 女子社員の表情や言っていることと心の声が余りにも掛け離れていた。

 男は吐き気を催し、その場から逃げ出してしまった。


 男は家につき、ベッドの中へ倒れこむと、今まで自分が相手をしていた人間というものは何だったのかわからなくなった。

 思考がぐちゃぐちゃにこんがらがり、体をねじ伏せ、胸を掻きむしった。

 最早何か行動を起こす気力は男には残っていなかった。


 男はしばらくベッドの中で苦しむと、最後の力を振り絞って立ち上がった。そのままふらふらと戸棚へ向かい、中に入っている睡眠薬のビンを取り出すと、蓋を開けて中身を口へ流し込んだ。

 すると男の体はふっと軽くなり、再び寝室へ戻っていき、ベッドの中に入った。

 男はゆっくりと目を閉じると、そのまま目覚めることはなかった。




 男が眠りに入った頃、ベッドのふちにもやが出来、魔人が姿を現した。

 安らかな顔で眠りにつく男を眺め、魔人はぼそっと呟いた。


「人間が人間を理解できるものか。魔人の私ですら、人間は理解し難い不可解なものだというのに」

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