第13話 蛙の花嫁 始まり

むかしむかしのお話。

とある小さな農村が山々の間に存在した、山を越えて栄えた他所の村と比べると不便さが目立つが自然に囲まれた豊かさが村の誇りだった。

田んぼの畦道を探検家のように駆けていく子供達が喉の渇きを覚え近くの家にお邪魔すると大抵家主は嫌な顔もせず冷たい麦茶を出してくれる。

‥‥たまに山へ子供だけで入らないように目を釣り上げて注意される事もあるが、ご近所同士の付き合いも深く、村全体が隣人のようになっていた。


そんな平和な村で子供達が相次いで行方不明になる事件が勃発した。一人、また一人と消えていく子供達に村人は集団で山々へ出向き消えた孫や我が子を探そうと必死に辺りを探すがその甲斐もなく手がかりすら掴めず藁を掴む思いで村一帯を収める村長の元に村人達はこうべを垂れた。

村長は人の理を超える存在を見る力があり、村人達はそれにすがるしか他に思い付く方法がなかったからだ。

村長の名は小林優一、村人からの信頼も厚い男で平和な村に戻す為に山へ単身飛び込み打って出る。


山にある一際大きな沼池の前に座り込み盃を二つ、そしてとびきり良い酒を用意すると胡座をかいて丸一日待った。

2日目の夕方に差し掛かる頃ゴボゴボと沼の底から気泡が溢れ泥を盛り上げるように何かが水面の外へと顔を覗かせた。


沼から出た何か、それは人の理を超える存在‥妖だった。優一はそれぞれの盃に酒を注ぐと沼にいる妖の眼前に盃を置き交渉の場を設けた。

村人が行方不明になる、力の弱い妖達が子供ばかりを狙って攫うんだろうと。

沼まで来たのはこの辺りで一番力の強い妖の気配がした為、そして交渉の内容は妖達を取り締まり人間に手を出さないよう秩序を作れという申し出である。


沼の妖は馬鹿げた話だとゲラゲラ笑い飛ばした。


そして優一は更に続けてこう言った。

「人間の酒は美味いだろう。お前が小物の妖を取り締まる間、小林家は恩を決して忘れず沼に酒を供えよう」と。

沼の妖は暫く優一を品定めする様に見つめると考えた末に申し出を受ける事にした。


それからと言うもの、村は平和そのものであり小林家も代々沼に酒を供える事を欠かさなかった。だが小林優一の代から暫く‥村の若者達は町に働きに出て行き小さな村が更に過疎化し、とうとう村に住む人間はいなくなりその時から自然と共に暮らす村は死んだのだった。


そして時代の流れを生きる小林家の人間も町へ移り住み妖を感じる事が出来なくなっていき、とうとう酒を供える事もしなくなっていった。

だがこれがいけなかった、沼の妖は供えを欠かした事に怒り何代か続いた空白の期間に利子を付けると後に小林家に生まれた力のある人間に申し出た。

その内容とは、次に生まれた女の子を嫁にするという無茶な要求だった。









「爺ちゃんはいつもこの話をしてくる、面白くないしつまんない!」


「優、これは御伽噺ではないんだよ。御先祖様は特別な御力を持っていて、同じく優も‥見る事が出来てしまう‥更に女の子だからその見る目の力はより強く‥うっすらと見える爺ちゃんとは違うんだ。お前の優と言う名前は力の強い優一様、御先祖様が御守りして下さるようそこから一字頂いたのだ。」


「はいはい。そーなんだ。」


ミンミンと耳障りな程の蝉の音が家を取り囲むようにあちこちから聞こえる夏の日、親が出かけている間に暇になった優は祖父の部屋に菓子をもらいに来ていた。

優は生まれた時からたまに不思議な物を見た。それは他の人には見えないような物、妖。

最初は騒ぎ立てていた優だがうっすらと同じく妖が見える祖父に道を示してもらい頭のおかしい子と近所の人から悪目立ちもする事もなく、たまに小さな妖が疑ったように風でスカートをめくって来るが特に困る事はなかった。

