07*騎士団にて情報収集

「そもそも騎士団ってどこにあるの?」

「すぐそこだよ」


 そう言いながらサンドラは指を差す。

 王城に出てすぐ隣にある、大きい建物が目に入った。


「……これ?」

「そう。これ」

「どこからどこまでが?」

「何言ってるんだい。全部だよ」

「全部!?」


 思わず絶句してしまう。


 目の前にある大きい建物は、全てレンガでできているものだ。高さがあるばかりでなく横にも広い。たくさん部屋があるのは一目瞭然で、窓の個数も多い。そして建物の上には、丸い時計があり、今の時刻を伝えてくれている。その真下には通り抜けられるような出入り口があり、その奥にも何かしら建物があるのが伺えた。


「……広すぎない?」


 騎士団といえば騎士がいるが、王城付近にいるようなイメージしかない。しかもそこで彼らが何をしているのかも検討がつかない。するとサンドラが教えてくれた。


「中には稽古場や座学が行われる教室、そして騎士達の寮があるんだ」

「へぇ」

「クリスが教えてくれたんだ」

「なるほど」


 クリストファーはサンドラの護衛をしている騎士。サンドラが一人で外出する際は必ず傍にいるし、普段は研究所で警備をしている。サンドラと関わる時間も多いし、その時にでも教えてもらったのだろう。


「ちなみに今も護衛してくれてるよ」

「え」


 慌てて辺りを見回す。

 が、姿は全く見えない。


 サンドラにけらけらと笑われてしまった。


「見えないよ。影で守ってくれてるんだから」

「でもじゃあ、サンドラはどうして分かったのよ」


 負け惜しみで言ってしまう。

 姿が見えないならそれはサンドラも同じではないか。  


 するとあっさり言われる。


「なんとなく」

「なんとなく!?」


 思わず叫んでしまう。

 根拠のない理由だ。


「一緒にいる時間が長くなると、なんとなくで分かるようになるんだよ」

「えええ……?」

「きっとロゼにも分かる時が来るよ」


 くすっと笑いながら、一人で足を進めてしまう。これには思わずむっとしてしまった。こっちの事情を分かって言ってくるのだから、皮肉のようなものだ。ロゼフィアは唸りながらついて行く。


 ちなみにいつもなら、傍にジノルグもいるはずだ。だが今回は席を外してもらった。本来なら護衛として片時も離れないはずなのだが、サンドラが頼み込んだのだ。ちょっと用事があるから、今日だけ外れてくれと。その代わり自分の護衛であるクリストファーに護衛を任せるから、と。


「ジノルグくん、よく許してくれたよね」


 タイミングよくサンドラがその話をする。


 確かに頼み込めば、ジノルグはあっさり「分かりました」と身を引いた。特に理由もなく引き下がったので、ロゼフィアはもちろん、サンドラもちょっと面食らったものだ。気を利かしてくれたのか、それともクリストファーがそれなりに信用のおける騎士だからだろうか。


「束縛はしないタイプなんだね。いい事だよ」

「やめてよその言い方」


 思わずぞっとしてしまう。

 もしそういうタイプだったら後が怖い。


「冗談だよ」


 サンドラは気にせず笑い声を上げる。

 タチの悪い冗談だ。


 そのまま進んでいけば、丸い形をした建物がある。そこから気合いの入った声が聞こえ、他にも「そっち行ったぞ!」「もっと腰から動けっ!」と助言なのか、はたまた罵詈雑言なのか分からないような複数の声も聞こえてくる。建物に近付く度に音量は上がり、そして熱気と汗とか入り混じった、生ぬるい空気を感じた。


「ここは?」

「稽古場みたいだね」


 言いながらサンドラは入り口のドアを開ける。

 すると鋭い金属音が聞こえてきた。


 どうやら剣の試合の真っ最中らしい。

 緊迫した雰囲気に、圧倒されてしまう。


 しばらくすれば勝負がついたのか、教官らしき人物が「そこまで!」と手を上げる。試合が終わり、他の騎士達も動き始めた時、一人の騎士がこちらに気付いた。


「サンドラ殿!」


 小走りで話しかけて来たのは、茶色の短髪に同じ瞳を持っている騎士だ。かなり身長が高いが、愛嬌のある顔をしている。他の騎士もサンドラに気付き、挨拶をしてきた。当の本人は笑顔で手を振っている。


