14*王女にやってきた意外な話
「やあああっ!」
レオナルドの開始の合図も聞かず、早速ジノルグに向かっていく騎士がいる。普通合図が始まってやるものなのだが、一気に来いとジノルグが煽ったからだろう。
「甘い」
ジノルグは余裕でやってくる剣を避け、肘で相手の胸を打つ。相手が思い切り両腕を振り上げた隙をついたのだろう。すぐにその騎士は「ぐっ」とくぐもった声を上げた。だがにやっと笑い、ジノルグの後ろに目を動かす。
「……と見せかけてっ!」
待機していた他の騎士達がジノルグの背中を狙う。
どうやら最初の騎士は囮だったようだ。
だがジノルグは落ち着いて対応する。
「ぬるい」
背中を見せながら剣を後ろに持っていく。片腕で持つのはおそらく重いだろうに、軽々と動かして相手の剣に対応していた。そして左右から来た騎士達には蹴りを入れたり、反射的に動いて攻撃を避ける。なかなかいい動きだ。周りでギャラリー化していた者達も、「おおー」と声を上げている。
「すごい……」
ロゼフィアも自然にそう言ってしまう。
隣で見ていたサラも頷く。
「くっそあの野郎っ」
「すました顔も今のうちだからな……!」
やられた騎士達は悔しそうに言葉を口にする。
見れば他の騎士達も目をぎらぎらさせながらジノルグを見ている。なぜか皆やる気満々な様子だ。これはもう、ロゼフィアに剣を教える云々関係なく、ただジノルグを倒したいと思っているのではないだろうか。
「後輩のための稽古が、いつの間にか先輩方も乱入しているようですね……」
サラが苦笑交じりに言う。
確かに稽古をしてほしい、と言っていた騎士達は、周りのあまりの圧に若干引いてしまっている。先輩騎士がジノルグに向かうなら、どうしても立場上遠慮してしまうのだろう。なんだか可哀想だ。そしてその原因を作ってしまったのが自分だと思うと、ちょっと落ち込んでしまう。ただ救急セットを届けて、興味本位で剣を教えてほしいと言っただけなのに。思わず沈んだ顔になる。
「ジノが本気になったからな。そりゃ手合わせしたいと思うだろ」
見ればレオナルドが傍に来ていた。
確か審判役だったはずなのだが。
「ったく、こっちの指示も聞かずに勝手に始めるんだから。ジノも煽るような言い方しやがって」
溜息をつき、呆れたような顔をする。
勝手に始められたせいで最早審判はいらないという事か。
するとサラが同じように頷く。
「普段だったら起こりえない事なんですけどね」
「え、そうなの?」
意外だ。こういう事はよくある事だと思っていた。すると補足説明される。なんでも騎士団では後輩の成長を願って、稽古も積極的に協力してくれる先輩方が多いらしい。だがジノルグ殿は元々殿下の側近で、あまり指導する事がなかったという。後輩の稽古でさえあまり面倒を見られないのに、それ以外の騎士に割く時間もない。だからこそ手合わせしたいと願う騎士も多いそうだ。
「しかも普段のあいつは真面目だから煽るような言い方はしない。でもちょっと感情的になってたみたいだからな。火がついたジノを見て、周りの奴らもいい機会だと思ったんだろう」
ロゼフィアは目をぱちくりさせる。
つまり、ジノルグの様子を見て他の騎士も便乗したという事か。それは良かったような悪かったような。普段相手をしてもらえない騎士達からすればいいだろうが、後輩達からすればちょっと困りものだ。
だがレオナルドもサラも特に気にしていない様子だった。むしろ珍しい組み合わせに、面白そうに見入っている。他の騎士達も熱戦になるにつれて歓声が上がり出し、後輩騎士達も真剣に先輩達の動きを見ている。結果的には良かったのかもしれない。
ロゼフィアもジノルグに目を戻す。今も複数の騎士を相手に戦っていた。涼しい顔をしているものの、とても真剣だ。正々堂々と戦おうとしているのは伝わる。根が真面目なのは戦い方にも出ているらしい。
「見とれる?」
ぼそっと言われ、はっとする。
レオナルドがにやにやしながらこちらを見ていた。
「べ、別に、すごいとは思うし、やっぱり騎士なんだなとは思うし」
