第14話 準備
何もない空間を奔る刃が火花が散らした。
カーチスとクラッドが放った半円状の斬撃は、両手を広げた身体の直前で大きく流れ、俺に傷一つ、つけることはなかった。
「「っ!?」」
斬撃の軌道に俺が突如現れたことと、斬撃が何かの力で阻まれたことの両方に驚いたのか、二人は得物を振りぬいた姿勢のまま硬直した。
「やったなケイン」
剣を振るうその瞬間まで
ゴッズが発動しなければ俺を斬り殺していたかもしれないというのに、いそいそと騎士剣を鞘に収めるカーチスには、その心配は全くと言っていいほどに無いようだ。
「なにがやったなだ。喜ぶには状況が微妙すぎるだろ」
あっけらかんとした態度のカーチスに、結果的にゴッズを発動させることが出来たとはいえ、命を危険に晒した俺は溜息をつきつつ、クラッドに向かって振り向いた。
人を殺すと決めた人間独特の、暗く鋭い瞳の色を失ったクラッドは、水を求める魚の様に口をパクパクさせていた。端整な顔も間抜けな表情で台無しになっている。
「まさか、それがあんたのゴッズか?」
「そうみたいだ、発動してよかったよ」
「たった数時間で獲得したとかありえないだろ」
「俺もそう思う。おかしいよな」
「本当にありえない。あんた何者だ?」
「お前も知っての通りただの騎士見習いだよ。ありえないって言うなら、16歳で正騎士をしてるお前のほうこそありないだろ」
「俺は騎士になるために団長に育てられてきたんだ。だから当たり前なんだよ......」
絞り出す様に呟くと、クラッドは走り去ってしまった。
さっきまではゴッズの覚醒に協力的な態度を取っていたのに、いざ俺がゴッズを手にすると不機嫌になって走り去るとはどういう心境の変化なのだろうか。
「団長を倒したいケインに付き合ったくせに、いざケインがゴッズを獲得したら萎えるとか意味不明すぎじゃね? あいつ結局何しに来たんだろうなー」
「さぁ? 俺にもさっぱりだ」
クラッドが消えた木立を見つめ、俺とカーチスは首をかしげるばかりだった。
§ § §
翌日、午後の訓練を終えた俺は少し久しぶりに医務室に訪れていた。
団長にぼろぼろに殴られ続けた原因と、団長に勝たなければいけない理由がこの医務室にはある。
「失礼します」
「あら、ケイン君じゃないですか」
「お久しぶりです、オリヴィエさん」
医務室のデスクには団長の一人娘であり、俺の世代では恐らく最大の回復術を納める聖女が座っていた。
太陽の光を束ねたかのように輝く金髪と同じ光を宿す瞳の輝きは相変わらずだ。眩しさに思わず顔をそらしてしまったが、彼女は気にした様子は見せない。
「ケイン君がここに運ばれて来なくなったのですから私としては安心です。お話しできなくなったので退屈ですけどね」
「はい、今日はその事でお話に来ました」
「え?」
「僕はあと1ヶ月と少しで正騎士になります。その時、あなたを僕のパーティに迎えたい。オリヴィエさんが頷ずいてくれるなら、団長を必ず説得します」
慈母の様な完璧な微笑は、戸惑い混じりのそれに変わった。
「本気ですか?」
彼女はその容姿とヒーラーとしての資質の高さゆえに、沢山のパーティに勧誘されて来たのだろう。
しかし、現に彼女はこの医務室に留まっている。彼女の父でもある団長がそれを許さなかったからだ。
俺も彼女に近づいた制裁として、団長の訓練に付き合わされ続けたのだから、彼女の問いには俺の覚悟への問いと、拒絶の意思が籠っていた。
「はい」
しかし、俺は一言で頷く。もう一度団長に向かい合う覚悟はできているし、昨日獲得したゴッズを実戦レベルに引き上げれば、以前よりは対等に渡り合える。
「......少し、時間を下さい。とりあえず室長と相談します」
困ったように顔を曇らせたオリヴィエは、事務室の奥に逃げるように消えていった。
「あちゃー。振られたなー」
1人で来たつもりだったのだが、いつのまにか尾けてきたのか、ひょっこり顔を出したカーチスが笑いながら言った。
「黙れよ。ってかお前は自室謹慎だろ。わざわざリスクを背負って何しに来てるんだよ」
「俺も美人とパーティー組むことに異存はないから偵察になー」
「いいから帰れ」
「でも、そもそもオリヴィエちゃんのこと教えたのは俺だろぉ? 感謝とかないの?」
「まじでぶっ飛ばすぞ」
やいやいと言い合いながら、医務室を後にした。
§ § §
オリヴィエの返事は2日後にやってきた。
午後の訓練と夕食を終え、カーチスの分の食事を自室に持って行くと、当の本人はまた知恵の輪を解いていた。
俺が訓練をしていた昼の間に、オリヴィエが部屋を訪れたそうだ。
カーチスが差し出した、筆圧の薄い丁寧な字で綴られた手紙には『お受けします』と短いながらも了承の旨が書かれていた。
これでパーツがそろったことになる。
「後は団長をぶっ飛ばすだけだな! プランはあるのか?」
「正騎士の昇格試験まではあと1ヶ月強だからな。ゴッズを鍛えればいけるかもしれない」
「なるほどー、ケインはゴッズが2つもあるからなー。団長の意表をつけば一発でかいのをお見舞いできるかも」
納得した様に頷くカーチスに俺は重要な一言を付け足す。
「だけどな、俺1人じゃ絶望的なのは確かだ。だからお前も一緒に戦ってもらう」
「は?」
間の抜けた声を出すカーチスに、俺は不自然に口角を釣り上げて笑った。カーチスへの意趣返しのつもりだ。
「お前と俺で団長に挑むんだよ」
対して、カーチスは引きつった笑いを浮かべた。
「まじかよ......」
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