第4話「近所の路地」

 冴えない男がいた。仕事はそこそこ出来るが、昇進できるほどの活躍はなかった。


 男の趣味は、週末に近所を散歩することだった。それが最も金のかからない趣味だったからだ。


 男はいつものようにぶらぶらと近所を歩いていると、靴ひもを踏んで転んでしまった。起き上がろうと目を開けて脇を見ると、見慣れない路地が通っていた。

 最近出来たわけでもないような感じだった。敷かれたレンガの端々に苔が生え、湿気て赤いレンガは暗い色になっていた。


 男は靴ひもを結ぶと、何かに惹かれるように、その路地へ入っていった。


 草木と物置で形作られている細い道を進んでいくと、その先は大きな広場に通じていた。丸い円を描くように敷き詰められたレンガの中心には、小さな噴水が置かれている。噴水は綺麗に手入れされており、水面には青粉一つ浮いていなかった。

 その広場を囲むようにして、三本の金属の足で先端についている銀色の球を支えるような形の近未来的な建物や、赤や茶のレンガで組まれた、中世のヨーロッパを思わせるレトロな建築物が建てられていた。


 男は驚き、広場を見て回った。

 色々と見ているうち、日が段々と沈んできた。

 男はサッパリとした気分で、その広場を後にした。こんなにわくわくと胸踊るような体験をしたのは久しぶりだった。


 翌日から男は仕事に精を出すようになった。次の週末、またあの広場に行くのが楽しみで仕方がなかった。


 男の上司は感心し、重要な仕事の一端を男に任せた。

 男は「重要な仕事のために、休みを潰すわけにはいかない」と、仕事をより一層熱心にこなした。

 上司はそれを見て、ますます感心した。


 そして男は、週末にあの広場に行き、色々と観察して楽しんでいた。


 やがて男は努力を認められ、昇進した。

 給料が上がって、車を買った。

 同僚や部下と帰りに夜遊びをして帰った。


 ついに男は、あの広場のことを忘れてしまった。


 ある時男は仕事でミスを犯し、落ち込んでいた。

 そのときふと、広場のことを思い出した。


 男は記憶を頼りにあの広場へ通じる路地を探した。

 だが、探せど探せど、レンガで造られたあの路地は出てこなかった。


 探しているうち、男は靴ひもを踏んで転んでしまった。

 男は起き上がろうと目を開けた。


 だが目の前には、ツルの巻き付いた室外機が静かに座っているだけであった。

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