祖父は何度も優に言った、そこに無い物として生活する事こそが妖との縁を紡がない安全な生き方なのだと。


そんな大好きな祖父は優の我儘にいつも答えてくれ、ニコニコと微笑む顔しか優は見た事がなく時折出かけると暫く帰って来ない不思議な人だった。

そんなある日、蜩が鳴き夏の終わりを告げる頃‥優は祖父に部屋に呼び出された。

普段と雰囲気の違う祖父の前に恐る恐る正座すると祖父は優を抱きしめ、震えてしわが増え小さくなった目からボロボロと大粒の涙を流す。

痩せ細った腕からは弱々しい力しか伝わらず、優は何が起こったか分からず困惑した。


「ごめんなぁ、‥爺ちゃん‥もうお前を守ってあげられん‥」


「え‥?何のこと‥爺ちゃん‥?」


「儂の代で終わらせられなかった‥」


当時の優は状況が分からず、思わず祖父の腕を自力で解くと泣いて逃げ出してしまった。

だがその晩、祖父は突然息をひきとった。

逃げ出した自分への激しい後悔と悲しみに胸を痛めているとその日から身の回りの生活が徐々に変わって行く事に気付いた。


寝室から生臭い臭いが立ち込める日もあったがある日、夜中に目が覚めたかと思えばズルズルと家の中を何かが徘徊していた。とてつもなく恐ろしい物がやって来たと思い、自室から死んだ祖父の部屋まで足音を忍ばせて移動すると祖父の仏壇の裏に身を潜める。

するとそれらはズルズルペタペタと音を立てながら祖父の部屋にまで入ってきた。それは大きな‥大人位の背丈を持ち、横にブックリと膨らんだ蛙だった。大きなイボが首や頭に沢山出来ていて、ギョロギョロと辺りを見渡すように動く目玉に歩いた後にはベッタリと粘液が道を作る様子に優は固まった。

何て汚らしい蛙なんだろうと思っていると何匹かの大蛙は二本足で仏壇の近くまで歩いてやって来た。

優は祖父に祈るように息を小さくか細くするよう努めると大蛙達は話出す。


「女の子が生まれたと思ったのだがどうなんじゃ、さっきの部屋に女の子の服があったぞ。」

「約束通り嫁にもらいに来たと言うのに、我等を見る事も出来ぬ無礼な家だ。」


優はその時に漸く祖父の言っていた事を理解した、御先祖様と妖の約束は御伽噺なんかではなく‥そしてこの大蛙達は供える事を止めてしまった事に怒って自分を嫁にもらいに来たのだ。

何故自分なのか‥‥小林家は代々男しか産まれなかった、そして大昔の尻拭いを女に産まれてしまった為に自分に押し付けられたんだ。


「仕方ない、また日を改めてくるとしよう。」

「ああ、どんなに上手く儂らから隠れ続けても初潮が始まれば何処にいようと臭いで分かる。」


大蛙達が帰って行く姿をガタガタ震えながら見送り優は絶望した。

どんなに努力して隠れ続けてもやがては無理矢理攫われてあんな汚い蛙達の嫁にさせられる‥どうして私なんだ、何故女として産まれてしまったんだと。


それから翌年、親の仕事の都合により日本から離れるようになると聞き海を跨げば逃げられると一時は喜んだが妖に距離なんてものは関係なかった。


優はその日から女である事に嫌悪感を覚え、女の象徴と思える物は次々に消していった。

長く伸ばした髪も無理矢理キッチンバサミで滅茶苦茶に短く切り、スカートや可愛らしい髪留めも処分して男物の服を着て言葉使いも男の話し方に変えた。


女という自分を嫌悪する余りに感覚も男にやがて近づいて行き、可愛い女の子を見ると胸が高鳴るようになり‥やがて自分の名前も変えて名乗るようになっていった。

優の心は限りなく男であり、男の身体がとても欲しかった。


そんな優がある日プラプラと家から出て歩いている時に目を惹く人間がいた。指通りの良さそうな金髪に長い睫毛、空のように青い瞳にスッと通った鼻筋に薄い唇‥優の胸は高鳴った。


(なんて可愛い女の子なんだろう。)


そしてその人間はバス停の看板を見る為に靴を脱いでベンチに立ち、食い入るように覗いている。ベンチの上に立つのに土足のまま乗らない上品さも優にとって好感が持てた。

そしてその人間の傍に妖もいる事に目を疑った、刀を携えた全身鎧の妖が一緒にいる。


(なんで!?っつーか、あの子気付いてるのか?‥なんで妖が、しかもあんな外国の可愛子ちゃんとデートしてるんだ)


妖に対する興味とそれと一緒にいる人間の顔がとても好みだった為、優はバス停の看板に顔を貼り付ける位至近距離で見つめている人間と関わろうと思って声をかけたのだった。


「博物館までは遠くなさそうだね歩いて行こうか。」


「博物館まで歩きはないだろ~。断然バスの方がいい、自転車に乗るならまだいいけど。」


優が背後からその人間を挟んで看板に腕を伸ばして指でコツコツと地図を叩くとその人間は驚いたように振り返り、その綺麗な瞳に優を映した。


(やっぱ可愛いな‥)


それがアダルバードと桜燐丸との出会いだった。

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