08*意地っ張り

「レオン、話って……魔女殿?」


 ジノルグは部屋に入って早々眉を寄せた。


 部屋にはロゼフィア一人だけ。しかもここは自習室と呼ばれる誰でも自由に使う事のできる部屋だ。騎士であれば誰でも知っているが、ロゼフィアが知っていたとは思えない。おまけに一緒にいるはずのサンドラもいない。一瞬で察したのだろう。ジノルグは不審な顔をする。


「なぜここに。俺はレオンに呼ばれたんだが」

「私がお願いしたの。あなたに来てもらえるように」

「なぜ?」


 核心をつくように聞いてくる。


 何かを探るような目つきをし、自分を呼んだ理由を先に知りたがった。最初にそれを聞いてくるのが、ある意味この騎士らしい。ロゼフィアも話を長引かせるつもりはなかった。単刀直入に言う。


「あなたにお礼をするために」

「……お礼?」

「そう。護衛をしてくれたお礼」


 ロゼフィアは一旦息を吐く。

 緊張をほぐすためだ。


 そして腕を組み、視線を逸らす。

 相手のペースに巻き込まれないよう、あくまで自分のペースを保つ。


「簡単に言えば、私はただ守られるのは好きじゃないの。守ってもらったならそれなりにお礼をしたい」

「花姫の事か。それならもう言葉と花をもらったが」

「花はあなた捨てたけどね」

「まだ根に持っているのか」


 溜息交じりに言われる。


 確かにあの時もお礼は伝えた。護衛をしてくれたから、というよりは、危ない目に遭ったところを助けてもらったから。だから言葉と花を渡した。最も、この男は紫陽花の花がいいとか言って、呆気なく鈴蘭の花を投げたわけだが。根に持っているわけではない。正論を口にしただけだ。だが余計な事は言わないに限る。


「花姫の事じゃないわ。花姫の前も護衛をしてくれたでしょう。だからそのお礼」

「お礼をもらうほどの事じゃない。これは俺の仕事だ」

「だからこそよ。お礼をしないと気が済まないの」


 仕事だから、というのは分かる。実際その通りであるし。だが、仕事であっても守ってくれた事に違いはないし、いつまでももらいっぱなしなのは気が引けるのだ。


 すると相手は溜息をつく。


「護衛をする度にお礼をするとでも言うつもりなのか」


 怯むつもりはなかったが、ここで言葉が止まる。勢いのまま「護衛はこれで最後よ」と言ってしまいそうになったからだ。本来ならその通りであるし、ジノルグの気持ちがどうであれ、そう言う事に決めていた。だが、レオナルドから助言をもらったのだ。「最後」という言葉は口にしない方がいいと。


『今回はあくまでお礼をしたい・・・・・・って事を伝えるんだ。そうすればジノルグも少しは考えてくれる。最後だからお礼をする、なんて言ったら多分もらうつもりはないだろうからね』


 だからその言葉は避けなければならない。

 どうしようか迷ったが、頷いておいた。


「そうよ。もらった分はきっちり返す性分だから」

「それは初めて知ったな」

「当たり前よ。あなたは私の事を知らないもの」

「魔女殿だって俺の事を何も知らないだろ」

「知りたいとも別に思わないわ」

「本当に?」


 すっと目を合わせて来た。


 それはまるで、こちらを見透かしているかのように。そう返されると思わず、少し身を引きそうになる。だがどうにか自分の腕を掴み、それに耐えた。負けじと睨み返す。


「どういう意味?」

「俺の事を聞きに来たと、他の騎士から聞いた。知りたいと思わないなら聞く必要などないだろう」


 思わず言葉に詰まってしまう。


 まさかすでに本人の耳に届いていたなんて。護衛をしていない間ジノルグが何をしていたのか知らないが、いつの間にここに来ていたのだろうか。そうでなくても、どうして自分はあの時内緒にしてほしいと言わなかったのか。思わず自分の行為を呪う。


「わ、私からじゃないわ。サンドラに諭されたからよ」

「それを素直に聞き入れるほど、魔女殿は心が広かったんだな」

「なによ失礼ね」


 それは皮肉だろうか。

 思わずむっとしてしまう。


「それはいいとして、お礼をしたいと言ったな」


 急に話が戻った。


 勝手に話を終わらせるなんて反則だ。

 まだ怒っている途中であるのに。


「……い、言ったけど」

「じゃあもらう。そのお礼はなんでもいいのか」


(え!?)