「やぁ」

「どうしたんすか急に。今日は来る予定じゃなかったすよね?」

「ちょっと用事でね。リオネくんも相変わらず元気だねぇ」


 どうやら気さくな騎士のようだ。

 笑顔も可愛らしい。


「そりゃ元気が取り柄っすから。ってあれ、隣の人は誰っすか?」


 こちらに視線がやってきて、思わずびくっとする。

 リオネはまじまじとロゼフィアを見つめ、ぼそっと言った。


「超美人っすね」

「!? ち、違う!」


 思わず否定の言葉が出てしまう。

 だがその間にリオネは、サンドラに向き直った。


「サンドラ殿どうしたんすか、こんな超美人の知り合いいたんすか?」

「まぁね。前からだよ」


 あっさりと答えている。

 どうせなら否定してくれたらいいのに。


「違う! 私はただ、瞳の色が違うだけよ」


 容姿がいいのではなく、ただ珍しいだけだ。瞳の色が違っていたり、珍しい髪色をしているだけで、いつもより容姿が良く見える……と思う。ロゼフィアの声が大きかったからか、その場にいた騎士達がわらわらと集まってきた。


「ほんとだ。きれーな瞳ですね」

「これは生まれつきですか? 見え方とか変わったり?」

「髪色も珍しい」


 興味深そうに皆が一斉にやってきたので、ロゼフィアはうろたえた。その間にもサンドラはそっと距離を取り、困っている友人を眺める。聞かれた質問に必死で答えようとする辺り、律儀なものだ。するとリオネがそーっとこちらに近づき、小声で聞いてくる。


「元々ああいう人なんすか?」

「うん。分かるかい?」

「教官してますからね」


 少し得意げな顔をされる。


 リオネ・ファウストは教官として、新人の教育係を任されている。騎士はほとんどの者が寮で生活しており、仕事だけでなく、生活面に関しても色々と指導しているようだ。だからこそ一人一人のケアまでしっかりこなしているのだろう。ロゼフィアとは初対面のはずだが、見抜くところはさすがだ。


「褒められたら普通、お礼を言うか謙遜するか、ですからね。真っ先に否定してくる人は珍しいっす」

「確かにね。いい子なんだけど」

「ちょっともったいないっすね」

「うん……リオネくん」

「はい?」

「そろそろ離れないと」


 シュッ。


 何かが飛んでくるような音が聞こえ、リオネはさっとその場を離れる。見れば二人の間に石が飛んできた。ただのその辺にある石だが、それでも威力が強かったのか、壁に石がめり込んでいる。


 リオネはそれを見てさーっと顔を青くした。


「……もしかして」

「ご名答」


 サンドラは眉を下げながら笑う。


「……ほんと怖いっすね」

「誰が?」

「ひっ!」


 いつの間にか後ろに来て、しかも短剣を喉元に突き刺している。鋭い緑色の瞳で睨みながら、狙いを定めていた。リオネは慌てて「待って下さい待って!」と叫んでいた。そして涙目でこちらを見る。


「ちょっとサンドラ殿! クリストファー殿もいるなら先に言ってくださいよ!」

「いつもの事だから気付くかなって」

「気付きませんよっ! この人ほんと気配消すんすからっ!」


 リオネは震えながら距離を取っている。

 よほど彼が怖いらしい。


 クリストファーは声を低くして言った。


「距離が近い」

「いやちょっと内緒話しただけですって!」

「近い」

「だから」

「何度も言わせるな」

「……すんませんした」


 消え入るような声で謝っていた。


 サンドラは少し申し訳ないと思いつつ見ていたが、少しだけ首を傾げる。リオネは魂が抜けたような状態でいたので、クリストファーは「どうした」と聞いてきた。


「いや、案外分からないものなんだなって。私はクリスがどこにいるか、なんとなくでも分かるんだけどね」

「……そうか」

「あ、嬉しそうな顔」


 サンドラは微笑む。

 だが相手は不機嫌そうな顔になった。


「してない」

「してるよ。雰囲気で分かる」


 すると無言でその場を離れてしまった。

 何も言わずに逃げるのはいつもの事だ。


「素直じゃないなぁ」

「……いや、けっこう素直だと思いますけど」

「そう?」


 サンドラの返答を聞きながら、リオネは微妙な顔になる。周りからはもろバレなのに、当人達が気付かないのはこういう事なのかと。そしてさっさと本題に移る事にした。


「で、彼女。紫陽花の魔女ですよね」

「なんだ知ってたのかい」

「花姫として出てたんすから、分かりますよ。今は新人ばっかなんで、知らない奴の方が多いですけどね」


 稽古場は時間によって使える階級の騎士が異なる。今はどうやら新人達が使っていたようだ。新人は王都以外の出身も多い。なるほど。だからロゼフィアを見て「美人」「目の色が違う」の感想しか出てこないのか。知っているなら「紫陽花の魔女だ」と誰かしら言うはずだ。


