第3話 シュレディンガーの“かずや”
「何だよ、『特異点』、って?」
一哉は、市澤の不審な言動を訝った。
市澤は暫し沈黙する。何か口にするのを躊躇っているのか、彼はカウンターの椅子に腰を下ろしたまま、腕を組んで俯いていた。
暫しの沈黙の後、市澤は重々しそうに面を上げた。
「……二人とも、良く聞け」
「勿体ぶらせやがって。良いさ、聞いてやるぞ」
気を持たせ過ぎた一哉は、不機嫌そうに市澤を睨む。
市澤はそんな事に臆する事なく、話を続けた。
「いいか。この異常事態は、『時次元』の混乱に端を発しているのだ」
「じ……『時次元』の混乱?」
一哉は思わず眉を顰める。
「然様」
市澤は足下で崩れている一耶に一瞥を暮れ、
「そして彼女の正体は、紛れも無く『ナガマカズヤ』なのだ」
「……え?」
今の言葉を耳にした一耶は我に返り、市澤の顔を見上げた。
一哉も呆然として市澤を見つめる。二人して、市澤の言わんとする事を掴みあぐねている様だ。
そんな二人に気付いた市澤は、気拙そうに頭を掻いて苦笑した。
「済まん、済まん。性急過ぎた、理解り易く説明しよう」
二人の『かずや』は揃って子供のように頷く。
二人は市澤の指示に従い、近くのテーブルから椅子を持って来て、彼の前に並んで座った。
「さて、レクチュアだ。二人とも、『平行世界』とは何か、御存じかな?」
「パ?パラソルチョコ?」
「違う」
瞠る一耶に、市澤は頭を振り、
「『平行世界』、つまり、『あらゆる可能性が実現している世界群』の事だ」
言うなり、市澤は立ち上がってカウンターを跨がって越え、カウンターの下に潜り込む。
そして、その中から何やら大きな白い箱を取り出した。
「こんな事もあろうかと、この箱を用意しておいた」
「「こんな事……って、お前なぁ……」」
憮然としている二人の前に、市澤は何も答えず抱えた箱を突き出した。
一辺、四十センチ程の立方体の箱である。
六面ある内一つの面に中央に、直径五センチ程の丸い穴が開いていた。
「二人とも、物事の結果に対して、もう一つの結果を考えた事はあるだろう?例えば――」
市澤はカウンターの上に箱を置く。次に、右掌を二人の前に突き出し、何も手にしていない事を認めさせるとその手を握り締めた。
その握り拳を手首で一回ひねり回すや、いきなり彼は拳を開く。
いつの間にか、その人差し指、中指、薬指の間に、箱の穴に辛うじて通るくらいの大きさの赤い玉と白い玉を一つづつ挟んでいた。妙技と言っても差し支えの無い市澤の鮮やかな手品に、一耶は思わず拍手した。
「ここに赤玉と白玉が一つづつある。これをこのように抱えている穴の開いた箱に放り込み、振ってみる」
市澤は言葉通りに二つの玉を箱の穴に入れ、勢いよく振ってから、再びカウンターの上に穴のある面を上にして置いた。
「この箱に開いている穴は一つ。当然、箱の穴を下にして振れば、玉は一つしか出て来ない」
「逆さだと、二つまとめて出て来ると思うぞ」
「喧しい。細かい事ばかり言っていると嫌われるぞ」
((……お前が言う?))
