第11話 優一君
ガタガタと忙しなく揺れるバスの中でアダルバードが固まっている間、優一は慣れたように支払いを済ませるとアダルバードの手を引いて入り口から一番近い座席の肘置きにアダルバードの手を持たせて座れるよう配慮した。
アダルバードは素直にそこに座ると窓際まで手探りで詰めて隣のシートを手で軽く押すようにポンポンと叩く、優一は「サンキュ」と言いながら2人並ぶように座り博物館に着くまでの時間は会話に花を咲かせる。
優一は話すのが上手な子供で日本から来た当時の話や街中でのお気に入りのお店、訛りのある英語がまだ上手く聞き取れない事なども話し時折アダルバードの反応を伺いながらも会話を広げて行った。アダルバードは始めこそ緊張していたがすっかり優一に対して好感を持ちバスにも酔う事もなく時間を忘れて楽しんだ。
いつの間にかバスは博物館前まで着くとまたブルブルと大きな動物が身震いするように揺れながら速度を落としゆっくり停車すると出口の扉が開いた。
「着いたぜ、乗り物酔いがなくて良かったな。また御手をどーぞ。」
「優一君は僕より紳士だね。ふふふ」
すっかり仲良くなった2人は手を繋いで出口から数段の階段を一段ずつ降り、地面には2人で跳ねるようにジャンプをして着地をすると顔を見合わせて声を上げて笑った。
(そういえばさくらは‥?)
アダルバードが桜燐丸の姿を探すと彼は二階建てのバスの屋根に仁王立ちで腕を組んでいた。
アダルバードがホッとしていると桜燐丸は屋根から音もなく飛び降りて優一に手を引かれるアダルバードの後を追う。
「そういえば、俺が話してばっかだけどそろそろ君の事を聞いていいだろ?名前を教えてよ。」
「そうだった、名乗らず無礼な事をしちゃってごめんね。僕の名前はアダルバード・アンデルセンと言います。」
「ひゅー、かっこいい名前‥‥って‥え?男?」
優一が食べ終えたロリポップのゴミをぐしゃりとポケットに入れながら固まっているとアダルバードはニコニコ笑いながら頷く。
「えー!女の子かと思ったのにー!嘘だろー!
いや‥そんな、まさか!冗談だよな!?そんな可愛いのに!?くっ付いたら良い匂いするのに!?」
「僕は男の子だよ~。あ、だからお話しながらペタペタくっ付いてたのか~」
優一がアダルバードの肩を揺すり自分の頭をクシャクシャと掻き回しながら無念そうに声を出すとそのまましゃがみ込んでしまった。
「いやまあ、ナンパしたくて声かけた訳じゃないからいーけどさ。俺も博物館で見たい物あったし」
「良かった、無理に付き合わせたのかと思って心配したよ。」
優一は気を取り直したかのように立ち上がるとまた「ホレ」とアダルバードの手を握って引きながら博物館内に向かって歩き出しアダルバードは「杖要らずだね。」と微笑んだ。
博物館内は突き抜けるように天井が高く天辺は壁とは材料が別けられ大きなガラスが張られてあり太陽光が燦々と館内に降り注ぐ。指紋一つ残さぬよう磨かれたガラス張りのケースの中に沢山の展示品が並んでいて優一と1つ1つ見学しながらアダルバードはケース外にある説明文に顔を近づけて少しずつ読んでいく。
「何探してんだ、アダルバード。」
「さくら‥でなくて、日本のコーナーを探しているんだ。」
「ならここら辺だからゆっくり楽しみな。
俺も目当ては日本のコーナーなんだけど、あっちから見ていくから。」
優一はポケットに手を入れたまま桜燐丸の脇を通り別のガラスケースから見始めている。
アダルバードも自分の世界に入るようにケース外の説明文に目を凝らす。ケースの中は勿論の事見えないし展示品を手に取って至近距離で見る事も出来ない為唯一残されたのは説明文を読む事だけだった。
だがおかしな事にとても近くでヒソヒソと話し声が聞こえてきた。アダルバードの周りには同じ見学する人間はおらずどう言う事かと辺りを見渡すとガラスケース内から聞こえてくるようだ。そこには紙本墨画の絵描き物、鳥獣戯画が展示されているがおかしな事にアダルバードの濃霧がかった世界にまたハッキリと見える物がある。
それは絵だった。蛙や兎などが筆で自由に、そして繊細に生き生きと描かれておりそれらが動き出してピョンピョンと飛び跳ねている。
アダルバードは呆けたように見入っていると蛙が語り始め兎が答え出した。
「童め何を見ておるか無礼者」
「そうだそうだ無礼者。おや待てしかし蛙や、もしやこの童は真の意味で我等が見えておるのやもしれぬ。」
「なんだと兎、このような間抜けな異国の童に見える訳がない。それは杞憂よ」
