8

 特別教室の調査を終え、明智と小泉は、時速100キロで疾走する老婆の出る廊下を歩き、一度昇降口まで戻ってきた。



「残り半分か。それらしき痕跡はまだ見つかっていないし、校長室の金庫の番号も分からない。分かっているのは八不思議の1、3、5番目の怪談は幽霊系で残り5つは妖怪系。そして幽霊系の怪談は3番目の木乃伊少女を除いて……」



「ネエ、コタローちゃん。イイ加減疲レタカラ、先帰ッテイイカッテ、小泉サンガ聞イテイルワ」



 補助者が真剣に推理している横で、任務の責任者は、先ほど置いて来たはずの西洋人形で腹話術をして遊んでいた。

 思考を邪魔され、明智の色白の額に青筋が立つ。



「小泉、その不気味な人形をさっさと元の場所に戻して来い。それから気持ち悪い裏声はやめろ。不愉快だ」



 地獄の底から湧き出たような声で凄んだものの、妙に高音な裏声喋りはやめさせられない。



「コタローちゃん、不気味ナンテヒドイ。私、マリー。ヨロシクネ」



「……小泉、いい加減にしろ…… 何をしている?!」



 悪ふざけをやめない同期を睨みつけようとし、明智は思わず目を逸らした。

 小泉は左手で人形の片足を逆さに持ち、右手で黄ばんだボロ布状態のワンピースを捲り上げ、金髪碧眼の少女人形のスカートの中を弄っていたのだ。



「スカートを履いている人形見ると、ついやっちゃうんだよね。下着はつけてるのかとか、下着をつけてるのなら、脱がせられるか、脱がした後のあそこはどこまで忠実に作られてるのか、全部調べないと気持ち悪くて。明智もやらない?」



「やるわけないだろう! は、破廉恥なっ! 貴様と一緒にするな! 人形のパンツの中身まで気になるなんて、貴様の性欲は天井知らずだな」



「えー、俺に言わせれば、スカートは捲って中身を確かめるためにあるものだよ。本物の女性相手にはもうちょっと紳士的かつ段階を踏んだapproachが必要だけどね。人形なら遠慮することない。ん……?」



 はたと小泉は手を止め、真顔で静止した。軽く眉間に皺を刻み、深慮しているような表情をする。

 それは、手にスカートを捲り上げた人形さえ持っていなければ、ハリウッドスタアのブロマイドの如く絵になる立ち姿であった。



「どうした? 何か見つけたのか?」



 あられもない状態の人形が目に入らないように視線を外らせつつ問いただすと、彼は深刻な面持ちで、落胆気味に答えた。



「ああ、いや……。この子、穴が一つもないんだ。きちんと身なりを整えれば、相当な美人なのに、勿体無さ過ぎるよ」



 明智は自分の意志とは無関係に、かあっと体温が上昇し、顔や耳が朱に染まっていく感覚に襲われた。



「いい加減にしろ! 次は普通教室に行くぞ。置いて行くからな!」



 百戦錬磨のプレイボーイに悟られれば、「流石、童貞はウブだね」などとからかわれるのは目に見えていたので、小泉に背を向け、ずんずんと普通教室に向かい邁進した。



「コタローちゃん待ッテ。マリーヲ置イテイカナイデー」



「五月蝿い。さっさと人形は元の場所に置いてこい」



「マリート小泉ハトモダチ。離レラレマセン」



 とことんふざけ続ける相棒にイラつきを募らせながら、昇降口から見て一番手前の引き戸を開け、目に飛び込んできた光景に、明智は息を飲んだ。



 椅子や机が後方に纏めて片付けられた教室の床には、西洋の呪術書に出ているような魔法陣がペンキで描かれ、その周囲には蝋燭の燃えかすやナイフ、大鍋、タロットカード等、いかにもな物品が転がっている。

 窓は劇場にある幕のような生地の漆黒の布で覆われており、僅な隙間から射し込む陽光が唯一の光源であった。

 子供の頃、どこぞの祭りで入った西洋風お化け屋敷と銘打った見世物小屋を思い出さずにはいられなかった。



「6番目の不思議。普通教室1号室に住む魔女サヤコ。新月の夜、こうやって黒魔術を行うと現れ、願い事を一つ叶えてくれるそうだ。ただし、代償として彼女は願った者に目に見えぬ刻印を残すそうだ。魔女の刻印を刻まれた者がどうなるのかは、人それぞれとしか言いようがないけどね」



 小泉が人形を抱いたまま耳元で囁く。

 低く抑揚のない語り口は、異様な教室内の空気と相成って、悪魔の囁きのような余韻を明智の鼓膜に残した。

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