え〜……困りました。
「……おれい?」
思わず声が裏返る。
「こっこら!大きな声で言うんじゃないよ!」
ウルフが恥ずかしそうに慌ててエルダーの声をかき消す。
……ようやくシャールの誤解も解け、さて次は前に聞こうとしていたウルフからの頼みごとを改めて聞こうと、耳を傾けたのだが、
ウルフからの頼みごとは、エルダーの予想の斜め上を行っていた。
二人のぎこちない会話に、ジトー……と、なんか悪いものを見る目を向けるシャール。
他のオオカミ達は、皆、地に腹つけて、大きなあくびをして眠そうにだらだらしている。
話は戻って……そのウルフの頼みごとというのが、
「……以前人間に助けられた、お礼がしたいから探して欲しい。」
……だった。
「……ひとついい?」
「……な……なんだい?」
なんか照れ臭そうに聞いてくるウルフ。
「なに、いってんの?」
「……い、いやね、以前人間の街へ食料調達に行った時のことだよ……実は私、今でこそオオカミの姿をしているけど、ちょっと前まではそれなりに名の通った悪魔だったんだよ。……でもその時にちょーっとヘマしちまってね。追っ手が付いちまったんだよ。……で、その時にうまく逃がしてくれたのがその人間ってわけ。」
なんか昔話をしはじめたウルフ。
どうやら、その人間にお礼を一言言いたいらしいが、連絡を取る手段が無く、だからと言ってオオカミの姿で人間の街へ、のこのこ行くわけにもいかない。
しかもどうやら、その街の人間達は二度とウルフを近づけないために、対ウルフ用の強力な結界を張ったらしく、今のウルフでは近くこともできないらしい。
「なにやらかしたんだよ、あんた……」
街の人間をそこまで怯えさせるとは、このウルフとかいう悪魔……相当ヤバイやつなんじゃ?
と、引きまくってるエルダーをよそに、
「な……ナイショだよ!」
可愛い仕草で言っても恐怖しか感じられないよ!
しかしウルフが元の姿は悪魔だったとは……。
と、ウルフが悪魔であるという事実から、色々思い至る点があり、少し考え始めるエルダー。
ウルフが悪魔か……
だが、なるほど、これでウルフが元の姿は悪魔だというなら、自分が数多くいるオオカミの中から、ウルフの声だけ聞こえるのにも納得だ。
……やはり最初に考えた可能性、自分がこの世界での魔に連なる生き物の声が聞こえるようになったと思っていた現象。
魔王から魔の力を受け取ったことで、信じたくはないが自分は悪魔になってしまったと考えるべきだろう。
そして、原理は不明だが、同じ悪魔となら、意思の疎通ができるようになったようだ。
……どうやらエルダーが悪魔になっているという事実は、受け入れるしかないらしい。
……どの程度かはまた調べるとして、今回はそのおかげで夜の森でも、こうしてオオカミに囲まれながら、生き残ることができていられるのだから、少しは感謝だ。
ん?……夜の森?
「……そういやウルフさん、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい急に、さん付けとか気持ち悪いヤツだね……ウルフでいいよ、なんだい?」
「じゃあウルフ、いま夜なんだよね?」
「……ああ、間違いなく、」
「なんか明るくない?」
「私達悪魔に明るいも暗いもないだろ?……私達の目は狩りのために常時、一番見えやすい明るさになるんだから」
「へぇ〜……」
どうやら悪魔の目には、夜目みたいな自動で明るさを調整できる能力があるらしい。
……ということは。
「暗闇恐怖症、克服?」
「なんかしらんけど、そうなんじゃない?……ってか、あんたほんと変わってるね〜、人間の知り合いがいたり、自分の身体が理解できてなかったり。」
ほんとに悪魔かい?……とさらっと核心をついてくるウルフ。
元人間の、しかもあなた達の天敵、勇者です。……って言ったらどうなるかな?「馬鹿言うんじゃないよ!」って馬鹿にされるのかな?……それとも「やはりか!」……って戦闘になるのかな?
