ヒス
自らの両肩を抱いて、何かに怯えるかのようにガタガタ震えるシャール。
「ど……どうしたの⁉︎ルーちゃん」
あきらかに様子のおかしいシャールを見て、慌てて呼びかけるエルダー。
だがそこで「はっ……」と、あることに気づく。
シャールは、エルダーがこの世界へ来た時にはすでに冒険者のようなことをしていた。
つまりは自分より先にこの世界へ来ていたということ、
もしかしたら今の自分がウルフに言ったことの内容から、これから自分達が探す人物について、何か思い当たるところがあるのかもしれない……
……そしてもしそうなら、オオカミの群れを前にしても一歩もひるまなかったシャールがここまでなるなんて……シャールをこんなにも怯えさせる赤ずきんとは、相当ヤバいやつなんじゃないか?
と、一人でその赤ずきんとやらの人物像を想像して、身体中の血の気が引く思いになるエルダー。
「……い……」
ボソッと、一瞬シャールが何か言った気がしたが、うまく聞き取れなかった。
「何?」
ひょっとして今「怖い……」って言った?
そう聞こえた気がして、後ろから近付き、シャールの肩に手を置いて、心配するエルダー。
そしてシャールの顔に自分の顔を近づけ、少しでも声を聞こうとする。
するとシャールがブツブツ言っている内容が聞こえて来た。
それは……
「エー君が……私以外の人とずっと話してるなんて……許せない……」
「……は?」
一瞬シャールの言っていることが理解できずに聞き返す。
瞬間、
シャールの纏っていた雰囲気が、ガラリと変わる。
「許せない……許せない許せない許せな許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない……」
ゾワァ……と、背筋を冷たい何かが走る感覚に襲われ、顔が一気に青ざめるエルダー。
「えっ?何?どうしたのルーちゃん?」
シャールの急変に戸惑い、どうすることもできずに、ただ声をかけることしかできない。
すると、
「嫌なの‼︎……エー君が私以外の人と、私抜きで話をしてるのが、たまらなく嫌‼︎」
やや錯乱気味に叫び出すシャール。
「えっ、でも……」
何というか……どうやら赤ずきん云々は全く関係なく、単純にウルフとエルダーが、シャール抜きで話をしてるのが嫌だったらしい。
……でもウルフの声はルーちゃんには聞こえないんじゃ仕方ないじゃん‼︎
と、一言ガツンと言ってやろうかと思ったエルダーだったが、
「私さっさも言ったよね⁉︎ソレと話してるエー君キモいって‼︎……なのになんでまた二人だけで話してるの⁉︎……嫌‼︎気持ち悪い‼︎……イヤイヤイヤイヤイヤぁぁぁぁぁぁー‼︎」
シャールが、両手で髪をクシャクシャにかき回しながらその場にうずくまり、大声で泣き叫び出したことでそれどころではなくなる。
「ごめん!謝る‼︎謝るから!落ち着いて?ルーちゃん‼︎」
なんとか落ち着いて話を聞いてもらおうと、シャールの両肩を掴み、前後に軽く揺すって、シャールの意識を自分に向かせようとするエルダー。
すると一度は、ハッと意識がエルダーに向いたシャールだったが、エルダーの後方から二人の様子を見ているウルフの姿を視界に捉え、
「……そいつが悪いの?」
涙をいっぱいにためた目で、ウルフをにらみ出すシャール。
急に怒りの矛先を向けられたウルフは、目を丸くして「えっ⁉︎」みたいな顔になっている。
「全部、そいつが悪いの⁉︎……エー君が私を見てくれないのも‼︎そんな姿になっちゃったのも‼︎全部‼︎そのクソオオカミがエー君に近づいてきたのが悪いのね⁉︎」
そんな姿って……どんな姿?
いまだ、自分の姿含め、自分の状況の一切を理解していないエルダーは、今シャールに言われたことに、答えることができない。
が、それも後半だけ、前半の質問なら、今のエルダーでも答えることができる。
「ルーちゃんのこと、自分が見てない訳、ないじゃないか‼︎」
「えっ?」
シャールの両肩を掴み、力強く、まるでシャールに言い聞かせるかのように言うエルダー。
「どれだけ長い時間、共に過ごしたと思ってるんだ‼︎……俺ならルーちゃんのこと、大体わかる自信があるよ‼︎」
だって、ルーちゃんは自分にとって……
言おうとして、急に恥ずかしくなり、その先を言えなくなる。
だが、ここで会話を切ると錯乱状態のシャールが何をしだすかわからないので、必死に言葉を続ける。
何か当たり障りのなくて効果的な話題はないかと思考をフル回転させるエルダーは、
(……自分は一体何と戦っているんだ?)
一瞬自分を見失いそうになった。
「……そう、たとえば犬が嫌いなところとか、不器用なくせに、料理をしようとして、毎夜その剣でリンゴの皮めくる練習してたこととか……」
だが、何とか紡いだ話題は、言い出したらいくらでも出てくる、シャールとの何気ない思い出話だった。
いつもどんな強敵を前にしても一歩もひるまないシャール、
だが、実際はめちゃくちゃビビリで、ゴースト系の敵とかが相手だと、死ぬほど逃げ出したいのを我慢していることとか……実は結構ものを大事にする性格で、以前エルダーが何気なくあげた髪飾りを宝箱に入れて大事に保管していることとか……
「……でも今のはわからない、前はこんなことで怒ったりしなかったよね?……なのにどうして今回はこんなことしたの?」
「だって……」
思っているよりも、自分を知られていたのが嬉しいのか恥ずかしいのか、顔を赤くして、黙り込むシャール、
それまでの勢いが完全に殺され、グズりながら潤んだ瞳でしてエルダーを見る。
「だって私……エー君が死ぬとこ一度見てるんだもん……だから、そのオオカミに騙されてまた殺されるんじゃないかって……心配で……」
今までもずっと不安だったのだろう、
目の前で大事な人が無惨に殺される様を間近で見てしまったのだ。
これまでどれくらいの時間彼女はこのことに苦しんだことか……
大切なものを目の前で失う喪失感。
もう戻ってこないと諦めるしかなかった中、それが戻ってきた時の高揚感。
そして、
自分には声も聞こえない、何を話してるのかも分からない会話が、再びエルダーがシャールの元から離れていくのではと、彼女のことを激しく不安にさせていたということ。
「そう、だったんだ……」
そんなどうしようもない感情を、彼女は今まで、それを表にしないようにと気を使っていたようだ。
だが、それが今、我慢の限界に達したため、このようなことになってしまったのだろう。
「ごめんよ……ルーちゃんも辛かったんだね……でもこのウルフは信用できる、ルーちゃんは自分のことを信用してくれてよね?……その自分が言うんだ。信用してくれないかな?」
かなり強引なことを言ってる気がするが、今は信じてもらうことしかできない。
「分かった……でもまだもしものことがあったらって思うと不安で……」
ソワソワと、何かを我慢する様子のシャール。
「……どうすれば、安心できる?」
それを察して、シャールが安心できることをしようと、問いかけるエルダー。
「じゃあ……手……繋いで?」
若干恥ずかしそうに、上目遣いでエルダーをみながら手を出すシャール。
「分かった、じゃあこれから街へ着くまでの間、手をつないで歩こう!」
これでひとまず、この問題は解決だ。
だが根本的な解決には、ウルフの声をシャールが聞けるようにするしかない。
……いつかウルフの声を、シャールが聞けるようにしたいと、これからやるべきことを、胸にとどめるエルダーだった。
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