第4話 じゃんけん、ホイ

 一哉を説得(脅迫)し、何とか一耶を居候させるに至ったものの、全ての問題が解決した訳では無かった。余りにも難題が多過ぎる事を、三人は口にしなかったが痛感していた。


「取り合えず、直ぐに片付けられる簡単な処から片付けよう」


 市澤は、落ち込み掛けた二人を慰めるようにそう言った。

 一耶を居候させる話がついて間もなく、市澤は二人に付いて行って一哉の下宿にやって来た。

 男所帯にしては小綺麗な、床がフローリングのワンルームの室内を市澤が見回した後、


「うむ。一耶君が暮らして行くにしては、ちと、色気が無いな」

「……男所帯の室内がピンク色に染まっている光景は好きか?」

「ごもっとも」


 市澤は肩を竦めた。


「まあ、色は兎も角――ああ、ドレッサーやタンスは有るか」


 そう言って市澤はタンスの傍に歩み寄る。外見に全く変わった所は無い。市澤は徐に一番上の引き出しを開けた。

 引き出しの内部右側には一哉のトランクスが、左側には一耶のパンティが、丁度真ん中を境に仕舞われていた。市澤は、開けた引き出しの中をじっと無言で見つめた。


「市澤、お前なぁ、人ン家入ったら真っ先にタンスの中を覗く趣味でもあるのか?」

「時々、入っている下着を被りたくなる時がある」

「「――――」」

「勿論、冗談だ、はっはっはっ」


 市澤はそう言うが、二人の『かずや』には余り冗談を言っているようには聞こえなかった。いつも何を考えているか判らない男は、シャレにならない冗談は口にしない方が良い。

 戸惑う二人を余所に、市澤は繁々と引き出しを見つめ続ける。

 手が伸び、引き出しの真ん中から、市澤は下着を一枚取り出した。


「矢張り」


 そう呟いて二人の方に振り向き、両手に持って突き出したものは、右側が藍色の縦縞のトランクス、左側はフリルの付いた薄紫のパンティーという、世にも奇怪な下着であった。


「な……何だ、そりゃあ?」

「あぁ――! それ、あたしのお気にいりぃ!?」


 一耶は悲鳴を上げて、市澤の手からその奇怪な下着を引ったくった。


「真ん中の一番下にあった。先の状況説明の時から気になっていたのだ。二つの『世界』の一片が、間違いなく此処で融合された証拠だ」

「そんなぁ……これ、なかなか手に入らなくって、大阪に旅行した時に漸く見つけたのにぃ……もうサイテー――って、こら、男のあたし! まじまじと、あたしの下着が入っているタンスを漁ってんじゃないの」

「他にもあったら大変だろ」

「だからと言って、左側ばかり漁ってんじゃない!――あぁ~こら!ゴムが伸びるから引っ張るんじゃないの!」

「あのなぁ……。何で市澤が漁って文句も言わなかったのに、どうして俺がすると怒るワケ?」

「まあまあ、そういきり立つな、二人とも」

「お前ぇが原因だろうが……!」


 一哉に睨まれて、流石に市澤は苦笑を禁じ得なかった。


「それはさておき、こうなるとしかし野郎二人で若い女性の生活の問題に立ち入るのはまずいな。何せ、野郎と違って、女性には色々問題があるからな。月のモノとか――」

「んな事まで一々言わなくてもいいわよ!」


 一耶は思いっきり怒鳴る。市澤が何を言わんとしたのか、一耶は直ぐ理解し、恥ずかしさと怒りの感情が融合した朱色が、彼女の顔の色を塗り替えていた。


「失敬、迂闊だった」


 市澤は過言に気付いて済まなそうに苦笑いし、


「矢張りここは、同年代の女性のサポートが必要と見た」


 市澤は一哉の電話を借り、手慣れた手付きでプッシュホンのキーを叩いた。

 十数分後、一哉の下宿のマンションの下に、一台のRV『パジェロ』が駐まった。

 そのRVの運転席から、サイドヘヤーでまとめた長く綺麗な栗毛が、傾き掛けた日差しを巻いて舞うように躍り出た。

 ブルーの澄んだ瞳でマンションを見上げ、玄関の中に颯爽と飛び込んで間もなく、栗毛は一哉の部屋の呼び鈴を鳴らした。


「ロラン!」

「未来、居るんでしょ?」


 迎えに出て驚く一哉をよそに、ロランと呼ばれる蛍光オレンジのブルゾンに白のタイトスカート姿の異邦の美女は、実に流暢な日本語で訊ねながら室内を覗いた。


「早かったな」


 驚き顔の一哉の背中越しに、市澤はのうのうと顔を出した。

 するとロランは、腰に着けていたミニ・ポシェットの中に、荒れ一つ無い、たおやかな指先を入れ、その中から一枚のカードを取り出した。

 カードを持つロランの指先が金色に閃く。彼女が手にするのは、何と贅沢にも純金で出来たタロットカードであった。

 二人の『かずや』は、そのカードの事は知っていた。ロランがそれを肌身離さず持っているのは、単に他人に見せびらかしたいのでは無く、彼女の父親の形見だからである。何度か『クロノス』のカウンターで、暇潰しの占いに使っているのを見慣れた所為もあり、今更驚く程の物ではなかった。

