準備
「蘇るために準備するものは二つだ。」
魔王は、自分の手の人差し指を立たせ、
「まず一つ目は、実体のある肉体だ。」
「……なぜ肉体がいるんだ?」
まぁ、なんとなく理由は分かるが、一応聞いておかなくては、勇者が別の人間の身体を乗っ取って異世界に蘇ったとか、まるで悪役ではないか、
……それが許されるのは曲げようのない悪役の魔王だけである。
「それはだな、魔のモノには他人の身体に入り込み、乗っ取っるという力があるのだ。」
魔のモノにとって、肉体とは基本的にあってないようなものなのである。
どれだけ肉体が破壊されようと、魔力さえあればいくらでも再生できるし作り変えることもできる。
そして、魔のモノ達は、精神体のみの状態となり、自分の都合のいいように色々な身体を、精神体となって乗り移り、渡り歩くのである。
故に、魔のモノ達は人々の生活の中に簡単に入り込めるし、一度、人々の生活に入り込んだ魔のモノを見つけ出して完全に消滅させることは簡単ではないのである。
「……つまりはその力で新世界へ入り込むためにも、あちらの世界で活動するための肉体が必要という訳か」
「ああ……それも最低限、魔王である余の力に適応できる肉体だ。どれでもいいという訳ではない」
「なるほど……で?一つ質問なんだが、その前提条件である、あっちの世界へ行く、というところはどうするんだ?」
魔王の話通りなら、どのような形であれ、まずはあっちの世界に、自分が行く必要があるはずだ。
そして、入り込むためには女神の力であちらの世界に干渉し、無理やり入り込むしかない。
だが、今の現状を考えると、
自分は、今この壁から出ると同時に消滅してしまう精神体だけの状態。
女神には、新しい世界に干渉するだけの力は残されていない。
「……なにより他人に乗り移る魔の力とやらを、人間である自分が持っているわけがないのだが……」
今は女神ハンナな力によって、半ば無理やり存在を持たせている状態である。
エルダー自身に自己の精神を操作できるような力はない。
「……それが二つ目だ、」
魔王は、中指も立て、ブイサインを作る。
……真面目なところほんっと申し訳ないが、魔王がブイサインって、なんか、似合わん、
声には出さないから、思うだけ許してほしい。
「……ンププッ……魔王が……ピースしてる……」
あ〜あ、せっかく言わなかったのに、女神が言っちゃったよ……。
魔王も女神に言われて気がついたのか、慌てて手を引っ込めて顔を真っ赤にしてるし……。
「……子供か!」
「だ、だって、この阿呆が空気読めない変なこというから……」
「こ、子供〜‼︎魔王、あなた見た目はアレなのに、中身は子供だったのですね〜」
幼女の姿の女神が、魔王を子供だと馬鹿にしている。
「……もう、やめて下さい。」
これがかつて世界を守る側と壊す側のトップ二人だったと思うと、
……なんだか涙が出てくる。
「……ゴホン!……では話を戻そう……」
魔王が無理やり話を戻してきた。(この流れ二回目……)
「魔の力に関しては心配ない、なぜならこの余が直々に貴様に魔の力を与えてやるのだからな‼︎」
「ふざけるな‼︎誰が魔の力など受け入れるものか!」
「え〜今になってそれ言う〜?」
とか魔王はほざいているが、
自分は、世界中の人々を代表する人間、勇者だ!