自分でも何を言ってるのか分からなくなってしまった。確かに一瞬見とれていたかもしれない。だがそれは、ただ単にすごいと思ったからだ。それ以上はない。
レオナルドはふっと笑う。
そしてまたジノルグに目線を動かした。
「ま、一言でも褒めてやってよ。多分喜ぶから」
「はぁ……」
褒めるって何をだろうか。すごい! という風に? 確かに普通褒めてもらえると嬉しいと思う。だが自分は、素直に人を褒める事ができない。それに、相手からすれば伝わりにくいとも思う。ちゃんと褒める事ができるだろうか。悶々と悩んでしまう。
するとレオナルドに苦笑された。
「そんなに考えなくてもいいと思うけどな……ってそうだ。クリスから伝言があったぞ」
「え?」
慌てて周りを見れば、クリストファーの姿がない。確か一緒に稽古場に来ていたはずなのに。そういえばサラに会って久しぶりに会えた嬉しさからか、クリストファーの事を忘れていた。多分近くにいてくれるだろうとは思っていたのだが、いつの間に。
「『ここにはジノルグもいるし後は任せる。サンドラが言うには今日はジノルグの勇姿を見守る日でいい、って事らしい』だってさ」
「な、なによそれ……」
配達を頼んでおきながら、それが終われば実質今日の仕事は終わりという事か。せっかく研究所で働き始めようと思っていた矢先にこれだ。サンドラの自由すぎる性格は分かっていたはずだが、まさかこんなにも自由だとは。大体ジノルグの勇姿を見守る日なんて別になくてもいいと思うのだが。
すると背中越しから足音が聞こえてくる。
振り返れば、見覚えのある顔だった。
「おお、紫陽花の魔女」
気さくに声をかけてくれたのはキイルだ。
確か花姫の時は全身黒い格好をしていたが、今はきちんと軍服を着ている。こう見ると背が高くてがたいがあり、とても頼もしい。きちんとした身なりでいればやはり隊長の威厳が出ている。会うのは花姫以来だ。むしろ責任者というくらいなのだから、滅多にお目にかかれない人物な気もする。
するとレオナルドとサラは素早く敬礼した。
瞬時に動くその姿勢はさすが騎士だ。
キイルはそれを見て微笑んだ。
「レオンとサラもお疲れさん。ジノルグに用があって来たんだが……ってなんだこりゃ」
今の現状を知り、ぽかんとする。
すると二人も思わず苦い顔になった。
そりゃあそうだろう。本来なら後輩のために稽古をしている時間のはずだが、今ではジノルグVSその他の騎士みたいな状況になっている。ジノルグが不利なのは基、それでも相手になっているのがいいのかどうなのか、みたいな感じだ。だがキイルはすぐに大笑いをする。
「こりゃあいいな! ジノルグに大勢群がるとは。なかなかお目にかかれん」
だがちらっとこちらを見てくる。
「ずっと見物したいのは山々だが、あいにく時間がない。しかも紫陽花の魔女がいるなら丁度いい」
「え?」
キイルはロゼフィアの腕を取り、そのままジノルグ達の中に向かっていこうとした。しばらくは稽古場の熱気でキイルが来た事に気付かなかった騎士達も、近づいていく事で気付いたのか、すぐに敬礼する。しかも徐々に静かになっていく。最後にジノルグと対戦していた騎士も気付き、すぐに剣を降ろした。
「ジノルグ」
「キイル殿。お疲れ様です」
ジノルグも気付き、剣を降ろす。
そして敬礼をした。
「いい。にしてもお前すごい汗だな」
手を降ろすよう指示した後、キイルは片眉を動かした。見ればジノルグは顔や額、髪や首辺りだけでなく、全身で汗をかいているような状態になっている。軍服も汗で湿っており、見ているだけで暑そうだ。顔色も若干赤い。思えば休憩もなかった。ロゼフィアははっとし、思わず駆け寄る。
「喉渇いてない? 意識は大丈夫? 誰か、誰か水を!」
慌てて周りに聞く。
するとすぐに動いてくれた。
ロゼフィアは持ち歩いていたハンカチを取り出し、すぐにジノルグの汗を拭った。その間にも水が到着し、すぐにジノルグに渡す。彼も拒否せず飲んでくれた。皆がすぐ動いてくれたおかげで、他の騎士達にも水が渡る。それを見て安堵したが、ちょっとした罪悪感も生まれた。