 今、ロランが手にするカードの名は『塔』。災難を暗示するカードである。


「東南に災禍あり。――って、実は今朝占っていたら出ていたのよ。見事的中……だね?」

「占いなぞ、結果論や思い込みを増長させるだけの愚行に過ぎぬ」


 したり顔のロランに、市澤は冷ややかに侮蔑をくれた。


「……あんたの性格って本当、ひねくれてるのね」


 そう言ってロランは頬を膨らませた。それでいて、余り怒っているふうに見えないのは、大人と子供の間を危うく行き交う思春期の淡さを未だ残したその美貌が醸す愛敬と、市澤未来と言う為人を、良く理解している所為であろう。

 市澤に意地悪そうに舌を出して見せた後、ロランは部屋の奥でこちらの様子を伺っている一耶に気付いた。


「彼女が未来の言っていた、もう一人の『かずや』さんね? 初めまして!」


 ロランは手を振ってみせる。花が咲いた様な笑顔で呼ばれた一耶は、漸く警戒を解いて微笑み、手を振って応えた。


「一耶君。君も恐らくロランの事は知っているだろう?」

「え、えぇ」


 振り返って聞く市澤に、一耶はどぎまぎし掛けた。


「……『クロノス』に下宿している……MIT(米・マサチューセッツ工科大学)から来た学者さん……よね?」

「肝心なのを忘れているわよ。――市澤未来の『正妻』、ってのがね」

「阿呆吐かせ」


 嬉々として言うロランに、思わず市澤は彼女の方を向いて怒鳴った。


「いつ、君とそんな関係になったんだ!?」

「ヤダヨ、お前さん、そんなに照れなくったって」


 ロランは科を造り、意地悪そうに笑う。市澤は顔を真っ赤にして反論するが、軽くあしらわれていた。


「この世界でも、ロランがやっぱり苦手みたいね、市澤君」


 一耶は笑いを堪えながら言う。市澤の傍らに居る一哉も、「ザマァミロ!」、と言わんばかりに意地悪そうに笑っていた。


「ちぃ。――まぁ良い。そんな事より、現状の問題を解決する方が先決だ。先ず、第一に――」


 市澤は二人の『かずや』の顔を見比べた。


「……よし。二人でジャンケンしてくれ」

「「ジャンケン?」」


 思わずきょとんとする二人の『かずや』。


「ジャンケン、知らないのか?」

「それくらい、知ってるわい」

「何の為のジャンケンなの?」

「ごちゃごちゃ言わないの。さあ、早く。先に勝った方は一歩前に出てくれ」


 素気無く市澤に、二人の『かずや』は憮然とするが、これ以上市澤に反論しても何も得られない事は判っていたので、渋々従ってジャンケンした。

 一哉は、グー。

 一耶は、チョキ。


「性別の違いが、個体差を生んだみたいね」


 傍らのロランは、腕を組んで感心したふうに頷いた。

 未だ釈然としない一哉であったが、市澤の言葉に従って一歩、前に出た。

 すると市澤は正面から一哉の両肩を両手で軽く、ポン、と叩き、


「おめでとう。今日からお前は、双子の兄妹の兄貴だ」

「――Na!?」


 一哉は驚きの余り、宛ら顎の関節が外れたようにあんぐりとなる。一哉程ではないが、その後ろの一耶も飽気にとられていた。


「そう驚くなって」


 市澤は無責任そうに笑い、


「このまま一耶君がお前と同一人物のままでは、周囲の人々が混乱してしまう。第一、こんな奇妙な話、普通の人間は先ず信じないからな」

「漸くお前、自分が普通の人間ではないと認めたか」


 と、つっ込みたかった一哉だが、開いた口が未だ塞がらなかったので、声にする事が出来なかった。


「それならばいっそ、『生き別れの双子の兄妹』と設定した方が、他人に説明し易いと思ってな、ジャンケンに勝った方を上にしたのだ。どうだ、名案だろう?」

((……どういう頭の構造しているのだ、この男わ?))


 二人の『かずや』は返す言葉も無く呆れ果てる。

 しかし他に代案が思い付かなかったので、仕方なく市澤の提案を受け入れるのであった。

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