第15話 挑戦者

 それから5週間が経った。


 午前は体作りや素振り、座学などの基礎訓練、午後はクラッドとの模擬戦や、ゴッズの強化に励み続けた俺は無事試験を通過し、正騎士に任命された。


 これで初めて名実ともに騎士を名乗れるようになった。教皇から、柄頭に銘が刻まれた騎士剣を授与された騎士叙任式は感極まって泣きそうになったが、正騎士として万全に働くには、まだ障害が一つ残っている。


 叙任式をつつがなく終えた俺は、カーチスと連れ立って団長室に向かっていた。


 団長といえば教会騎士団が誇る最も高名な武人の1人で、俺の一応師匠でもある。教えられたことといえば挫折感と超えられない壁の高さだけだが。


 団長と俺の師弟関係は、元を辿れば俺が団長の一人娘と仲良くなってしまった事が原因だが、今日はその因縁に決着をつけなければいけない。彼女が俺のパーティーに参加する許可を得るのだ。


 超えられない壁も準備さえ整えれば破る事ができる。そう信じて、団長室の扉をノックした。


 石造りの廊下に、コンコンとノックの音だけが響く。指が白くなるほどに拳を握る俺を見てカーチスが笑った。


「なんで無理やり俺を連れてきたお前の方が緊張してるんだよ。気をぬけー」


「確かにな」


 緊張を呼吸とともに吐き出すと、団長の重い声が扉越しにくぐもって聞こえた。


「入れ」



§  §  §



 来客用のソファこそあるが、その部屋は他人を招き入れるための機能など持っていない。初めて踏み込んだ団長室は俺の目にはそう映った。


 床は廊下と同じ、石を隙間なく詰めただけのものでカーペットの1つもない。部屋の中心に来客用のソファとテーブル。左右の壁には書類棚と、モチーフが分からない謎のタペストリー。


 奥の嵌め殺しの窓からは、真昼の白い陽光が執務机に降り注いでいる。執務机で何やら書類にサインを書いている団長は、逆光で影のようになっていた。


「よう、叙任式は終わったのか?」


「はい、終わりました。一番に団長に報告をと思いまして」


「ふむ」


 飾り気のない羽ペンをペンたてに戻すと、団長は机の上で両手を組み合わせた。顎を少し動かすだけで『近くに来い』と示す。


 机の前に進み出たカーチスと俺は、団長と向かい合った。


「で、何の用だ」


「今日は1つお願いに参りました」


「なんだ」


「......」


 俺が言い淀んだ一瞬の沈黙に、カーチスがそわそわとする。逆にそれで平常心を取り戻すと、深呼吸で一泊の間を置いてから俺は要件を告げた。


「オリヴィエさんを僕たちのパーティに加入させてください」


 また、沈黙が降りた。


「...........................」


「オリヴィエさんを——」


「何度も言わなくていい」


 分かってはいたが、俺の一言は致命的だった。


 姿勢は何1つ変わらないまま、立ち昇る怒気を幻視しそうなほどの威圧感を放つ団長に、俺とカーチスは無意識に後ずさった。


 噴火の瞬間を迎える火山の火口を覗き込んだような緊張に、歯を食いしばって耐えながら団長の言葉を待った。


「............」


 尚も続く沈黙。俺とカーチスも沈黙を守りながら、怒気をゆっくりと沈めていく団長を見つめる。


 やがて、団長は重い口を開いた。


「......私はあの子を愛しているんだ」


 怒気を沈めた後の団長の言葉には、何かを堪えるような沈痛な響きがあった。


「だから彼女を医務室に縛るのですか」


「そうだ。あの子を守ることが私の使命だ。18年前にそう決めた」


「彼女のヒーラーとしての素質は団長が一番分かっているはずです。貴重な才能を、怪我人の出ない教会にとどめるのは余りにも惜しいです」


「私は団長だ。そんな事は百も承知している」


 それでもだ、と団長は言った。口調こそ静かだったが、それは変わらない意志の表れでもある。


 たしかに娘を危険な目に合わせたくないのはわかる。それも、正騎士になったばかりの若者に連れていかれるとなれば俺が父親でも反対するだろう。しかし、それで悩む段階はとっくに過ぎている。


 思い返せば、オリヴィエに近づいたことで団長に目を付けられた。結果、俺は周囲の騎士から避けられ、唯一の友人がカーチスだけになった。周囲から孤立していく自分のことを考えた時に決意したのだ。


 オリヴィエとカーチスでパーティを組もう、と。


 だから引くわけにはいかない。


 拳を握り直す俺を見たカーチスが俺の言葉を継いだ。


「団長。では1つ交渉させてください」


「カーチスオーランド。お前の悪名は私の元にも届いている。私が相手といっても畏まるタイプではないと聞いているが」


「いやいや、悪名高い俺と言っても団長相手となれば流石にふざけたことはできないです」


「ほぅ、噂程の馬鹿ではないと見た。交渉とやらを聞いてやる」


 腕を組み直してカーチスの言葉を促す団長。


 一つ息を吐くと、カーチスはいつものいたずらな笑みを浮かべた。


「仮にですよ、俺とケインで団長を倒せるなら認めてもらえますか?」


「...............なんだと?」


 カーチスの挑発めいた態度を侮辱と受け取ったのか、団長の気配がまた動く。


「ですから決闘の申し込みですよ」


 腰に吊った剣の柄と鞘をがちゃりと鳴らしてカーチスはまた笑った。い無茶な事を楽しむその精神がカーチスのアイデンティティだ。いつもはトラブルばかり起こすが、ここぞという時は頼りになる。俺も知らず不敵な笑顔になった。


「いいだろう」


 逆光のままで表情は分からないが、それでも団長が獰猛に笑ったのは気配で分かった。


 オリヴィエを獲得するための戦いの火蓋が切って落とされた。

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