どちらであっても嬉しくないな〜……と、モヤモヤ考えるエルダー。
「……で?どうなんだい?……なんならあの冒険者に頼んでくれるだけでいい、その人間を探して、できれば連れてきて欲しいんだよ。」
ウルフが早く答えを聞きたいと言った様子でエルダーに問うてくる。
「ん〜……」
と悩み込むエルダー。
そりゃ確かに相手は悪魔だし、何か恩があるわけでもないし、特に頼みを聞いてやる義理もないんだが……
「……報酬は?」
これからしばらくこの世界で活動するなら、たとえ悪魔とでも、ツテがあって損はないだろう……と、報酬次第で受け持つことにする。
少なくとも、この世界においての敵は当面の間は厄災ということにしている。
相手が悪魔だからといって、話が通じる相手を無碍に扱うつもりはない。
「ああ、もちろん!……これでどうだい?」
ウルフが前脚を器用に前に出し、手のひら(肉球)からなにやら魔力を発する。
パァーッと一瞬ウルフの肉球(手のひら)が光ったかと思うと、ウルフの手に何かが乗っていた。
それは一枚の紙、
「なにこれ?」
見た所、かなり古い紙なようで、全体的に茶色く日焼けしていて、端の方は所々破れている。
……宝の地図?じゃないな、これは……
なんか、紙に円形の、落書きみたいな絵か文字か、判別つかないような何かが描かれている。
「……さすがに召喚陣は知ってるみたいだね」
そこで、ニヤリ……と、ウルフが悪い笑みを浮かべる。
召喚陣とは……エルダーの世界にもあった。魔術と言われる、魔の力を持つものだけが使うことのできる、特殊な術の一種である。
エルダーの世界の召喚陣は、主に、魔のモノの中でも上位の存在にあたる悪魔が、しもべと呼ばれる手下を呼び出すために使っていた、厄介な術である。
それはつまり……
「……まさか、なんかヤバイものを呼び出せるヤツじゃないだろうな?……呼び出した瞬間即死……とか嫌だぞ?」
自分も悪魔となったんだ。おそらく魔術も召喚陣も使えるようになっているはずだ。
……だがエルダーは、その呼び出したしもべを、うまく使役できる術を知らない。何も知らずに厄介なヤツを押し付けられたとか、シャレにならん。
「大丈夫だよ、これからは生き物は出てこないから。」
なんかさっきからウルフが悪い取り引きする時の、怖い人みたいになっているけど、本当にこれは大丈夫なのだろうか……
「……じゃあ何が出てくるんだよ」
何はともあれ、それを聞かねば話が進まない。
するとウルフは、ウッフッフッ……聞いて驚くな?……と、やたら怖い人キャラを演じている。
どうやらこの召喚陣から出てくるものによっぽど自信があるらしい。
そしてそんな自信満々なウルフの口から出た、報酬とは……
「……剣……だよ。」
「……剣?」
トカゲの干物、とか、何に使うのかも、本当に効くのかわからないような薬物、とか、
なんかもっと変なものかと勝手に思っていたエルダーが、あまりにまともな報酬に、気の抜けた返事をしてしまう。
対してウルフは真剣に、
「ああ、剣だ。……あんた見た所、あんた剣で戦うだろ?……なのに今のあんたは剣を持ってない。……どういう経緯かは知らないが、剣をなくしたんだろ?……だからかわりの剣が今回私の頼みを聞いてくれた報酬だ。」
どうやらさっきのシャールとのやりとりで、エルダーが剣をなくしたことに気が付いたらしい。
「……でもいいのか?……剣って、お前にとって結構大切な物じゃないのか?」
剣とは、戦士にとって、自分の半身といっても過言ではないほど大切な持ち物である。
何と言っても自分の命がかかっているのだから。
そんな物を、お礼を言うための報酬として、もらってもいいものなのか?……と若干不安になるエルダー。
「何言ってんだい、大事も何も、私は剣なんて使わないんだよ、だから価値なんて全くわからないし、むしろ使いたいやつが持ってた方がいいと思っているんだが?」
あっさりすごいこと言ってくるウルフ。
「そっそうなのか、剣は使わないのか……」
「ああ!……ってか、剣を使う悪魔の方が珍しいよ……悪魔なんだし、魔力を使わないと損だろ?」
今更何を……みたいな感じで言ってくるウルフ。
「まぁ……確かに……」
ここへ来てやはり悪魔と人間の差を思い知らされるエルダー。
……だが、これで問題は解決だ。
「……分かった。その依頼、承った!」
「ありがとう!あんたいいやつだな!……じゃあホイ!」
ウルフが、手に乗っていた召喚陣の描かれた紙をエルダーに放り投げる。
「……ほい、まいど」
紙を受け取ったエルダー。
すると、その紙は、スッと消える。
「これでその紙の所有権はあんたに移った。気合いを入れて呼べば、いつでも呼び出せるよ」
そう言って、身を翻すウルフ。
「……さぁ、街の近くまでは案内してやる。ついて来な!」
周りのオオカミ達が「あっ終わった?」みたいに一斉に起き上がり出す。
「ちょっ……ちょっと待って!」
慌ててウルフを呼び止めるエルダー。
「ん?どうした?」
首だけ振り向いてエルダーに問うウルフ。
対してエルダーは、あっちあっち……と、ある方向を指差す。
……その先には、
「イライライライライライライライライライライライライライラ……」
全身を怒りに震わせるシャールの姿。
「……今の自分は、訳あって一人での行動は難しい。……よって、あれに頼んで色々行動をする必要があるのだが……」
今のシャールに何か頼みごとをするのは……正直言って無理だ。
さらに今すぐこの森を進んで街まで歩く、なんて言おうものなら……オオカミにかじられるより恐ろしいことになる。
「……街へ行くのは明日にしてもらっても?」
「仕方ないね、じゃあ今日はもう寝て、明日改めて街へ行くとしようか……」
エルダーのささやかな願いを悟ってくれたウルフが折れて、今日の決行は諦めてくれる。
「すまない。じゃあ、また明日、おやすみ、ウルフ」
そう言って、シャールの元へ駆け寄り、機嫌を取ることにするエルダー。
「ああ……おやすみ」
身体を寝る体制にし、目を閉じるウルフ。
……こうして、エルダーは翌日、ウルフの頼みごとを聞くため、街へ行くことになったのだった。
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