街へ着くまでの時間、

「……ねぇ、エー君?」


ついさっきまで、エルダーと仲良く手を繋いで、もう上機嫌ですよという空気全開で歩いていたシャール。



……だったのだが、それも長くは続かず、


今は、不機嫌な表情を隠すそぶりもなく、エルダーに話しかける。


「何?ルーちゃん」


一瞬、「ひぃぃぃー」と、情けない声を出しそうになったが、それをなんとか飲み込んで、かろうじてシャールからの問いかけに答える。


「お腹減った。なんか食べたい。」


確かに、


朝起きてすぐ、オオカミが持ってきてくれた果物を食べて以来、ひたすら歩いていたため、何も口にしていない。



「う〜ん、そうだね、じゃあそろそろ一旦休憩にして食事にしよう……ウルフ?なんか食べ物を……」


「エー君‼︎」


エルダーの言葉を遮るように、大声を出すシャール。


「な、なに?」


段々不機嫌なオーラを出してくるシャールに、ビクビクしながら、恐る恐る聞くエルダー。


「私の前ではもう、その名を出さないで‼︎」


「わ、分かった。ごめん……」


なんかもう、シャールに逆らうのが怖くて何も言い返せないエルダー。


「うん!許す!」


それを聞いて満足そうにうなづき、少し機嫌が良くなる。


現在、エルダー、シャールは、横に並んで、ウルフが率いているオオカミたちに先導される形で、街までの道を歩いていく。


ウルフはシャールに変な絡みをされてから、どこかへ姿を隠しているようだ。


街までは、エルダー達が今朝出発した場所から、徒歩で十数時間かかるらしく、この調子でいけば。今日の夜には街へ着くらしい。


それまでは、ずっとこの森の中を歩き続けなければならないのだが、さすがにずっとは無理なので、昼頃に一度、休憩を提案しようかと思っていたエルダー。


出発した正確な時刻は分からないが、まだ朝の早い時間だったとすると、それからもう数時間が経っているはずだ。


だとすると、もうそろそろ昼前くらいになる頃だろう。


エルダーは、お腹を空かせたシャールが、そろそろごね始める時間だという気はしていたため、シャールからの不機嫌そうな呼びかけにも、冷静に答えることができたのだが……


休憩の呼びかけも、食料の調達も、ウルフに聞かないことにはどうすることもできない。


「……でもどうしよう、自分はこの世界へ来たばかりで、食料の調達なんてできないんだけど、」


この世界についての知識がなさすぎる。



さっき、オオカミ達が持ってきてくれた木の実なら覚えているが、それがどこで取れるのかがわからない。


「それなら問題ないよ!ここは私に任せて!」


すると突然、何かのスイッチが入ったシャールが、自信満々に胸を張って、早口に喋り出す。


だが付き合いの長いエルダーは知っていた。


……こういう時のシャールは、ロクでもないことしかしないということを。


しかし、今のエルダーは、シャールがどんな突拍子も無いことを言っても、大体のことなら冷静に流せるだろうと、勝手に自負している。


なぜなら、さっきまでの情緒不安定っぷりに比べれば、まだ対処のしようがあることの方がマシだとおもえているから。


「……私ね?犬はまだ嫌いだけど、オオカミはまだマシになったの。」


それんなことを、エルダーが考えているのを知ってか知らずか、本当に突拍子も無いことを言い出したシャール。


「う、うん……よかったね、ルーちゃん……」


これは何か、試されている……



そう、感じたエルダーは、


いきなりなに言い出すんだと、ツッコミそうになったのをグッとこらえて、慎重に言葉を選んで話すことにした。


「うん……だからね、犬嫌いを克服するためにも、まずはもっとオオカミを好きになろうと思うの。」


どうやらまだ不正解は出していないらしい。


普通に会話を続けるシャール。


「へ、へぇ〜、なかなかいい心がけだと思うよ?」


うん、それは本当にいい心がけだと思う。だがそれが最初のお腹減ったとどう繋がるんだ?


と疑問に思うエルダー。


「ありがと……でね?」


シャールは、上目遣いにエルダーを見て、


「……オオカミって、食べたら美味しいかな?」


その時のシャールの目は、まるで光を失ったかのように闇色に染まり、声は、寒気すら覚えるほど、冷めていて、とてもまともとは思えないくらい、恐ろしい雰囲気をまとい始める。


「……………」


あっけにとられて無言になったエルダー。


シャールからの、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、先を進んでいたオオカミ達が、一斉に振り向く。


相変わらずウルフは、先ほどシャールに向けられた怒りがよっぽどこたえたらしく、姿を隠している。


だが、感じる。姿は見えぬが、ウルフから、「頼むからその娘をなんとかしてくれ……」という思念のようなものを、確かに感じるのだ。


このままではヤバイ、街へ着く前にどちらかが滅んでしまう。と、シャールの危ない思想をなんとかしなければと、口を開く。


「うん、美味しくはないだろうね、ってか食べないでね?色々怖いから」


本当に、一歩間違えたら世界を救う云々どころではなくなるのだから、まずはこのシャールという少女をなんとかせねば、それから先の話が始まらなそうだ……。


そう、本気で思ってきたエルダーなのだった。



そんなエルダーの悩みなど、知るよしもなく、


「……でもあんなにたくさんいるんだよ?一匹二匹殺して食べてもいいじゃない?……それに犬嫌いが治ればエー君も嬉しいでしょ?」


「ま、まぁ……」


シャールの勢いに押されて思わず肯定してしまう。



「だよね‼︎私、頑張るから……見ててねエー君‼︎」


ジャキッと自分の愛刀を抜き、オオカミに斬りかかろうとするシャール。



「待てい‼︎」


「痛‼︎」


もはや話の通じなくなったシャールの頭に、空手チョップを叩き込むエルダー。


「痛いよエー君、急になにするの?」


涙目でエルダーを非難するシャール。


「いや、ホントにダメだから、そのオオカミ達は自分の友達の友達、つまりはルーちゃんにとっても友達だ、殺して食べるなんて、ダメだよ‼︎」


「でも私の犬嫌いが治るかもしれないんだよ?エー君治ったら嬉しいって言ってくれたよね?」


「うん、確かに言ったけど、それはまた別の方法を探そうか、」


ってか、オオカミを食べて犬嫌いを克服するって、どんな荒療治だよ‼︎


「分かった……でもそろそろお昼だよね?……何か食べないといけないでしょ?これからまだまだ歩かなきゃいけないんだから」


しゅん……と、さっきまでの勢いはなくなり、しおれるシャール。


「こうなったら仕方ない。オオカミさんたちになら聞いてもいいよね?」


「うん……」


よし、



……その後、無事、オオカミを通してウルフに話を通し、休憩にすることができた二人なのだった。


ちなみに、昼食は、ウルフが指示を出してくれたらしく、朝と同じ何かの木の実を、オオカミ達が持ってきてくれた。


そして、十分に休憩を取れたシャールとエルダーは、再び街を目指して歩くのだった。


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