 こうもあっさり受け取るとは思わなかった。

 せめてもう少し渋るだろうと踏んでいたのに。


 お礼をするためには相手が何を望んでいるのかを聞く必要がある。そしてジノルグの場合、周りが探るよりも直接聞いた方が一番早くて正確だと言われた。そしてもう一つ大切な事がある。


なんでも・・・・、って言った方がいい』


 つまり、お礼はなんでもいい、という事らしい。


 最初にそう言われた時は顔をしかめた。

 だがレオナルドは苦笑した。


『むしろ制限つけたら、やっぱりやめる、って事になり兼ねないんだよ。だったらなんでも引き受ける。できるできないよりも、お礼をする事に意味はあるだろうから』


 確かにお礼ができればそれでいい。

 きっとジノルグも、質までは求めてこないだろう。


 ロゼフィアは顎を少し上げる。

 少しは高圧的に見せるために。


「もちろんいいわ。なんでも」


 今度はジノルグが珍しそうな表情をする。

 そして聞き返してきた。


「本当に?」

「ええ」

「なんでも?」

「もちろん」

「できるのか?」

「喧嘩売ってるの?」


 最後はちょっと腹が立ったのでそう返した。


 するとジノルグは考えるような素振りを見せる。

 しばらくしてから、また視線を合わせて来た。


「じゃあ帰らないでほしい」


 ロゼフィアは目を見開く。


「もちろんずっととはいかないだろうが、それでも、」

「どうして」

「……魔女殿?」

「どうして、皆してそんな事言うのよ」


 ジノルグは口をつぐむ。顔を下にして両拳を握るロゼフィアの手が、ひそかに震えていたからだ。しばらく黙っていれば、ロゼフィアは声を押し殺すようにして言葉を続ける。


「私は森が好きなの。森に住む魔女なの。どうしてここにいないといけないの?」

「……皆、魔女殿ともっと親しくなりたいと思っているからだ」

「なによそれ」

「だから、」

「それが本当にあなたの願いなの?」


 声を大きくしながら、睨み付ける。

 ジノルグは一瞬、その美しい両目を見て動けなかった。


「話を聞いていれば、それは周りの願いのように聞こえるわ。確かにアンドレアにも、サンドラにも、他の人達にもここにいてほしいって言われた。あなたも、私の事を思って言ってくれてるんでしょうね」


 気に食わなかった。


 それは周りが自分を好いてくれている事じゃない。ジノルグの願いが気に食わなかったのだ。もちろんここに残ってほしいと言われる事は覚悟していた。そんな事は無理だ、と突っぱねってやろうかと思った。それでも、もし他の願いだったら、それがどんなに自分にとって難しい事であっても、精一杯お礼として返そうと思っていた。それが彼の望んだ事だから。自分にできる事だから、って。


 それなのに、どうして期待を裏切らないのだろう。


「私はあなた・・・に聞いたのよ。願いはなんだって。他の人の願いじゃないわ」

「これは俺の願いでも」

「私はなんでも・・・・、って言ったっ! それなのに他の人が願いそうな事言わないでっ!」


 立て続けに怒鳴る。


 自分でも何を言っているのだろうと思ったりしたが、それでも止まらなかった。気に入らない。皆して自分に願うのはそれなのか。もう聞き飽きた。うんざりだ。


「…………」


 ジノルグは黙る。

 静かな時間が、どこか苦痛に感じる。


 ロゼフィアは下をずっと向いていた。

 弁解なんて聞きたくなかった。


 するとゆっくりと身じろぎする音が聞こえる。

 いつの間にか目の前にジノルグが立っていた。


 見上げれば、いつもの表情で自分を見る。


「じゃあ、名前を呼んでくれ」

「……?」

「ずっと『あなた』と呼ばれるのはな」

「……そっちだってずっと魔女殿じゃないの」


 すると何度か瞬きされる。


「呼んでいいのか?」

「え……。アンドレアもサンドラも、普通に呼んでるじゃない」

「親しい者だけかと思っていた。それに魔女殿である事に変わりはないし」


 それはそっちの言い分だ。

 こちらからすれば、「魔女」は肩書のようなもの。


 だから名前ではなく「魔女」と呼ばれる方が余計距離を感じる。相手からすれば敬意を込めて言ってくれたようだが、知らなかった。ジノルグが言ってくれないと、お互いに勘違いしたままだったかもしれない。


