思い出
「死ねぃ‼︎」
「死なない‼︎」
「死ねぃ‼︎」
「お助けを〜‼︎」
当たれば体が真っ二つになるような、一撃一撃が見るからに重そうな攻撃を、容赦なく連打しているのはシャール、
今現在、その剣先を向けているエルダーの、最も信頼し合っていた、かつての仲間である。
「ヒィィィィィィィー‼︎」
それを全て紙一重でかわしながら、丸腰で逃げ回っているのが、我らが勇者、エルダー、
エルダーは、この世界を厄災の脅威から救い、同時にこの世界を調査して、自分の世界も取り戻そうとしている勇者である。
「いい加減死ねぇぇぇぇー‼︎」
「ごめんなさいそれはできませぇぇぇーん‼︎」
エルダーは、この世界へ来ていきなり迷子、彷徨っていたらオオカミの群れに遭遇という、最悪のスタートを切っていた。
その後、オオカミに追われながらひた走っていた所、ついに人間の冒険者一行に出会う、
しかもその冒険者一行の内の一人が、なんと、かつて最も仲の良かった旅の仲間という幸運、
突然降って湧いた思いもよらぬ幸運に、気が緩んだエルダーだったのだが、
現在、シャールから見たエルダーは、人間の敵である悪魔にしか見えていないらしく、
目の前にいる悪魔が、エルダーの名を使って自分を惑わそうとしているとしか思えず、その悪魔がエルダー本人であると信じられずに、剣を向けている。
「……ゼェ……ハァ……どうして……攻撃が…当たらない?」
さすがに暴れ疲れたのか、攻撃の手が止まるシャール。
「……そりゃ……全部……見切れて……いるから……な……」
エルダーもかわし疲れて息絶え絶えに答える。
「……まだそんな舐めた口を叩くのか‼︎」
もう、剣を振り上げることすらやっとなほど、体力を消耗しているハズのシャールだが、怒りに任せて再び剣を構え、エルダーに向き直る。
「だから自分が本物だって言ってるだろ‼︎ルーちゃん‼︎」
剣を交えればきっと自分が本物だと信じてくれる……とか思っていたのに、その交える剣を持っていなかったため、どうやって信じてもらったものかと頭を悩ませるエルダー。
力ではもう、自分が本物だと、ルーちゃんに信じさせることはできそうもない……。
そう悟ったエルダーは、力ではなく精神に語りかける作戦にでることにした。
「だからその名で呼ぶなぁぁぁぁー‼︎」
最後の力を振り絞って再度、エルダーに突撃するシャール。
対して、エルダーは、
両腕を大きく開き、大の字になって、自分に向かって突撃してくるシャールに、真正面から向き合った。
そして、エルダーの、対シャール用最終作戦が、決行される。
武器が無く、シャールに信じてもらえる証拠が出せないエルダーが、最後に出した攻撃は……
「……スゥ〜……」
肺一杯に、空気を吸い込んで……
「シャールのー‼︎エー君しか知らないー‼︎旅の途中に起きたー‼︎恥ずかしいハプニングをー‼︎語りまぁぁぁぁーす‼︎」
「〜〜〜〜‼︎」
ズザザザザザー‼︎と盛大に砂埃を巻き上げて、シャールの突撃が停止する。
「き……ききき……急に何を言いだすんだ貴様はァ‼︎」
顔を真っ赤にしてエルダーの言葉を待つシャール。
「……聞きたい?」
そこで何かの手応えを得たエルダーが、急に元気になる。
「……聞きたいわけないだろ‼︎」
シャールのその反応を見て、どうやら、シャールにはよっぽど言われたくない事があるらしいことを悟ったエルダーは、
勝ち誇ったかのような笑みを浮かべて、もう悪魔と言われても何もいい返せないような、最低な作戦を決行する。
「あれれ〜?おかしいな〜今君の前にいるのはエー君じゃない、悪魔……なんだよね?だったらさ、君の言う、エー君しかしらないこと、僕が知ってるわけないよね?……なんで止まったの?」
「それは……」
おそらく、エルダーがもし本物なら、あんなことやこんなことが、その口から出てくると思い、反射的に止まってしまったのだろう。
たとえ、相手が言っていることがハッタリだとどんなに信じていても、一歩間違えれば即死するような状況なのに、あれほどまでに自信満々に自分とエルダーしか知らない秘密を叫ぶと言い貼られると、もしかしたら本当に状況がひっくり返ってしまうかもしれないと、最後の最後に自分が信じられなくなるものである。
なによりシャールにとっては、エルダーが生きていてくれた方が嬉しいわけだから、信じたい、目の前の自分が悪魔だと思っている相手が、本当にエルダーであって欲しいという、シャールの気持ちもある。
一歩二歩と、後ずさりながらエルダーの言葉が胸に刺さって確実にダメージを受けていくシャール。
「いいんだよ?君が信じることをすれば……ただもしそのまま突撃するなら覚悟してね?そこから君が僕にたどり着くまで約2秒、そこから攻撃して、僕が死ぬまで合計5秒はある。……それだけあれば、君がこの先一緒忘れられないような、トラウマもののハプニングを叫べるからね、まさかあれを見られていたと知ったら、君がどんな顔でのたうちまわるか楽しみだ」
「……くっ……」
「ん〜?どうするの?……恥を忍んで自分を殺しにくるか、自分がエルダー本人だと信じてくれるか……どっちだい?」
……勝った‼︎
と、心の中で勝利のポーズをしながら問うエルダー。
「……じゃあ、信じさせてくれ、」
剣を鞘に収め、足元の木の棒を二本拾うと、一本をエルダーの足元に投げ、一本を構える。
「よしきた!まかせろ!」
待ってましたと言わんばかりに足元の木の棒を拾い、構えるエルダー。
これでようやく、剣を交えれる。
エルダーの狙いは、最初からこれだったのだ。
決してルーちゃんのあんなことやこんなこと
を暴露して、顔を真っ赤にして悶える彼女の姿を見てみたいと思った訳ではない。
「いくぞ‼︎」
「こい‼︎」
互いの技さえ見れば、きっと分かり合える。
そう信じた二人の、互いの思いを乗せた木の棒がぶつかり合う音が、その日の日が暮れるまで、森中に、響き渡っていた。
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