自宅に詐欺師がやってきた!
ゴッドさん
火災報知機の男
数年前の9月頃のことである。
僕は大学に進学し、アパートで独り暮らしを始めていた。当時の僕は大学周辺の環境に慣れていなかった。そんな環境から逃げるため、僕はアルバイトをしないで自宅に引き篭もってゲームをする日々を続けていた。
俗に言う学生ニートで、ゲーム中毒者というやつだろう。
そんな、トラックに轢かれて異世界転生しそうな状態の時期に、あの詐欺師は現れたのだ。
* * *
夜9時頃、僕は自宅でモンスターをハンティングするゲームをオンラインで楽しんでいた。氷を纏うサメ型のモンスターを狩るため、僕のアバターが剣を振る。
そんなとき、
ピンポーン……!
室内に呼び鈴が鳴り響いた。
「こんな時間に誰だよ……」
僕は渋々ゲームを中断し、ゲーム機をベッドの上に置いた。そのまま部屋の壁に設置されている通話機に近づき、インターホンのカメラが捉えている映像を見る。
「……誰だ。こいつ」
そこには、眼鏡をかけた中年男性が映っていた。爽やかな表情でカメラを覗き込んでいる。
僕は通話ボタンを押し、「はい?」と応答した。
《こんばんは》
「?」
《今度、そこの道路でガス管の工事を行うんですけども、その連絡で来ました》
「はぁ……」
連絡だけなら話を聞いて、さっさと用を済ませようか……。
そう考えた僕は玄関の扉を開け、その中年男性と面会した。
彼は灰色のツナギを着ており、ニコニコとした表情をしている。
「あ、どうもこんばんは!」
彼は営業マンみたいなスマイルと、ハキハキとした声で僕へ挨拶をする。
「どうも……」
「実はですね、今度そこの道路でガス管の工事が行われるんですよ!」
「そうですか……」
「それで、その通知の紙が近隣に出回っていると思うんですが、もう目にしましたか?」
「いえ、してないですね……」
早く話を終わらせて帰れよ……。
こっちはゲームの続きがしたいんだよ……。
僕はそんなことを思いながら、彼の話を聞き流す。
そんな無難なやり取りがしばらく続いた後、彼は本題へと入った。
「……で、万が一ガス漏れが起こった場合に備えて、火災報知機を設置して欲しいんですよ」
「はぁ……」
「法改正もされましたし、今、我々も設置して回ってるんですよね」
「そうですか……」
「で、報知器の設置代が5万6千円になるのですが……」
高い!
そんな金、突然払えるわけないだろ!
このとき、アルバイトをしていなかった僕は、そんな出費をするわけにはいかなかった。火災報知機なんかに一銭も支払いたくない、というのが僕の本音だ。そんな無くても生活できるようなものに金をつぎ込むくらいなら、美味しいものを買った方がマシだ。
そんなドケチな考え方に、当時の僕は支配されていた。
それに、これから設置するつもりなのか?
早くゲームに戻りたいんだけど……。
当時の僕は重度のゲーム中毒だったと思う。大変恥ずかしい話だが、『ゲームがしたい!』という焦りや怒りを抱えながら男を見ていた。彼はどこからかパンフレットのようなものを取り出して僕に紹介してくる。
「このようなタイプの報知器と、こちらのタイプのような報知器がありまして……」
「……」
僕はそのパンフレットを受け取って眺めた。男の方はずっと説明を続けている。
このとき、僕は何となく、彼は怪しいと薄々感じ始めていた。
まず、火災報知機の値段設定が高すぎることが気になる。火災報知機なんてもっと安価で購入できるものだと思っていたが、こんなに高いものなのだろうか。
そして次に気になるのは、これまでの会話で彼が自分の所属を表明していないことである。普通、最初に自分はどこの会社に所属していて、こういう名前です、というような自己紹介をすると思う。しかし、この男にはそれがなかった。彼が着用しているツナギにも、会社のロゴなどは入ってない。彼に関する情報が少なすぎるのだ。
そして何よりも、こういう火災報知機に関する詐欺があることを、僕は知っていた。テレビのニュースや大学での掲示板にも取り上げられている。
僕は目の前で喋る男と、手元のパンフレットを交互に見ながら思った。
こいつ、詐欺師なんじゃないか……?
『詐欺師ほど優しそうに見える人間はいない』
そんな言葉を聞いたことがある。
実際、目の前にいる男は爽やかな表情で、声もハッキリとしており、初対面の人間に好印象を与える要素が揃っていた。
そこで、僕は思い切って彼に尋ねることにしたのだ。
「あの……」
「何でしょう?」
「名刺とか、見せてもらえませんか?」
単刀直入に『詐欺師ですか?』なんて聞くのも失礼だし、それとなく尋ねた。
勿論、このとき偽の氏名や会社名を書いた名刺を渡される危険性もあった。だが、重要なのはそこではない。
名刺をもらえば『彼がここにいた』という証拠になる。指紋も採取できるだろう。彼に犯罪歴があれば、そこから身元を割り出すことができるかもしれない。
そして『名刺を見せてもらえないか?』という言葉は『私はあなたを疑っています』というメッセージとなる。もし相手が本当に詐欺師だった場合、こちらが疑っていることが分かれば相手も引いてくれるだろう……。
僕の問い掛けに対し、男は次のように反応した。
「あぁ……じゃあ、すいません。ちょっと車へ取りに行って来ます」
男は自宅から出て行った。
そして、彼が二度と戻ってくることは無かった。
やっぱり、アイツは詐欺師だったんだな、って思う。
『火災報知機に一銭も支払いたくない』というドケチとも言える根性が、自分を詐欺から守ったのだ。『早くゲームに戻りたい』というゲーム中毒に浸った精神も、この一因となったと思う。
* * *
翌日、アパートの管理会社に連絡してみたが、そうした火災報知機設置の予定は無いらしい。
『今度そのような男が訪ねてきたら、警察に連絡してください』とも言われた。
結局、僕がその男を公の機関に報告することは無かった。何も盗られてないし、どう説明すればいいか分からない。そして、通報するということが何よりも面倒くさかったからだ。
* * *
こうして、ツナギの男の事件は未遂に終わったかのように思われた。
しかし、事件は続いていたのである。
例の事件から数ヵ月後。
大学の掲示板に、ある張り紙が掲示されたのだ。
『火災報知機設置に関する詐欺について』
張り紙のタイトルはそんな感じだった。
どうやら自分のアパートと同じ地区に住む学生が、『火災報知機を設置する』と言ってきた男に5万円ほど騙し取られたらしい。
そこに記載されている騙しの手口が、先日の男と酷似しているのだ。
ガス管工事について説明してきて、その後火災報知機設置の話に入る……。同時に法改正の話も持ち出したらしい。
これ……十中八九、アイツの仕業だろ。
あの男は、まだこうした活動を続けていたのだ。
* * *
もしかして、あの事件の後、公の機関に彼のことを報告していれば、後の事件は起こらず、彼は逮捕されていたのだろうか?
今も彼が自宅に来たことは、どこにも報告していない。
今からでも、報告すべきだろうか?
結局、あの男がどうなったのかは知らない。
あの男は現在もどこかで火災報知機を高額で売りつけているのだろうか?
僕が言えるのは、『爽やかな印象のある人間が訪ねて来たら、詐欺師である可能性を疑った方が良い』ということである。
自宅に詐欺師がやってきた! ゴッドさん @shiratamaisgod
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