「俺も距離が遠くならないよう、敬語は外していた」

「おかしいと思った。サンドラには敬語だもの」

「敬語は敬意を伝えられるが、間に壁があるようなものだからな」


 だから最初から自分には敬語がなかったのか。


 元々自分も敬語をあまりつけないタイプなので、大丈夫だと思っていたらしい。確かに敬語がないくらいで文句は出ない。なんだかんだ色々考えた上で接してくれていたらしい。


「じゃあ、ロゼフィア殿」


 早速呼んでくれる。

 なんだかむずがゆい感じだ。


「いいわよ、ロゼで」

「それは愛称だろう。俺は名前で呼ぶ」

「……そう」


 こだわりが強いようだ。

 それを止める権利は自分にはない。


「俺の名前も呼んでくれ」

「……ジノ?」

「それは愛称だ」

「名前みたいなものじゃない。呼びやすいし」

「名前がいい」


 唸りたくなる。面倒くさい。

 こだわりが強いのは面倒くさい。


「ジノルグ」


 ちょっと強めの言い方で呼ぶ。

 すると相手は、少し微笑んだ。


「ありがとう」


 思わずそっぽを向いてしまう。


 真面目な騎士であろうに、名前を呼んだだけでそうも簡単に喜ぶなんて。なんだかこっちが恥ずかしくなる。これをお礼とするんだから、随分安い願い事になった。


 しばらくすれば、ジノルグはさらっと言う。


「それで、いつ帰るんだ」

「……え」


 思わず顔を見てしまう。

 ジノルグは遠くを見ていた。


「森に帰るんだろ。いつでも送る」

「……止めないの?」


 するとふっと笑われる。


「ロゼフィア殿が嫌がっているのに、無理強いはしない。殿下はきっとごねるだろうが、俺がなだめておく」

「でも、森に帰っても、護衛は」

「護衛も、ロゼフィア殿が必要と言うまではしない」

「えっ」


 これには驚いてしまう。

 だが相手は落ち着いていた。


「必要だと思ったら言ってくれ」

「……随分な変わりようじゃない。理由がないと勝手にするとか言ってたのに」

「当初はその予定だった」


 しれっと言われる。 


「だが、そこまで嫌がられるとは思わなかったからな」

「…………」


 肯定も否定もできなかった。嫌だったわけじゃない。いや……嫌だと思った事はあったが、でも、そうじゃない。どう言えばいいのか分からないが、それでも、嫌というほどではなかった。でも、それを言うつもりもなかった。その後ジノルグに何を言われるのか、恐れてしまったから。


「ありがとう。今まで」


 素直にお礼が出てきた。

 ジノルグはただ小さく頷いてくれた。




 その後本当に森に帰る事になった。


 協力してくれたサンドラとレオナルドにも礼を言い、今日のうちに帰る支度をする。最も、身一つで来たので、特に持って帰るものもないわけだが。アンドレアにもお礼を言おうとしたが、本人からは拒否。帰るならとっとと帰れ、の文句付き。内心寂しがっているのがバレバレだ。


 それでも良い機会を与えてもらった気がする。

 だから感謝はしていた。


 いざ森に帰ろうとすると、サンドラが見送りに来てくれた。

 そして最近研究所で栽培しているという、珍しい薬草をもらう。


「天候に関係なくすぐ育つんだ。きっと役に立つと思う」

「うん。ありがとう」


 するとサンドラは少し苦笑する。


「やっぱり帰っちゃうんだね」

「いつでも会える距離でしょ」

「そうだけど……やっぱり寂しいなって。ロゼと何日も一緒にいられる事なんて、滅多にないし」


 確かにいつもなら用事で会いに来てすぐに帰る。

 こんなにも数日続きで一緒にいる事はなかった。


「また研究所にも遊びにおいで。皆待ってるから」

「うん」


 そしてジノルグの馬に乗り込み、出発する。

 サンドラは姿が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれた。







 久しぶりの森は、とても懐かしい気持ちにさせた。


 静かで鳥のさえずりがとても心地よい。

 木々の葉が擦り合う音を聞けば、やっと帰って来たんだと思える。


 薬草園が荒らされていないか少し心配していたが、どうやら大丈夫のようだ。いつの間にか雨も降ったのか、すくすくと成長している。家の方も前と変わりない。本当に久しぶりだ。


