第9話「順番」

 小学校の飼育小屋にはウサギ、ニワトリ、モルモットがいた。

 小屋の外には小さな池があり、中には亀と鯉が泳いでいる。その側には犬小屋が建てられていて、中では一匹のぶち犬が居眠りしていた。


 その小学校では飼育係が決められていて、週に一度クラスの係の子供が動物の世話をしていた。

 本来は飼育係を決めて係委員が何人か交代で世話をするが、あるクラスでは、その仕事は一人の子供に丸投げされていた。じゃんけんで負けたいじめっ子が一人の男の子に全て押し付けた、という寸法だ。


 飼育係を押し付けられた男の子は F君といったが、いつも一人でこそこそと何かをやっている子だった。

 休み時間は一人で絵を描いていたり、クラスのいじめっ子に絡まれたりして、基本的に大人しい子供だった。

 F君は飼育係を押し付けられて最初は嫌がりながらやっていたが、最近は別に嫌がっているようには見えず、むしろ楽しんでいるようだった。


 N君はF君をずっと観察していた。特に何の特徴もない男の子なのに、何か気になって仕方がないのだ。その違和感を解き明かすべく、N君はいつもF君を見ていた。


 そんな観察生活を続けていて、一つ不思議に思うことがあった。いつも消えるように帰り、誰も一緒に帰ったり帰宅する姿を見た者がいないことだった。

 大人しいから目立たないかと言えばそうなのだが、後ろ姿を見て判別できないというほどではなかった。

 F君はいつもホームルームが終わるとさっと教室を出て行き、校門から先を追えたことがなかったのだ。


 ある日N君はついに、F君を尾行することができた。

 F君は校門を出るとすぐ横にある脇道に入り、ずんずんと進んでいった。学校の横には大きな森があり、夜は危ないからと大人によく注意されている。

 F君は森の中を躊躇いなくドシドシと歩いていった。普段のF君からは想像もできないような自信に満ち溢れた歩みだった。


 歩を進めた先には大きな穴が空いていた。大人二人は悠に入れるほどの大きな穴だった。

 F君は周りをキョロキョロと用心深く確認すると、ランドセルを開け、中に入っていたお団子を穴に放り投げた。エヌ君は何をやっているのかと穴に注目した。


 F君がお団子を投げた瞬間、穴から無数の手が出てきた。細くて枝のような手が何十本かざわざわと音を立てて伸び、お団子を掴んで穴へ戻って行った。F君がその手のうちの一本を撫でてやると、穴の底からゴロゴロと地響きのような声が湧いて出てきた。それを聞くとF君は満足そうに笑い、またお団子を投げるのだ。


 N君はこれを見て驚き、急いで森を出た。真っ暗の森は四方八方から枝や草が伸び、N君はそれにひっかかり、余計に混乱した。


 翌日、F君はいつもと変わらない様子で登校してきた。

 N君は昨日の情景を思い出し、F君を見るのが恐ろしくなった。

 N君が戦々恐々としている横で、いじめっ子はいつも通りF君に絡んでちょっかいを出していた。N君は頭を抱え、昨日のことを忘れようと必死だった。


「あーっ!お団子なんかもってるぞ!食べてやれ!」

「やめて、やめてくれよう」

 教室の後ろから騒ぎ声が響いた。

 N君はそれを聞いてばっと振り返った。

 いじめっ子がF君の持ってきたあのお団子をばくばくと食べていた。F君はただ下を向いてめそめそと泣いている。

 N君はF君と目が合ったが、見て見ぬふりをした。




 次の日の朝、いじめっ子は登校してこなかった。

 F君はいつも通りに登校し、教科書をまとめて整理している。


 N君は何か嫌な感じがしていた。あのいじめっ子は一体どうしたのだろう。

 それから次の日も、また次の日もいじめっ子はこなかった。


 しかし、F君がいじめられるのは止まらなかった。例の来なくなったいじめっ子の代わりに二番目に力の強かった子供がF君をいじめていた。

 何かぞわぞわと感じたN君は、またF君を尾けることにした。


 F君はいつもと同じように、ホームルームが終わるとさっと教室を出ていった。N君も、それを追うように出て行った。

 F君はいつもと様子が違った。すぐに脇にある森への道へ行かず、物陰に隠れて何かを待っていた。N君もF君に見つからぬよう、隠れてF君を見ていた。


 F君は二番目に力の強いいじめっ子を見つけると、ゆっくりと近づき、ポケットから石を取り出すと、いじめっ子の頭めがけて思い切り振り下ろした。

 いじめっ子は気絶し、ぐったりとした。N君は体が凍りつき、固まったまま目線だけがF君を追っていた。F君はいじめっ子を抱えるとズルズルと森の道へ引きずっていった。N君もそれを追った。


 F君はいじめっ子を例の大穴の場所まで引きずっていくと、勢いをつけていじめっ子を大穴へ落とした。大穴から無数の手が伸びていじめっ子を掴むと、奥まで引きずり込んだ。しばらく骨の削れるようなガリガリという嫌な音が響き、やがて止まった。F君は晴れやかな顔で笑っていた。

 N君はそれを見ると自然と足が歩き出し、気づくと口が動いていた。


「やあ、F君。なにやってるの?」

「やあ、N君。見てたのか?」

「見てたよ。面白いの飼ってるじゃないか。僕にも見せてくれよ。」

「嫌だ。これは僕が見つけたんだ。誰にも触らせない」

「F君、飼育係は順番に交代するってルールだろう?面白そうだ。僕にも何かやらせてくれよ」

「順番?順番だって?君は僕が飼育係をやってるとき知らんぷりしてたじゃないか。いじめられてたって助けてくれなかったじゃないか。これは僕の怪獣だ。誰にも触らせない」

「堅いこと言うなよ。少しだけだからさ」

「近づくなよ!おい怪獣!あいつも食べろ!」


 F君は激昂して叫んだ。

 しかし、興奮しすぎたF君は後ろへ足を滑らせて大穴へと落ちてしまった。

 無数の手がF君を掴み、F君は泣き叫ぶような声をあげて大穴の奥底へ消えていった。


 N君は目の前で起きた現実についていけずに頭が停止していたが、そのうち何だか強い味方ができたような気がして、「ははは……」と、力なく笑った。


 翌朝、二番目に力の強いいじめっ子とF君はこなかった。

 目立たなかったがいつも居たF君の不在に、なんだか教室は不安定な雰囲気を出していた。


 当然、次の日もその次の日も、F君は来なかった。


 ある日、三番目に力の強いいじめっ子がN君の肩を叩き、飼育係を押し付けてきた。N君は仕方なくそれをこなした。


 段々、教室の雰囲気は元に戻ってきた。

 N君はいじめっ子にちょっかいを出され、飼育係になっていたのだ。




 N君は「そうか、順番が回ってきたんだな」と、自嘲気味に笑った。

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