 リオネは真面目な顔をした。


「それで、紫陽花の魔女がこんなところで何を? 確か護衛がジノルグ殿でしょ?」

「話が早いね」

「俺、クリストファー殿よりあの人に怒られる方が怖いんすけど」


 ジノルグがロゼフィアの護衛をしている事は、騎士団ならば知っている者は知っているだろう。そして彼女に対して何かしら不適切な発言、行動をしてしまえば、ジノルグによって恐ろしい結末を迎える事も。クリストファーも怖がられているようだが、それよりもさらに強いジノルグに目をつけられるのは、肉体だけでなく精神的にもきついかもしれない。


 すでに自分の護衛が迷惑をかけている。

 サンドラも今回の目的をあっさり伝えた。


「今日はジノルグくんの事を知るために来たんだよ」

「ジノルグ殿の事を? それだったらレオナルド殿に聞いた方が早いじゃないっすか。あの人情報通だし」


 ジノルグとの付き合いは誰よりも長い。

 騎士団に来てまで聞くよりも、一番手っ取り早い方法だ。


 するとサンドラはひらめたように手を叩いた。


「確かに。その手があったね」

「え。今更っすか」

「よかったよかった。リオネくんに教えてもらったおかげで気付けたよ。それだけでここに来た価値はあったね」

「いや、俺は今にも殺されそうだったっすけど」

「それを回避する術は学んだだろう?」

「……サンドラ殿もけっこう言うっすよね」


 リオネは顔を歪ませた。







「俺を呼んでる美しい人っていうのは、お二人の事かな?」


 レオナルドはこちらを見た瞬間、そんな言い方をしてきた。これにロゼフィアはげんなりする。会うのは久しぶりだが、初対面の時も歯の浮くような台詞を言ってきた。気分が下がるのはある意味仕方ない。しかも美人とか言わなくていい。


「やぁレオナルドくん」

「ご機嫌麗しゅう、サンドラ殿」

「君はいつもチャラいねぇ」


 遠慮ない言い方だが、レオナルドは微笑む。


「サンドラ殿も相変わらず」


 言いながらすっとサンドラの手を取る。


 するとどこからか複数のナイフが飛んできた。

 レオナルドは慣れた様子でそれを軽々と避け、ははは、と笑う。


「過保護な護衛に守られてるみたいですねー」


 見ればレオナルドの背後にはナイフが何本も刺さっており、端から見たら何があったのかと問いただしたくなるほどの光景だ。ロゼフィアは一瞬の出来事に唖然とする。強固なクリストファーの護衛にも屈しないレオナルドの心は鋼なのだろうか。すごいんだか逆に怖いんだか。


「分かっててクリスを遊ぶのは君くらいだよ」


 サンドラは苦笑して丁重に手を外した。

 レオナルドはやれやれ、と首を動かす。


「手を出すとすーぐ怒るんですからねぇ。まぁ一途で良いと思いますよ」

「そう言いながら遊ぶんだね」

「ああいうのって、からかってなんぼですから」

「それはジノルグくんにも言えるのかな?」

「そういう事です」


 最後はあっさりと認めた。


 リオネに呼んでもらってレオナルドが来てくれたわけなのだが、早速理由を伝える。すると「ああ、」と納得するような声を上げるが、微妙な顔をしてきた。


「情報屋として名高い俺ですけど、ジノは隠している事が多いんですよね」

「そうなのかい?」

「はい。まぁついて来て下さいよ」


 どうやらどこかに案内してくれるようだ。




 移動中、こっそりサンドラに聞かれる。


「さっき色々話をしてたみたいだけど、ジノルグくんの事も聞いたのかい?」


 騎士達と話す機会があったからだろう。

 ロゼフィアは小さく頷いた。


 かっこいい、強くて憧れる、厳しいけど優しい。剣を教えるのも上手いらしく、教えてもらいたいと思う騎士も多いようだ。だが今はロゼフィアの護衛が最優先な事もあってか、あまり稽古場に来たりしないらしい。ただ、リオネと同じく教官をしている騎士はこう言ってきた。「頼ってあげて下さい」と。