むっとして言う市澤に、二人の『かずや』は憮然とし、心の中で愚痴た。
「さて。この玉が二つ入っている箱から、一つだけ玉を取り出したとしよう。果たして、赤が出るか、白が出るか――?」
そう言って市澤は箱を抱えて振るい、穴のある面を下にして玉を一つ放り出した。
ピンク色の玉が一つ。
「What's?」
市澤は出た玉をきょとんとした顔で見つめる。
その前で、二人の『かずや』は椅子からコケていた。
「箱を振り過ぎたか、混ざってしまった様だ」
「「――-ンなワケ無ぇ~だろ!」」
二人の『かずや』は立ち上がりように顔を真っ赤にして怒る。
「冗談だ、冗談」
市澤は惚けたふうに言いながら箱から赤玉と白玉を放り出し、再びその二つを箱の穴に入れ直した。
「今度こそ、真面目に――」
「……今度はイチゴ・オレが出て来る、なんて事は無いでしょうね?」
呆れ気味に言う一耶の呟きに、箱を抱える市澤の動きが、ピタリ、と止まる。
市澤は、二人の方に不満そうな顔を向けて舌打ちし、いつの間にか手にしていたイチゴ牛乳入りのパックを、カウンターの上へ口惜しそうに置いた。
「「……お、お前なぁ……」」
もはや、二人とも怒る気力も失せていた。
「好い加減、冗談も飽きたな」
「「そうかい、そうかい」」
困憊気味に忌々しそうに言う二人の『かずや』であった。
市澤は惚けて肩を竦めた。そしてまた箱を抱えて、今度は間違いなく、中から赤い玉を放り出した。
「赤玉が出た、な。――だが、必ずしも赤玉が出て来るとは限らぬ。玉が出て来る時点まで、白玉も出て来る可能性も存在していたからだ」
そう言うと、市澤は箱から残りの白玉を取り出し、赤玉を一哉、白玉を一耶に放り投げた。
紅白の玉は綺麗に弧を描き、慌てて突き出した二人の掌の中に吸い込まれるように収まった。
「つまり、だ。僕の言いたい事とは、その赤玉と白玉がお前達なのだ、と言う事なのだ」
「あたし達が玉?」
「赤玉と白玉を、『男』と『女』のカズヤに置き換えて見ると良く判るハズだ」
市澤の言葉に、二人の『かずや』は自分の掌に収まった玉を見つめ、ゆっくりと面を上げた。
「……要するに、『ナガマカズヤ』が『男』として生まれた『世界』が存在するなら」
「『女』として生まれる『世界』も存在すると言いたいワケ?」
半信半疑に言う二人に、市澤は頷いた。
「然様。そもそも、我々が存在するこの『世界』というものは、無限個に増え続ける泡の一つに過ぎぬ。『世界』は創世より、可能性が分岐点となり無限に広がっているのだが、如何せん、各々の身は一つ、二つの道を同時に知る事は叶わないのだ。したがって今、我々の識る『世界』は真理であり、同時に真理ではない。――そんな『世界』群の集合体を我々は『時次元』と呼んでいる」
「「『時次元』……? それに、我々、って一体誰よ?」」
「一部の者がそう呼んでいるだけだ」
市澤は躱すように素っ気無く答えた。
「つまり、だ。『女』の『ナガマカズヤ』は『時次元』、もとい、次元に生じた歪みに巻き込まれ、眠っている間に部屋ごと『男』の『ナガマカズヤ』が存在するこの世界に紛れ込んでしまったのだろう」
「次元の歪み……ねぇ?」
一哉は小首を傾げる。今の説明が信じられないのか、胡散臭そうに市澤の顔を見ていた。
「でも、よ。現に、俺にそっくりな娘が居るからって、別の世界から来たってあり得るのか?大体、証明出来るものなんか……」
「確かに、この場には証拠は無い。――しかし、それを否定出来る確かな証拠も無い」
「そりゃ、そうだが……」
一哉は、このまま話を進めても平行線を辿るだけと思い、それ以上反論する事を諦めた。
もっとも、市澤相手に論破出来る自信は無く、今までの異常事態を整理すれば、市澤の説に説得力があると判断したのもあった。
「納得出来ないのも無理は無い。人間という生き物は、常に真理だけを求めようとする傾向がある。それは、人間の本質がとても臆病だからなのかも知れない」
