第10話 暴走

 翌日、晴れてお互いを認識した俺たちは食堂で少し遅めの昼食を摂っていた。


 テーブルごしに向かい合って座っているこの少年に対し、俺はこの数日剣を合わせてきた中で一つの疑問を覚えていた。クラッドの主武装であるカタナは騎士剣と比べて大きくしなるのが特徴だが、いささかしなりすぎるように感じるのだ。「しなる」と言うよりは「曲がる」と言い換えた方が適切だと感じるほどに。


 せっかく話す機会が得られたので、聞いてみることにする。


「ところでお前の使う武器。ええっとカタナだっけ、なんであんなに曲がるんだ?」


「あんたに教える必要ないだろ」


 雑で礼節に欠ける言葉遣いには違いないが、昼食の誘いを断らない辺りに律義さを感じる。


「その武器の特徴を活かせば攻撃のバリエーションも増えると思ったんだけどな」


 コンソメスープに固いパンを浸していたクラッドはここでやっと顔を上げて俺を見た。


 長い耳と抜けるように白い肌、輪郭がスッと消える細い顎と艶やかな銀髪。彼が男だと分かっていても一目でエルフの血を引くと分かるその造形は美しいと形容するほかない。不機嫌そうな表情をしていなければ、青い瞳からは神秘すら感じるだろう。


「…...何か方法があるのか?」


 俺の話に興味を示したのかクラッドはついにパンを皿に戻した。


 癖なのか、生糸のような光沢の長髪を手ですきながら探るような視線を向けてくる。


「教えて欲しいなら飯食い終わった後でじっくり見せてくれ」


「...少しだけだぞ」


 人の言う事を聞くのが心底嫌なのだろう。顔を顰め、机を指でトントンと叩きながらクラッドは頷いた。



§  §  §



 昼食を食べ終わると、俺より早く食べ終わっていたクラッドはテーブルごしにぐっとカタナを突き出してきた。先ほど俺が口にした攻撃のバリエーションという単語にうずうずしていたのだろう。


 鞘ごと受け取ったそれをさっそく引き抜いてみたが、一番に出てきたのは流石と言う言葉だった。


 人を斬るという目的において、カタナと騎士剣には大きな違いがない。しかし、相手を鎧の上から叩き切るために重くなっていった騎士剣に対して、カタナは相手を素早く斬るために刃は薄く、刀身は軽くなっている。カタナを使う東方の国の戦士たちは、産出量の関係で金属鎧をあまり着用しないからだろう。


 分厚く重い騎士剣には厳めしい印象を抱くが、薄く細い刀身が緩く反ったカタナは涼やかだ。刀身を波の様な紋が走っているのも、流麗さを引きたてていて美術品のようにすら感じる。


 クラッドのカタナは、金属鎧を着込んだ騎士と斬り合うことを想定して、東方のそれより刀身は幅広で肉厚。刃渡りも長いのだがやはり美しい。


 ひとしきりカタナの造形美に感心していたが、肝心の種が分からないことに俺は気付いた。しなりすぎる理由だ。刃をテーブルに押し付けて強度を確認したが、クラッドのカタナは俺が予想したよりも柔らかくないようだ。


 俺が仔細に観察している間、何も口を挟まなかったクラッドだが、俺がカタナを折ることでも想像したのか、立ち上がって素振りを始めようとする俺をあわてて静止してきた。


「もうカタナの事は分かっただろ返せ」


「でもこれだけじゃ分からないな。もうちょっと検分させてくれ」


「ならもういい!」


 立ち上がり勢いよく伸ばされたクラッドの手を、左手に掴んだままだった鞘で反射的に叩くと、元々友好的とは言い難かった俺たちの間には、いよいよ険悪な雰囲気が漂い始めた。


