第9話  半端者

 カタナが空を切る音が鳴り、鼻先を銀色が掠めていった。


「死ね」


 また空を切る。銀色が掠めていく。


「死ね死ね死ね死ねぇぇぇえ」


 何度も振るわれる刃を、頭を逸らし、身体を倒し、飛び上がって躱す。避けれない時は、剣先で刃を弾いて構えを崩す。接近されれば鍔迫り合いから強引に突き飛ばす。間合いが広ければ、突きと下段払いを多用して接近を許さない。正直、負ける気がしない。


 彼は、あの模擬戦の翌日から午後の訓練にやってきては俺に向かってがむしゃらにカタナを振るようになった。俺に敗北を喫した彼は「受けの剣術で攻めても勝てるわけがないだろう」と他の鈍色の騎士達からお叱りを受けたようで、俺に圧勝できるまでは訓練騎士の模擬戦に参加することになったらしい。


 彼に勝てたのは、それまでの模擬戦で格上の団長相手に剣を握り続けたのが活きたからだ。守備に徹し隙の大きな攻撃を誘う俺の剣は、執拗な攻撃に晒され続けて磨かれた。


 彼に指導した鈍色の騎士は、俺と団長の模擬戦を何度も見物していたのだろう。攻めが苦手な彼を、受けが得意な俺にぶつけることで技術の向上を図っているのだ。


 血気盛んな様子で——と言うよりは殺意をみなぎらせ——我武者羅にカタナを振ってくる騎士と毎日剣を合わせるなど俺からすれば面倒なことに違いはないのだが、団長が振るう大剣とは違う武器を遣う相手と剣を合わせるのは俺にとっても一つの特訓になる。


 そう自分に言い聞かせつつ数日間戦ってきたが、俺はついに辟易していた。成長がまるで見られないのだ。


 彼は毎度毎度、教官の「始め」の合図と共にばね仕掛けのように飛び出してきては面を狙って振りかぶってくる。


 馬鹿の一つ覚えのように剣を振る様は初めて剣を与えられた子供のよう。それこそ、年端もいかない子供ならば長い目で見守るところだが、俺との年の差はわずかに2歳ばかり。


 まだ未成年とはいえ正騎士として働いているのだから、技の研鑽のために創意工夫はすべきだ。


 いくら愚直だと言っても、彼の剣は周りで各々訓練に励む騎士たちのそれよりも遥かに速くキレがある。だが、何をするのか予め分かっている技を素直に食らうことなどない。


 どちらに進みたいのか隠す気もない足さばきは、道理で攻めの下手さを物語っている。地面を蹴りだそうとする足型を見切った俺は、次の瞬間に彼の喉元が到達するであろう位置に剣を差し込んだ。はたして狙い通りに喉を突かれた彼は、受け身も取れずにひっくり返った。


「お前からは進歩がまるで見えないんだが」


「五月蠅い、少し休ませろ」


 嫌味を投げかけると粗野な返事が返ってくる。今日だけで、数えるのが飽きるほどに倒したのだ。流石にしばらくは起き上がれないだろう。


「学習する気がないなら他所に行ってくれ」


「俺は俺なりにやってる」


「成長しないなら無駄だ。俺も無駄な時間を使ってる」


「本当に五月蠅いな」


 仰向けに倒れた姿勢のまま悪態を吐く様子は、粗暴な飲んだくれと重なるものがある。


 彼は「団長はお忙しいから直々の指導を受けることはかなわない。だからお前で我慢することにした」と、言って演習場に突然現れた時からずっとこんな調子だった。


 正騎士でもない俺が彼を指導するのはおこがましいかもしれないが、仮にも自分よりも年上の相手に訓練の相手をさせ続けているのだ。俺に対してもう少し敬意を払って然るべきではないだろうか。


 教会の騎士階位は‛訓練騎士’‛正騎士’を含めいくつかあるが、階位と年上を敬う心は別だ。


 嫌がる俺に散々構っていた団長が忙しいことを理由に手ほどきの一つもしないのは、彼の人徳の低さを耳に入れているからだろう。鈍色の騎士の先輩方も相当に手を焼いていたに違いない。


 訓練の相手として俺が名指しされたのは、要するに体のいい厄介払いなのだ。


 あの模擬戦で負けていればこんなことにはならなかったと思うと、真剣に勝ちにいったことが悔やまれるがもう遅い。


 ヘルメットの奥から光る、野生的な視線からもう逃げられないと悟った俺は小さく嘆息した。


 その後も俺は彼の足型に合わせて剣を振り続けた。


 ついにカタナを杖代わりにしても起き上がれなくなった彼は俺を見上げる。


「教えろ」


「何をだよ」


「あんたの名前だ」


「なら自分から名乗れよ」


 彼の前で初めてヘルメットを脱いだ俺は手を差し出しながら答えた。人の手を借りるのがよほど嫌なのか、彼は差し出された手からしばらく顔を背けていたが、俺の気が変わらないことを悟ると緩慢な動きで俺の手を取った。


「クラッド・グランツマンだ」


 こうして俺たちは、数日間剣を合わせ続けた相手の名前を初めて確認した。

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