市澤はもの憂い気に言うと徐に椅子から腰を上げ、
「太古より人間は、宗教、思想、国家――寄らば大樹の陰、一つの事象を信じる事で、自分達の存在意義を確立して来たのだからな。処がいざ、自我を確立して来た真理が崩されると、非常に見苦しくなる。現にお前達二人とも、必死になって自分というものの存在を確立しようと足掻いたろう?」
意地悪そうに見る市澤に、二人の『かずや』はばつの悪そうな顔をして見合わせ、思い出したように苦笑いした。
「森羅万象の真理がたった一つしかないと思い込むのは、愚者のする事さ。自分が一人しか居ないから、という観念が、そう思い込ませているからなのだが、お陰で一番肝心な事を見えなくさせているのだ。
それは、人が、自分一人だけで無い、という事だ。
創始、小さな点に過ぎなかった『世界』が初めて展開して以来、一つの人生を共有した者等、居りはしない。太陽のように激しく光り輝いた生き方もあれば、螢の灯火が如く果敢なく瞬いて散った生き方もあった。人それぞれに、それぞれ異なった生き方を歩んでいるのだ。
人の生き方は、即ち『歴史』でもある。人の生き方が二つとない、という事は、『歴史』も又、同じものは存在しないのだ。その『歴史』の重みを、価値を、二人は判るかい?」
スケールがどんどん広がって行く市澤の講釈に、飽気にとられる二人の『かずや』は、今の問いに呆然としたまま頭を振った。
「二つとない自分の『歴史』。――ふと、振り返れば、それが実に他愛ない、心許ない一本道に見えるだろう。だがな、それは自分だけが識る『時の流れ』であり、自分が築き上げた掛け替えの無い『軌跡』なのだ。
そして、その『軌跡』が『世界』を織り成している事を忘れてはならない。『世界』は人々が行動を起こさない限り、自分では何もしない、否、何も出来ないのだ。その代わり、人々の、長さや太さが一本一本違う『軌跡』が交差し合う事で、『世界』という名の煌めく布が無限に織られていくのだ。それが如何に素晴らしい事か、判るか、一哉?」
「……俺に訊くな、俺に」
一哉は困った様な顔をして、傍らの一耶を横目で見遣る。一耶も、熱の籠った市澤の講釈について行けず、苦笑いを浮かべていた。
「おや、一寸、本題から脱線してしまった様だな」
二人の困惑するように気付いた市澤は済まなそうに苦笑し、
「まあ、僕が言いたかったのは、要するに個々が持つ様々な可能性が展開する事で、その可能性を実現している『平行世界』が築き上げられている、という事なのだ。その可能性の中に、性別の異なる『ナガマカズヤ』が存在し得る為、この様な事態になったのだ」
「……」
一哉は黙り込んだ。市澤の言っている事が余りにも難しく、反論したくとも、何と言って良いのか、全く思いつかないのである。
何より、説明をする市澤の瞳。――何処か危険そうな色を湛えた瞳だが、取り返しのつかない過ちを生む様な危うさは全く存在しない、不思議な安堵感に満ちた光を放っていた。
一哉には、そんな目をする市澤が絵空事を吐いているようには見えず、むしろその澄んだ瞳で言われると、何でも信じてしまいそうに思えてならなかった。
しかし、一耶は釈然としなかった。
「……百歩譲って、貴方の言う通り、あたしが別の世界から来たとしてもよ。――あたしは元の世界へ戻れるの!?」
一耶は市澤に食って掛かるように尋く。一番肝心な事が話に上らないので、業を煮やしたのである。
一耶に詰め寄られた市澤は、暫し困惑の色を見せた。その顔が何処となく憂いを帯びているように見えるのは気の所為だろうか。
「絶対ではない」
市澤は一耶の目を据えて答え、その華奢な肩を、ポン、と叩いた。
「……」
市澤に見据えられた一耶は、暫し放心して何も言えなくなってしまった。
一対の、澄んだ瞳。一哉も魅入られたその黒瞳の奥に、一耶は芒洋たる懐を感じ取り、不安な心を暖かく包んでくれる様な心の広さに何も言えなくなっていたのだ。