「男は頼られるのが嬉しいから、って」

「確かに謙遜されるよりは頼られる方が嬉しいね」

「…………」

「分かってるよ。ロゼは頼るのが苦手なんだよね」

「……分かってるなら言わないでよ」


 実際その通りであり、きっとそれができないからそれ以外のもので返そうと思っているのだ。どうにかしてその方法を探っているものの、それが自分にできないものだと唸ってしまう。頼ればいいだけの話かもしれないが、自分からすれば難易度が高いのだ。


「おーい。着きましたよ」


 言いながらレオナルドがある部屋に案内する。

 慌てて二人はその中に入った。


 見れば普通の部屋だ。


 ベッドに机、本棚やクローゼットなど、生活に困らない程度のものが揃っている。とてもすっきりしていて綺麗だが、どこか殺風景だ。ここはもしや誰も使っていない部屋なのだろうか。


「ここは?」

「ジノの部屋だよ」

「へぇ……え?」


 思わず二度見してしまう。

 するとレオナルドは笑った。


「驚くほど何もないよね」


 聞けば元々部屋として置かれている物以外は置いていないらしい。本棚も本が数冊程度で、空白が目立つ。クローゼットの中は礼服や普段着など、本当に必要なものくらいしか入っていない。


「すっきりしてるね。それがまたジノルグくんらしいけど」

「でしょう?」

「ね、ねぇ。人の部屋に勝手に入るのはどうかと思うけど」


 入ってしまった手前だが、それでも気が引けてしまう。自分が同じ立場だったら嫌だし、色々中を見るのもまずい気がする。せめて本人からの許可をもらうべきではないだろうか。


 だがレオナルドはあっけらかんとする。


「ああ、大丈夫。部屋に鍵はついてないからね。貴重品は常に携帯しておく事が義務づけられているし、他の奴らも勝手に人の部屋に入る事があるんだ。ちなみにジノの部屋もこれが初めてじゃない」

「情報屋のレオナルドくんの事だから、色々入ってそうだね」

「あ、分かります? 他の奴らからは嫌がられますけど、ジノはけっこう許してくれるんですよ。あいつ曰く、『見ても面白いものはないから』って」

「そ、そう」


 それを聞いてほっとする。


 一応本人公認なら(といってもよくない事ではあるが)、まだ安心できる。それにしても、本当に何もない。森にある自分の部屋もあまり物はないが、それでも薬草が入った瓶が大量にある。騎士であるジノルグからすれば、いつも剣を身に着けているだろうし、部屋に置くものはないのかもしれない。


「ま、これを見て分かる通り、ジノは物欲がない」

「それはよく分かったわ」


 思わず溜息をつく。

 物を贈るのはどうやら却下だ。


「で、ジノの好きな事は剣の決闘とか身体を鍛える事だったりする」

「……なるほど」


 いわば仕事が好きみたいなものだろうか。

 だが怪我をした時は薬を作って渡す事はできるかもしれない。


「しかも無傷で相手がぼこぼこになる事が多い」

「…………」


 さっきの案はすぐに却下となった。

 これでは自分にできる事などないのかもしれない。


 すると案の定、レオナルドに言われる。


「ここまで聞いたら分かると思うけど、あいつに何かしてあげる、なんて事は考えない方がいいね」


 両掌を下に向け、肩をすくめてきた。

 レオナルドから言われるのだから、よっぽどなのかもしれない。


 サンドラは困ったように眉を下げ、こちらを見る。

 ロゼフィアはしばし視線を下にし、そして考えた。


 このまま諦めて何もせず終わっていいのだろうか。もしこのまま森に帰るとしても、何の礼もなく、帰っていいのか。それは――やはり、自分の気が済まない。


 すっと顔を上げる。


「それでも」


 二人が視線を動かす。

 そのまま言葉を続けた。


「私にできる事があるなら返したいの。だから、協力してほしい」


 必死の眼差しで、レオナルドを見る。

 すると彼は一度ふっと笑った後、真面目な顔をしてきた。


「いいけど、あいつは一筋縄ではいかないよ? それでも?」

「……いいわ。どうせ護衛もこれが最後だもの」

「ロゼ」


 森に帰る事は決定しているかのような口ぶりに、サンドラは思わず名前を呼ぶ。だがすかさずロゼフィアは「サンドラは黙って」と返した。これには口を閉じる事しかできない。


「決意は固いみたいだね。分かった。あいつはお礼をしても素直に受け取ろうとしない奴だ。でも紫陽花の魔女だからこそできる事がある」

「それは……?」


 レオナルドは口元を緩ませ、その方法を教えた。

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