 肩を怒らせるクラッドは今にでもテーブルをひっくり返して掴みかかってきそうだ。


 ヘルメットを被っている所為で分からなかったが、俺に剣を振りかぶる時はいつもこの表情をしていたのだろうか。白い肌が上気している。


 初めて顔を合わせた時は怒らせるつもりで煽ったが、今回はそのかぎりではない。急いでカタナを鞘に戻そうとした俺に、不意に声がかけられた。


「よーケイン。その剣そんなに面白いなら俺にも貸してくんねー?」


 目の前で血を昇らせるクラッドと対照的に、俺は自分の顔からさっと血の気が引くのが分かった。


 天性の嗅覚と顔の広さでトラブルを見つけて、誰も幸せにならない野次馬をする悪童。カーチス・オーランドはゆったりとした足取りで近づいてきた。


「誰だあんた、この男とどういう関係かは知らないが、今は立て込んでる」


「いやいや、俺はそこのつまらん顔した奴に用があるわけじゃないんだなー」


 鞘に納めたカタナをクラッドに押し付けながら、俺は無言でカーチスを睨む。


 テーブルに近づいてくるカーチスのぴょこぴょことした足取りは、厳めしい騎士鎧をもってしても、彼の軽々とした印象を周囲に与えることを防げはしなかった。


 ついにテーブルのそばまでやってきたカーチスは、クラッドの手に戻った刀に一度視線を落とすと、オールバックにまとめた灰茶の髪に手を滑らせながら顔を上げた。黄色寄りの明るい茶色の瞳がぎらぎらと輝いていた。


「俺はその剣に興味があるんだ」


 次の瞬間に三つの事が同時に起こった。クラッドがカタナを抜き払ってテーブルに飛び移り、のけ反った俺が無様に隣のテーブルに突っ込み、笑顔を浮かべたままのカーチスが腰からスリングショットを掴み上げた。


 食器や椅子などが倒れる音が連鎖して響き、食堂にまばらに残っていた他の騎士たちの視線が、テーブルの上で猛るクラッドと口角を釣り上げて笑うカーチスに集まった。


「喧嘩を売っているなら買うぞ」


「喧嘩を売るなんて誤解が過ぎるなー」


 クラッドはいつでも飛び掛かれるように上段に構えているが、カーチスはチェスでも楽しんでいるかのように弛緩した雰囲気のままだ。


 嘲られていると判断したクラッドがついにカーチスに切りかかろうとした時、またも闖入者が現れた。


「そこまでだ、食堂で刀傷沙汰を起こすつもりか」


 食堂に残っていた騎士の一人が大事に至る前に止めに来たのだ。ヘルメットを被っているため表情は窺えないが、相当に怒っている様子だ。


 これで一安心だと思ったもの束の間、クラッドの怒りの矛先がその騎士に切り替わっただけのようだ。


「関係ないやつは引っ込んでろっ」


「ぐはっ!?」


 一瞬でテーブルから飛び出したクラッドの蹴りは仲裁に入った騎士の肩を正面から捉えた。テーブルに突っ込んだままの俺のすぐそばで、また食器や椅子が割れたり倒れたりする音が響く。


 もう収集がつかないと判断したので、俺はテーブルから起き上がらないまま被害者を装う事にした。


 視線を見知らぬ騎士から戻すと、クラッドは何事もなかったかのようにカーチスに向き直っていた。


「お前はぶった切るからな」


「わぉ、すげえな」


 カタナを上段に構え直して殺害予告するクラッドに対して、カーチスは半笑いのままだ。相変わらず二人のテンションは噛み合っていない。


「逃げるなよ」


「普通なら逃げるだろー?」


「死ねっ」


 大きく踏み出しながら、クラッドは勢いよくカタナが振り下ろした。カーチスは半身になって避ける。


「くっそ」


 クラッドは更に踏み出しながら斬り下ろしたカタナを跳ねあげるが、カーチスはそのまま体を回転させながら跳躍し、右側のテーブルに飛び移る。クラッドは跳ね上がったカタナを胸元に引き寄せ、カーチスの足元に突きを繰り出す。


「ほい」


 カーチスは崩れかけた姿勢から宙返りでテーブルの後方に飛び退った。クラッドも、すかさずテーブルを飛び越え、右手のカタナを左横なぎに振るう。


「俺の勝ちだな」


 地面を蹴って大きく下がりながら躱すと、カーチスはいつの間にやら取り出していた鉄球を、スリングショットの紐に引っ掛けていた。


 クラッドはカタナを振りぬいた姿勢のまま肩を怒らせているが、それ以上カーチスに斬りかかることはしなかった。最初にクラッドが蹴り飛ばした騎士に続いて、他の騎士たちがわらわらと集まりだしたからだ。


「軽業師、あんたの顔は忘れないからな」


 カタナを抜き放ったままのクラッドは、取り押さえられながらカーチスを睨んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る