しかも、魔界と敵対する天界のトップである女神に力を借りて、聖なる存在となった。
今や自分の存在は、人々の希望であり、正義のあり方そのもの、
その勇者が、魔の力を受け入れ、魔に堕ちたなど、笑い話にもならない。
「そこは私がなんとかします!」
ようやく女神らしい発言をしてきた女神、
「……どういうことですか?」
そうだ!そもそも、ここへ魔王を召喚したのは女神その人だ。つまりは魔王の力を借り、勇者である自分を魔に堕とすことになるということも、すべて承知の上だったに違いない。
……なのにどうして……、
いくら世界を救うためとは言え、魔王に力を借りて、自ら進んで魔に堕ちるなど、勇者である自分がして良いことではない。
エルダーの世界では、魔に堕ちた人間は魔人と呼ばれ、恐れられた。
エルダー自身、旅をしていた頃は何度か魔人と遭遇し、問答無用で首を刎ねてきた。
そんな許せない存在に勇者である自分自身が成るなど、許されるはずがない。
……今、勇者はめっちゃ怒ってます‼︎
「大丈夫です!私が元の力を取り戻すことさえできれば、たとえあなたが魔人となっていても、元の人間に戻すことができます!」
女神ハンナは無い精一杯胸を張って自慢げに鼻を鳴らした。
「そうなのですか⁉︎」
自分の怒りを秒で打ち消され戸惑うエルダー。
「もちろん簡単ではありませんし、絶対ではありませんが、そこは女神が死ぬ気で何とかしましょう‼︎」
無い胸を叩いて大船に乗ったつもりでドンとやりなさいという女神。
(女神の力さえ取り戻すことができれば、全て解決する……)
そして今の状況を解決するためにも、女神の力を取り戻すためにも魔の力が必須なことも事実。
その後、元に戻ることができるのならば、目的を果たすために喜んで魔の力を受け入れよう。
エルダーの決意は固まった。
「……わかりました。女神がそう言ってくれるのであれば、自分は喜んで魔に堕ちましょう。」
「……よし、話はまとまったな、では……」
魔王が、手のひらを自分に向け、魔の力を送ろうとする。
「ちょっ、ちょっとタンマ‼︎魔の力を受け入れるまでは分かった。が、その後入る体は?どこにある?」
今この場には、女神と魔王と自分の三人しかいない。
そして、自分と魔王は、ドラゴンによって肉体は滅ぼされている。
向こうの世界でも活動できる肉体で、魔王の力に耐えられる適正までとなると、状態のわからない向こうの世界の人間を適当に、ということはできない。
そう何度もできるようなことではないことは、数百年単位でしか復活できない魔王復活の物語からも想像に容易い。
ということは……
「……はい、あなたの考えている通りです。」
「つまりは、女神!あなたの身体を、自分が乗っ取るということですか⁉︎」
ダメだ‼︎
もし、自分が女神の身体を乗っ取ることになれば、最初の目的、女神の力を取り戻すというのが、できなくなるのではないか?
力を取り戻す女神がいなくなるのだから、
そうなれば、
「いいえ、それは違います。」
自分の考えの途中で、女神は否定する。
「何が違うというのですか⁉︎」
「そこも問題ない、」
二人の会話に割り込むように、魔王が話を始める。
「たとえ身体を乗っ取っても、相手の魂を消滅させるわけじゃない。」
「……つまりは、自分が女神の身体を乗っ取っても、その身体の中で女神の魂は生き続けられるということか、」
「はい、そして時が来れば私は目覚め、あなたの失われた肉体を元に戻し、分離することができます。」
「……わかりました。では、最後に、どうやって新しい世界へ行くのですか?今の女神にはその力はないのでしょう?」
「実は、あるにはあるのです。」
「……は?」
あるの⁉︎
「ですが、それをすると私は完全に機能停止になってしまうのです。」
「だから貴様が女神の身体を乗っ取ろうが、ここへ置いていこうが、どの道、女神は行動停止になるってワケだ。それなら身体だけでも役に立てた方が良いだろ?」
そういうことだったのか、
あとは自分の意思次第ということか……、
「魔王‼︎」
自分は叫ぶ、これからなすべきことを忘れないために、そして、自分が背負ったものの重さを確かめるために。
「俺は、これから貴様の力と、女神の身体を借りて、新しい世界へ行き、信者を集め、女神の力を取り戻す!そして、最大の脅威となる厄災を倒し、その世界も救う!そして……」
ホント、考えれば考えるほどに、やらねばならないことは山積みだ。
背負ったものは、以前の世界の全て、全てを託してくれた女神の命、
ただの人間一人が背負うにはあまりに重すぎるものばかりだ。
自分は一度失敗した。
世界を救う旅の途中で世界を壊す存在に負け、まんまと滅ぼされてしまった。
だが、
同じ失敗はもうしない。
今度こそ、この手で、今から行く世界も救い、女神の命も救い、そして……
「自分達の世界を取り戻す‼︎」
「ああ!もちろんだ‼︎」
やってやる!と、
かつての世界の勇者と魔王が奮起する。
「ではいくぞ、勇者‼︎」
こうして、人間の勇者エルダーは、魔王から魔の力を受け取り、女神の身体を借りて、残された女神の力を使い、謎に包まれた、新世界へ、足を踏み入れたのだった。
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