そうでもないっぽい、

「これは……何だ?」


目の前に広がる大穴を前に、言葉を失うエルダー。


穴の半径は数キロはあると思われ、街の中心からちょうど外壁に沿うように広がり、おそらくそこにあったであろう街を、端の百メートルくらいを残して綺麗に飲み込んでいる。


「この穴はだな、地底につながっているんだ。」


「地底?」


チョーの口から出た、自分達の知らない、この世界の情報に、思わず食いつくエルダー。


「ああ、俺たちの足下には何やらでかい空洞がある。俺たちはその空間を”奈落”と呼んでいる。」


とても嫌なものを見るような、渋い表情で答えるチョー。


「奈落……この街の地下には何か空間があるのか?」


そして何らかの事故によってその天井が崩れ、ちょうどその真上にあった街が一つ丸々奈落へ落ちたということなのか、


「そうだ。だがこの街だけじゃない、この世界そのものの真下に、ここから繋がってる奈落が、地上にぴったり沿うようにポッカリと空いているんだよ。」


そういうチョーは、本当に憎いものを見るように、地面を睨み、地を蹴る。


「そう、なのか……」


チョーから告げられた、とても信じられないこの世界の事実に、そうとしか答えられないエルダー。


その奈落とは何なのか、どんな場所なのか等、色々聞きたいが、一気に聞いた所でとても信じられそうにないので、どうしたものかと頭を悩ませるエルダー。


「……で?それとお前らが閉じ込められるのと、どう関係あるの?」


そこで良いのか悪いのか、シャールの空気の読めない一言が入る。


「ルーちゃん⁉︎」


シャールの突然の核心に迫る発言に驚き、思わず叫ぶエルダー。


だがそんなの御構い無しに話を続けるシャール。


「これがもし厄災のようなものなら、お前達は被災したようなものだろ?ならなぜ閉じ込められる?一刻も早く外へ避難するなり、それが困難でも、外から何らかの助けが来たりするのが普通じゃないのか?」


気になったことは、グイグイ聞きに行くのはルーちゃんのいいとこだったり悪いとこだったりする。


「……それなんだが……」


歯切れ悪く言葉を続けるチョー。


「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー‼︎」


「…………⁉︎」


チョーが何かを言おうとした所で、元街があった場所に開いた、奈落に通じる大穴から、どう聞いても化け物のものとしか思えないような、人間の恐怖心を煽る、不気味な鳴き声が響き渡った。


その声は、まるで金属同士を擦り合わせた時のような、教室の黒板を爪で引っ掻いたような、マジックペンで紙に力を入れて字を書いた時のような、全身に寒気の走る、不快としか言いようのない、最悪な音を合わせたような鳴き声だった。


一瞬、エルダー含むその場の全員が静まる。


が、その約3秒後、エルダーを囲んでいた、街に閉じ込められていた住人達の表情が、みるみる恐怖に染まっていき、そして口々に、


「きっ来たっ……来たぞー‼︎ヤツだ‼︎ヤツが来たぞー‼︎」「逃げろぉぉぉぉー‼︎」「うわぁぁぁぁ‼︎」「いやだぁぁぁぁぁぁ‼︎」


などと叫びながら、まるで小さな子どものように、泣き叫びながら走って逃げ始める。


「おい!何事だ⁉︎今の声は何だ⁉︎」


状況が理解できず、慌ててチョーに問いかけるエルダー。


だが、


「ああああああああああああああああああああー‼︎」


顎が外れそうなくらい、口を大きく開いたチョーが、明らかに正気を失った様子で泣き崩れていた。


「おい!チョー!しっかりしろ!」


「エー君!それはもうダメ!それより自分の目で見て頭で理解した方が早い!」


そういうシャールは、先ほど打って、そのまま手に持っていた弓のカラドボルグを再び構え、大穴に向ける。


……今現在、エルダー達がいるのは、街の外壁があった場所から十数メートル離れた所、大穴からは百十数メートルの場所である。


それだけ離れていても感じる。


ズドドドドド……


と、自分達の先にある大穴から、何か地響きのようなものがすることを、


「……エー君。」


シャールの声に緊張が走る。


「ああ……」


そこでエルダーも、確信する。


あの大穴から何か、巨大な生き物が出てくる。と、


そしてそれは間違いなくエルダー達含む人類の敵であると、


緊張に体を固め、大穴から出てくる何かを、自分達の目で捉えようとする二人、


二人を囲んでいた街の住人達の姿は既に無く、街のすぐ側に広がる、先ほどエルダー達が出て来た森の中へ逃げ込んでいる。


ただ一人、エルダー達の目の前でジタバタと暴れているチョーを残して。


「ルーちゃん‼︎」


……街の住人達の様子で分かる。


今、自分達が見ようとしている何かは、とてもマトモなものじゃないということを、


そして、姿を見るという、この選択自体、間違いで、自分達もあの人達と一緒に、森へ逃げ込まなければならないということも。


だが、エルダーは、それでも、明らかにお荷物にしかならない、目の前で泣き叫ぶ人間を担ぎ、助けようとする。


「ダメ!それは置いていく!助けてももう正気には戻れない!」


シャールも、武器を構えているとはいえ、今から自分の前に姿を現わす何かと、正面から戦う気など全くない。


ただ一目、一瞬でも、これからこの世界で自分達の敵となりうるモノを目に焼き付け、認識する。それだけのつもりである。


そして姿を確認次第、自分もさっさと

逃げるつもりでいるのだ。


明らかにお荷物になる、チョーを担いで逃げる気など無く、そんなものを担ぎながら走って、逃げ切れる気もしない。


「でも……」


それでも今、目の前で失われようとしている命を見捨てるわけにはいかないと、チョーを担ごうと、チョーの体に手を回すエルダー。


……が。


「……え?」


自分の手を見て驚愕する。


……小さい。


まるで子どものような、細い手、


とても大人の男性である、チョーを担いで走れるとは思えない。


それどころか、体に手を回すことすらできない。


エルダーの腕の長さより、チョーの胴体周りの方が長いようだ。


「そんな!どうなっている?」


……まさか、と、


そこである考えが頭に浮かぶ。


「まさか、体は子供のままなのか?」


今は一刻を争う、呑気に確認する余裕は無い。


が、これでハッキリした。


……今の自分の体は、見た目はどうあれ、体は元天界だった空間で目にした女神、つまりは子供の体格であると言うことが。


そして、そんな自分には、目の前で死にそうになっている人間は、救うことはできないということ、


「それは置いて早く走って‼︎私は敵が何なのか、確認次第すぐに追いつくから!」


そこでシャールの叫ぶ声が聞こえ、我に帰るエルダー。


「でも……でも‼︎」


どうやっても、どうすることもできないと分かっていても、諦めきれないエルダー。


そうこうしている間にも、地響きはエルダー達がいる地上へ近づいてきて、


「グギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー‼︎」


”それ”は、再び発された、不快極まりない鳴き声と共に、エルダー達の前に"それ"は、その姿を現わした。

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