「それもそうだ、妖に魅入られでもせん限りそんな人間がおいそれといる訳がない。」
蛙が腹を抱えてゲロゲロと笑い兎がテンテンと後ろ足2本で立ち上がって交互に足を跳ねさせて舞っているとアダルバードはクスリと笑ってガラスケースに近づいた。
「こんにちは、君達はとっても仲良しなんだね。」
「ぎゃ~!見えている~!」
蛙と兎が紙面の世界でグルグルと慌てふためくように回りアダルバードは慌てて宥めようとしていると隣から面白そうに笑う声が響いた、すると隣に展示されている焼物の壺からスラリとしなやかに女の腕が伸びた。
底につれて大きく広がり空いた入り口にかけては狭い壺から出た腕は青白く白魚のような手をしており指先を艶かしくユラユラと動かしている。
「こんにちは。」
少し戸惑ったアダルバードはすぐに平静を取り戻して挨拶すると腕が出ている壺の中から女の声が聞こえる。
「礼儀のある坊やだこと、アタシは好きだよもっとよく顔を見せて」
女の指がヒラヒラと手招きをし、アダルバードが顔を近づけると手を広げてガラスケースを摺り抜けアダルバードの顔めがけて腕を伸ばす。
「いやぁあ~っ!」
突然女の腕がアダルバードの顔から離れるとドタバタと腕を振り回して壺に引っ込む。
絹を裂くような女の悲鳴が壺から聞こえガタガタと壺が振動する中、桜燐丸がアダルバードの隣に立ち手首を振るい握っている物を捨て去るとボトボトと女の指が5本地べたに落ちた。
それを見たアダルバードは声も出せずヒュッと息を飲むとワナワナと口に手を当てて動けずにいる。
「アタ‥アタシの指ぃ~…酷いじゃないのさ桜燐丸、アンタ男前だから優遇してやってるっていうのに‥。」
一瞬の出来事に同じく固まった鳥獣戯画の蛙がハッと我に返ると兎と顔を見合わせキーキーと声を出しながらクルクル回っている。
「恐ろしや!お前は綺麗な物に目がなく童の顔を皮ごと引き剥がそうとしただろう!」
「恐ろしや恐ろしやー!」
「違うわ顔と目玉をもらうだけで命まで取るつもりはないの‥も、もうこの坊やに手を出さないからやめておくれよ」
桜燐丸は刀を抜くまでもないといった様子で手を獣のように広げてギラギラと爪のような指を掲げてガラスケースに入った壺に歩み寄ると壺はギャッ!と跳ね上がる。
アダルバードは咄嗟に桜燐丸の腕に抱きつきギュッと力を入れ桜燐丸を見上げると鬼のような仮面がアダルバードに向く、ビクリと怯えながらもアダルバードは決して離そうとしなかった。
桜燐丸が呆れたように腕を揺すりアダルバードを離すと興醒めしたように大人しくなり、アダルバードはポケットからちり紙を取り出し床に落ちた指を恐る恐る拾い上げて綺麗に包むと壺の展示されてるガラスケースの上に置く。
「ごめんね、失って困らない所はないんだ‥君も困るだろうから指をここに置くね。スラッと長くてとても綺麗な指だと思うよ。」
「‥‥‥うう‥‥。」
桜燐丸は仮面越しではあるが壺を冷ややかに見おろすとバサリと髪を揺らしながら身を翻す。
「待ってさくら、一緒に君を見に行こうよ。」
「お待ち坊や。」
アダルバードが桜燐丸について行こうとすると壺の女がアダルバードを引き止めた。
「アンタ‥‥良い事一つタダで教えてあげる。」
「良い事?」
「アンタが一緒にここに来た生意気そうな餓鬼がいるでしょう?」
「優一君の事?でも優一君は生意気じゃないよ?」
「いいからお聞き、あの餓鬼‥」
「アダルバード!」
壺の女の声を掻き消すように優一が駆け寄りアダルバードの肩を笑顔で揺する。
「窓際にでっけぇ刀があったぜ!刀って分かるか?日本の剣の事だよ!」
「え!きっと桜燐丸の刀の事だ!僕ずっと見たかったんだ!」
アダルバードは目を輝かせ、桜燐丸の手を握って優一の言う窓際の展示ケースまで駆けていく。桜燐丸ははしゃぐアダルバードに手を引かれやや早足になりながらも展示ケースへと向かい壺の展示されてるケースには優一と異形の者達がポツリと残った。
「余計な事を言うなよ、アダルバードは友達なんだ。」
「あーらあの坊やは可愛げがあるから忠告してあげようとしたのに。余計な災難抱え込むなって」
「そうだ!お主は可愛げすらない間抜け!ゲロゲロ!」
優一が壺を睨みつけると鳥獣戯画の蛙は目玉を細めて大笑いをしている。
「黙れ落書き、俺は世界で一番蛙が嫌いなんだよ。」
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