迂闊だった。自分は薬学の知識があるが、それは人の病を治すためだけじゃない。未然に身体に害が起こらないように防ぐのも自分の仕事だ。こんな近くにいたのに、ジノルグや他の騎士の状態を考えてやれなかったなんて。それでも、少しでも相手を楽にさせる事はできる。
「そうだ。塩も持ってこないと。汗で塩分も流れているから、」
だがジノルグがロゼフィアの手を取った。
「いい」
「でも、」
「俺達はいつまた戦場に出されるか分からない。水がない状態でも戦わないといけなくなる時が来るかもしれない。だから、いいんだ。これもいい訓練になる」
真剣な目をしていた。
騎士として、最善の方法を考えた言い方だった。
ロゼフィアは一瞬息が詰まる。
自分がしていい事じゃなかったかもしれない、と少し後悔した。今は平和な世の中だ。皆が手と手を取り合い、協力し合っている。だが昔は戦争が絶えなかった。騎士達は戦場に立っていた。この国の歴史書にも、詳しくその事柄が書かれている。ロゼフィアもその本を読んだ事があった。
だがら、いつまた戦争が始まるか分からないし、用心する事に越した事はない。起こらない事を永遠に願っているし、実際今は無縁だ。だがジノルグが言ったように、「もしも」を考えてしまうのは、過去の過ちがあるからこそなのだろう。
普通なら、出来過ぎた真似をした、と素直に謝罪するかもしれない。そして騎士達を立派だ、と尊敬するかもしれない。だがあいにく、自分は意地っ張りだ。相手の意見を素直に聞き入れる耳を持っているわけじゃない。ロゼフィアはジノルグを睨んだ。
「……だからって軽んじていい事じゃない。人は簡単に死んでしまうの。強い生命力を持っていても、呆気なく死んでしまう時がある。熱中症だってそう。知らないかもしれないけど、熱中症で亡くなった方達は大勢いる。騎士だからって、先の未来を考えないといけないからって、それでも今の自分を大事にしていない人が、この国を、この民を守っていけるって本当に思うわけ!?」
最後は叫んでしまう。
すると一瞬でしん、となる。
だがすぐキイルは、ふむ、と声を出した。
「騎士としての意見と薬師としての意見、だな。どちらも大事であり、間違ってはいない」
「しかしキイル殿」
「まぁ待てジノルグ。今は彼女に反抗するよりも、感謝すべきだ。こんなにもせっせと身体を気遣ってくれる女性はなかなかいないぞ? お前も愛されてるな」
最後の言葉にぎょっとする。
「別に私は、」
「おや失敬。だが紫陽花の魔女、愛にはたくさんの意味がある。相手を思いやるのも一つの愛の形だと思わんかね?」
ちょっと無理やりすぎないだろうか。だがキイルはそういう意味で言ったわけじゃないのはなんとなく分かった。ふざけているようには見えないし、本気でそう思っているのだろう。確かに相手を思いやるのは良い事だ。愛の形……と感じる人もいるかもしれない。だが自分もそうだ、なんて恥ずかしくて言えない。ロゼフィアは若干頬が熱くなるのを感じながら、無言を通した。
するとキイルはふっと笑う。
そして話題を変えた。
「至急、陛下がお呼びだ。すぐにシャワーを浴びてこい」
「しかし、その間ロゼフィア殿が」
ちらっとこちらを見られる。確かにクリストファーは帰ってしまった。護衛対象を他の騎士には迂闊に預けられない。だから躊躇したのだろう。ロゼフィアからすれば、こんなにも騎士が大勢いるんだから大丈夫な気がしなくもないのだが。するとキイルはにい、っと歯を見せてくる。
「俺がいるだろう?」
「「え」」
どうやら隊長自ら護衛を引き受けてくれるらしい。
「……あの」
「なんだ?」
「呼ばれているのはジノルグだけですよね? どうして私も?」
ジノルグが急いでシャワーを浴びている間、ロゼフィアとキイルは移動していた。しかも行き先はこの国の王、チャールズ・クレッシェンドの元だ。国王と直々に会う事などほとんどない。もちろん魔女であるので王族には色々と貢献しているし、逆に貢献してもらっているし、互いにありがたい立場ではある。だが自分はもっぱらチャールズより娘のアンドレアと交流する頻度が高い。
だから今更呼ばれる理由もよく分からないのだが。
「それがなぁ、アンドレア殿下の事なんだよ」
