第13話 開花
俺のゴッズの正体は老人によって簡単に判明した。
発現するまでは本人にも分からないゴッズをどうやって判別したのかわからないまま「では教えたからの、あとは精進するのみじゃ」と小屋から追い出されてしまったので、老人の正体も分からずじまいだった。
さらに驚いたのは、小屋の扉の向こう側が薄暗い兵舎の自室だったことだ。急いで扉をもう一度開けたが、そこには見慣れた兵舎の廊下が広がるのみだった。
「格好良く扉をくぐる練習でもしてるのかー?」
扉を開けては閉め、廊下に出ては自室に入る奇行を繰り返す俺に、ベッドに寝転がっていたカーチスが声を掛けた。
「違う。意味不明な現象が起きたから検証してる」
「へーえ」
扉の前に座り込む俺から視線を外すと、カーチスは片手で弄んでいた知恵の輪を再び解き始めた。
「名探偵になれたら教えてくれー」
「わかった」
上の空で返事をしながらぐるぐると考えていた。おそらくあのぼろ小屋の中身は別の場所のものなのだろう。こうやって自室に戻されて分かったが、空間を拡張するのではなく、扉を別の空間に繋ぐのがあの老人の不思議な小屋の正体だったのだ。
「恐ろしい魔法使いだな」
決して再現できないカラクリが分かったところで溜息しか出なかった。
§ § §
今朝の一連の話を説明した俺は、暇そうだからという理由でカーチスをそのまま兵舎裏の森に連れ込んでいた。
「恐ろしい魔法使い」の老人が俺に告げた『断絶』と『転移』のゴッズをものにするために、カーチスを付き合わせたのだ。
カーチスがゴッズで威力を減衰させた鉄球を茂みから俺に射掛け、それを『断絶の加護』で防ぐという特訓だ。
しかし、何十回何百回と命じてもゴッズは発現しない。俺が立つ少し開けた場所の周りには、カーチスが放ち、俺にぶつかった鉄球が散らばっていた。
もう何度も耳にしたスッと風を切る音が鳴る。背中に向かって飛来するそれに、神経反射だけで振り返りつつ視界の端に手をかざす。
「止まれ!!」
銀色は勿論止まることなく俺の胸に吸い込まれ、鎧の上でカンと音を立てて落ちた。
もう千回以上は繰り返した攻防に疲労が溜まってきているのか、湿った土の上に散らばる鉄球が星を散らしたように見えて、綺麗だと見当違いな感想が浮かんだ。
普通の騎士のように実直に剣に励んだ方が確実に成長できるのは分かっているが、団長と俺の間に広がる溝はその程度のありきたりな成長では埋まらないものなのだ。
いつまで経っても発現しないゴッズに徒労感だけが募る。鉄球を回収するために、茂みから這い出てきたカーチスもさすがに辟易した様子だ。
「あと何回やればいいんだー?」
「俺がゴッズに目覚めるまでだ」
「かなり手伝ったろ。もう疲れたんだけどー」
「なら俺が代わってやるよ」
脱力気味のカーチスと鉄球を拾いつつ話していると、カーチスが出てきた茂みとは反対の木立の間から今度はクラッドが現れた。老人の小屋で何かいいことでもあったのか、不機嫌そうないつもの表情のまま口元が少し緩んでいる。
「おぉ? お前独房から出られたのか、おめでとう!!」
唐突に現れたクラッドに対し、カーチスはたちまち顔を綻ばせた。
今日は俺に付き合っているが基本的には怠惰を愛するカーチスの事だ。クラッドの登場は救世の光にも見えたのだろう。
しかし、両手を広げてクラッドに歩み寄ったカーチスは————次の瞬間に宙を舞うことになった。
「うぉおお!?」
1週間前に喧嘩を売ったのが自分だという事に何も感じていないのか、弛緩したままクラッドに近づいた結果、あっさりと右腕を取られ、一本背負いの要領で地面に叩きつけられたのだ。
「あんたはよく俺に話しかけられたな」
倒れるカーチスに侮蔑するような視線を送ってからクラッドは俺の前に来た。
「なんでもいいけど代わってくれるのかー?」
「そう言ってるだろ。さっさと失せろ
「じゃあ任せたー。あと俺はカーチスってんだ。名前覚えといてくれー」
立ち上がって服についた土を払うと、カーチスは「じゃ」と言って立ち去ろうとした。
しかし、俺はその瞬間に危機を予感した。クラッドの肩越しに見たカーチスの瞳がぎらぎらと輝いていたからだ。
『——弾けろ』
次の瞬間、輝いた瞳に続いて口角が吊り上がったカーチスの手元から銀色が飛び出し、クラッドの背中に命中する。
ゴッズによって発生した衝撃は俺を巻き込みながらクラッドを弾き飛ばし、二人揃って地面に投げ出された。
「この野郎!! 騎士の端くれならまともな喧嘩をしろ!」
すかさず跳ね起きたクラッドは怒髪天を衝いた。一方、カーチスは相変わらずの涼しげな様子。
「いやー、お前このまえのこと根に持ってるんだろ? だから俺をぶっ飛ばすきっかけをつくってやったんだよ」
「・・・つまりはそういうことだな?」
カーチスの言葉をゆっくりと咀嚼したクラッドは、怒りを冷静な殺意に変え、腰の鞘からカタナを抜いた。
剣術訓練をおざなりにし続けたカーチスも、今日は最初からそのつもりだったのか抜剣し、クラッドに合わせる形で上段に構えた。
「張り切ってあの時の焼き直しといこう」
俺は特訓のために鎧を着ていたが、得物を構える二人は休息日のため鎧は着ていない。しかし、騎士の義務として帯剣していたのが仇となった。防具もなしに真剣で斬り合えば喧嘩じゃ済まないだろう。
2人の間で張り詰めた空気が決壊する瞬間、俺はほとんど無意識に地面を強く蹴り込んでいた。クラッドとカーチスに対して直線状の少し離れた場所に居た俺は次の瞬間、二人の間に突如割り込む位置に移動していた。
一瞬で変わった景色に焦る。本当はクラッドを突き飛ばして、カーチスの斬撃を自分の鎧で受けきるつもりだったのだ。
俺は鎧を着ているといっても兜までは着けていない。カーチスの斬撃だけならまだしも、真後ろからの斬撃までまともに受ければ簡単に死ねる。
前後に肉薄する必死の一撃に、目を閉じながら祈りにも似た思いでその言葉を唱えた。
『——止まれ』
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