「さっきも言ったが、真理というものが決して一つきりで無いように、絶対二度と元の世界に帰れないという訳ではないハズだ。――但し、保証の限りではない。軽口を叩いたつもりは無いのだが、僕にも、いつ君が帰れるのか判らないのだ。だから、戻れる日が来るまで、僕らを信じてほしい」
そう言って市澤は微笑した。大様そうな好青年の笑顔が、実に心強そうに見える。
一耶も、漸く一哉と同じ結論に達した。それが、信頼するに値する笑顔である事に。
一耶の安堵に満ちた笑顔に、市澤は気の抜けた吐息を洩らして胸を撫で下ろした。
「さて……。当面は今、起きている問題について、その解決方法と対策を思案しなければなるまいが」
やれやれ、と呟く市澤は再び椅子に腰を下ろし、一耶を見遣って嘆息した。
だが突然、その眼差しが険しくなる。
「――待てよ? この『特異点』現象、既に『世界』を変質させてはいないだろうな?」
「?」
市澤の呟きを耳にした一耶は、その意味が判らず小首を傾げた。
市澤は言うなり身を起こし、険しい眼差しをそのままに、二人の顔を見比べているかのように何度も行き来した。
何回か左右に揺れた後、その視線は一哉を選んだ。
「一哉。昨夜の事を覚えているか?」
「昨夜?」
急に訊かれた一哉は戸惑うも、思い出せない事ではなかった。
「……ああ。昨日の夜は散々だったぜ。道玄坂で今日子と喧嘩別れして、センター街でやけ酒飲んでいたよ」
「今日子?」
一耶は思わず瞠り、
「今日子、って、河上今日子?こっちの今日子は、あんたと付き合っているの?」
「まあ、な。そっちにも矢張り、今日子は居るのか?」
「悪友でね」
一耶は苦笑して答えた。
「どうも『男』と『女』の違いは、周りの環境にも差を創っているらしいわね」
「しかし、そう大差は無いだろう。良し、一哉、話を続けよう。やけ酒飲んで、それからどうした?」
「帰って寝た。それだけだ。あれだけ飲んで二日酔いしていないとは、我ながら酒に強くなったモンだ」
「ふむ、良し」
市澤は腕を組んで頷いた。そして今度は一耶の方を向き、
「では、一耶君。――この男に夕べ、何かされた覚えはあるか?」
「何かされた……、って、どう言う意味よ?」
一耶は眉を顰めて市澤を見る。睨み付けていると言った方が良いかも知れない。
「――まさか市澤君、あたしがこんな男と一緒に寝ていたからといって、変な関係になったと思っているんじゃ無いでしょうね!?」
物凄く嫌そうな顔をして言う一耶に、市澤は少し気圧されて苦笑をする。
「不潔! こっちの世界の市澤君て、全然紳士じゃ無いのね!」
「ちょ、ちょっと落ち着けよ」
一哉は憤慨する一耶を宥めつつ、市澤を見遣り、
「市澤、お前がそんな質問するなんて、意外というか心外だぞ」
「では、そんな関係にはなっていないと?」
「「当然だ!」」
声を揃えて怒鳴る二人の『かずや』に、市澤は怯まず独り合点して頷いた。
「……ふむ。やはり変質はまだされなかった様だな」
「誰が変質者だって?」
一哉は憮然として市澤を睨むが、市澤はそれに応えるつもりが無く、腕を組んだまま首を傾げて考え込んでいた。
二人の『かずや』は市澤の奇妙な言動に憮然とする。だがそれが、今日に始まったものではないのを知っているので、揃って肩を竦めるしか無かった。
「でも、何で昨日の夜の事なンか訊くンだ?」
「……一寸、な」
市澤は答えを曖昧にする。先刻同ように、面にする妙に冷めた微笑は、明らかに何かを隠している様であった。
「さて。原因は追々調べていくとして……そうそう、今後の事を相談しなければ、な」
溜め息混じりに呟くと、市澤は一耶の顔をじっと見た。
「何か、付いているの?」
「目と鼻、そして口が」
「「……つまんねぇンだよ」」
ドスを利かせて侮蔑するように言う二人の『かずや』に、市澤は苦笑いしてみせた。