「嬉しそうだな」


 顔に出ていたのだろうか。

 慌ててすました顔をしておいた。


「私は森が大好きだから」

「そうか」


 言いながら近づき、そっと何かを首元にかけてきた。一瞬の出来事で何だろうと思ってみれば、銀色に輝く小さい笛のようなものがある。思わずそれを手に取った。


「これ……なに?」

「笛だ」

「見れば分かるわよ」


 そんな当たり前の事言わないでほしい。

 すると小さく笑われた。


「護衛がいる時は吹いてくれ」


 目を丸くしてしまう。


「これを?」

「どこにいても俺が駆けつける」


 笛一つで遠い距離でも分かるものなのだろうか。

 首を傾げるが、頷いておいた。どうせしばらくは使う事もない。


「じゃあ」


 言い終われば、ジノルグは颯爽と馬に乗って城に向かって駆け出す。思ったよりもあっさりとした別れに、少し戸惑った。てっきりもう少しいるのかと思っていたのに。なんだか寂しいな、と感じてはっとし、首を振る。一人なんていつもの事じゃないか。ロゼフィアはすぐに家の中に入った。







 あれから数日経った。


 いつもの日常に戻れたと思った。騒がしかった場所から解放され、やっと落ち着いて過ごせると思った――――のに、なぜこうなるのか。なぜかロゼフィアの気分は下がっていた。




「魔女さんどしたの?」

「元気ないねー」


 いつもの兄妹が薬を買いに来た。


 いつも買いに来てくれるからか、明らかにいつもと違うロゼフィアの姿にびっくりしていた。ロゼフィアは力なくはは、と笑いながら薬を渡す。元気がない理由なんて、自分が知りたい。


 兄妹は帰っていき、ロゼフィアは一度椅子に座る。そして頭を抱えた。最初の一日、二日はなんともなかった。むしろ一人の状況に嬉しくてうきうきしていた。だが三日目にして急に気分が下がった。仕事は仕事なので必死に手を動かして薬を作ったり、薬草の世話をしたりしていた。が、一日にやる作業が終わるとがくっと緊張の糸が切れる。そしてそのまま何もしたくなくなる。そして妙に、しんとしたこの静かな空間に耐えられなくなってきたのだ。


 何かの病気なのかと思って色々調べたりしたが、結局分からなかった。サンドラに相談するために手紙を送ろうとしたが、それも気が引けた。なぜなら森に帰ってまだ数日しか経っていない。


「…………」


 本当は分かっていた。

 どうして自分がこんな風になってしまったのか。


 それでも、認めたくなかった。

 まさか「寂しい」という感情でここまで気分が下がるなんて。


 あの時は一度に大勢の人と接した。だから疲れた。もう関わるな、と思った。……でも、こうして一人になって気付く。騒がしかったけど、楽しかった事に。今まで誰かと一緒にいる事は苦手で、苦痛だった。疲れてしまうし、そんな姿を見せるのも嫌だった。


 でもこうして一人でいると、何かをしている事に楽しみを感じていただろうか、とふと思った。あの時は騒がしくて、大変で、自分の思い通りにいかなかったのに、それでも……楽しかった。どうして今更そんな事に気付くのだろう。思わずがくっと項垂れる。


(……今更、王都に戻れるわけないじゃない)


 今なら、王都に戻りたいと思える。

 しばらくあっちでの暮らしをしてみたいと思える。


 それはきっと、自分を受け入れてくれた人達と関わりたいから。騒がしくても、一緒にいる事でもっと楽しみを得られるだろうから。そして自分を好いてくれているのなら、その人達に恥じないよう、自分の事も好きになりたいから。……素直じゃない事は、自分でもよく分かっているつもりだ。


 だが言えない。言えるわけがない。

 拒否したのは自分なのだから。


 意地っ張りな自分の性格に嫌気を差しつつ、それでもロゼフィアはこれからどうしようかと考えた。今更王都に戻りたいなんて口にすれば、何と言われるか。素直に喜んでくれるような気もするし、馬鹿にされるような気もするし……。しばらく机の上に伏せって唸る。


「あ」


 しばらくしてから、ロゼフィアはひらめいた。

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