「アンドレアの?」
「そう。しかもその内容が……」
なぜか楽しそうに笑われる。
そして耳打ちされた。
「!?」
ロゼフィアは思わず驚愕した。
そうこうしているうちにも部屋に着き、まずは応接室に通される。部屋が一つではなく複数あり、しかも応接室もあるというのはさすが王族だ。アンドレアの部屋にはよく遊びに行くが、やはり国王ともなるともっと豪華な造りになっている。見ていて飽きない。
しばらくするとジノルグもやってくる。しっかり着替え、新品の軍服を着ていた。傍に寄ると若干爽やかな木々の香りがするのだが、シャンプーか、それともボディソープだろうか。なんとなく心地よい香りだった。三人揃ったからか、侍女が部屋まで案内してくれる。
そして部屋に入れば、そこには金髪の髪に柳色の優しい色合いの瞳を持っている男性がいた。彼こそが、この国の国王、チャールズである。朗らかに微笑むその姿も優しさを感じられ、王としての威厳よりも包み込むあったかさがあるなと思った。
「よく来てくれた」
声がよく通る。美声の持ち主でありながらその風貌は、さぞ周りの貴婦人達に騒がれた事だろう。そんな事を思っていると、チャールズの隣にアンドレアがいる事に気付く。いつも通りきっちりとめかしこんでいるが、なぜか彼女は仏頂面だった。容姿はとても可愛らしいのに、その顔で台無しだ。
「……ちょっと、その顔はないんじゃないの」
思わずぽろっと言葉に出してしまう。すると一斉に注目される。見られてロゼフィアもはっとする。国王のいる前でつい、やってしまった。慌てて口を塞いだが、もう遅い。怒られるだろうかと思っていると、チャールズは軽く笑った。
「さすがだな、紫陽花の魔女。私も同意見だ」
どうやらお咎めはないらしい。
ほっとしつつ感謝する。
「さて、三人を呼んだのは他でもない。アンドレアの見合いの事だ」
「見合い……ですか」
何も聞かされていなかったジノルグも、若干驚いた声を上げる。確かに驚くだろう。いきなりアンドレアの見合い話を聞かされるなんて、誰が思った事だろう。
「ああ。以前レビバンス王国に行かせてもらったんだが、そこの王子が本当にいい人で……アンドレアなら上手くやっていけると思ったんだ」
レビバンスというと、確か北国だ。ほぼ一年中雪に見舞われる場所ではなかっただろうか。ここからだとだいぶ遠いところにある国だ。おそらく交流を目的としてチャールズは赴いたのだろう。
他国に王族、しかも国王が行くなんてよっぽどの理由がないとない。交流、とは言っているが、仕事の話をしたのだろう。互いの国で取れた特産品を譲り合ったり、何かあったら協力したり、なかなか濃い話をしてきたように思う。しかもそこで見合いの話も出たという事は、もしかして。
「政略結婚という事ですか?」
ずばっとジノルグが聞いた。
これにはさすがのロゼフィアも顔が引きつる。
そんな直球で言う事だろうか。
「相変わらず君はストレートだな……」
チャールズも少し困ったような顔になる。
するとジノルグは「申し訳ありません」とすぐ謝った。
それでも真顔なのが彼らしい。いっそ怖い。
「政略結婚ではない。私はアンドレアに幸せな家庭を築いてほしいと思っている」
「だったらすぐにでもそのお話はお断りさせてもらいたいですわね」
ずっと黙っていたアンドレアがきっぱりと言う。
「まぁ待ってくれ。話だけでもいいんだ。互いの交流としても」
「私は自分の目で見てちゃんと決めたいのです」
「だから、実際会った方が」
「だからって急ですわ。どうしてそう勝手に私の話を聞かずに」
急に親子喧嘩が始まる。
しかもアンドレアは鬱憤が溜まっていたのか、しゃべりにしゃべって反抗していた。その度にチャールズも返していく。穏便そうに見えて、意志を曲げないところはお互いそっくりだ。しばらくロゼフィア達は黙って聞いていたのだが、気を利かした侍女がさっと応接室に戻るように扉を開けてくれる。そしてまた部屋に呼び戻されるまで、かなりの時間を費やした。
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