「そう睨むなって」
市澤は一耶を指し、
「何れ元の世界へ帰るにせよ、当面はこの世界で生活しなければなるまい。差し当たり『衣』は一緒に紛れ込んでくれたみたいだから当座の心配は要らぬな……『住』は一哉の下宿で大丈夫だし」
「おいおい! 一寸待てよ! 何で俺が――?」
一哉は素っ頓狂な声を上げて驚く。
「一緒に暮らすのは嫌か?」
「あのなぁ!確かに、彼女がもう一人の俺だと理解しても、仮にも年頃の若い女だぜ!」
一哉は赤面しながら市澤に反論した。
すると、市澤の顔に驚愕の色が見る見るうちに広がった。その瞠る瞳は、まるで信じられないものを目の当たりにしているかの様である。
「……ナルシーの癖に、無類の女好きのお前から、そんな台詞が出るとは思いもしなかった」
「お前ねぇ!俺だって一応、弁えている処は弁えているの!」
「お前が『弁え』なんて言葉を口にしても説得力無いぞ」
「U――!」
一哉は返す言葉を無くす。傍らで一耶まで忍び笑いする始末である。一哉は一耶の方を睨んだが、彼女は気を利かす余裕も無いのか、笑いを止められなかった。
「しかし、そこまで一緒に暮らすのが嫌なら後は……僕の家しかないな?」
市澤は頭を掻きながらそう言い、そして一耶の方を見た。
市澤に見つめられて、一瞬、一耶は躊躇して俯く。
市澤という男は、性格に難があるとは言え造りはそこいらの人気男優なぞ足下にも及ばぬ美形である。そんな美貌に、じっと魅入られては、赤面するのも無理は無い。
「え……あ……まぁ、仕方ないみたいだし……お言葉に甘えようかな……?」
一耶は、業とらしく横目で一哉を見遣りながら言ってみせた。
一哉は憮然としていた。一耶の返答に、どうも彼は戸惑っている様子である。
「しかし、ロハで置く訳には行かない。――身体で払ってもらおうか?」
二人の『かずや』の瞠り様、これ以上は無いくらいに限界ぎりぎりまで見開かれていた。
「――あ・あ・あた、し、べ、別に、構わない、けど……!」
一耶は真っ赤に染まり切った顔を俯け、両人差し指を先で軽く小突き合いながらしどろもどろになって答えた。先程の一哉との関係を疑われた時とは、えらく正反対な反応である。
「こら――――――ぁっ!」
一耶の返答に、一哉も赤面して怒鳴った。
「そ、それだけは止めてくれ! 他の女ならいざ知らず、俺と同じ顔をした女が、寄りによってこんな男に抱かれるなんて、考えたくも無い! ムシズが走る!!」
「……それはこちらの台詞だ」
必要以上に嫌悪感を露にして言う市澤に、二人の『かずや』はやにわに顰めっ面をして市澤の顔を睨み付けた。
「お前ら、何か勘違いしているぞ。僕は、彼女に『クロノス』のウエイトレスをやってもらおうかと思っただけなのに」
「「あ゛?」」
誤解に気付いた二人の口は、だらしなく開いたままだった。
「『住』がどうなろうとも、不景気とは言え『平成景気』が残した物価高騰が続くこの東京で暮らすには、幾ら一哉の実家が金持ちで仕送りが十分過ぎても足りないだろう。丁度、ウチの店を手伝ってくれている娘が、本業が忙しくなって毎日手伝えなくなくなったので、代わりに彼女をウエイトレスで雇おうかと思ったのだが……」
「あ……あら、そうだったの?」
一耶は照れ臭そうに苦笑いしてみせた。
「それは願ったり叶ったりだけど――こういうのも何だけど、あたし、自分の居た世界では『クロノス』でバイトしてたのよ」
「なら、余計好都合だ。それにどうやら『住』の方も決まったみたいだしね」
そう言って市澤は一哉の方を冷ややかに見た。
一哉は忌ま忌ましそうに市澤を睨んでいた。
「――ああ、判ったよ! そうすりゃいいンだろ!」
一哉はプイ、と横を向いてスネてしまった。
そんな一哉を見て、市澤と一耶は顔を見合わせて、ぷっ、っと吹き出した。
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