第10話 歳上のお友達


アダルバードは桜燐丸の手を引きながら歩き続けている内に段々と疲れてしまい、歩を進める足が棒のように感じてきた。

毎日自室のベッドにいたせいもあり、筋肉量が同い年の子供と比べるとかなり少なく体力も殆どない為しまいにはしゃがみこんでしまう有様だ。


「つ、疲れた‥足がぱんぱんだよ‥。きっとお店の通りからかなり歩いたよね」


アダルバードがしゃがんだまま桜燐丸を見上げると黙って首を横に振られてしまいアダルバードは「ふしゅ~」と力が抜けたような声を漏らす。そうしていると歳が近そうな幾人もの子供の声が通り過ぎて行った、どうやら幼い子供達がはしゃぎふざけながらアダルバードを追い抜かしたようだった。

アダルバードは無言で杖に体重をかける形で立ち上がるとヨロヨロとまた歩き出した。


「み‥みんな元気だね‥。きっと目的があるからあんなに楽しそうにしてるんだね‥」


「そうだ‥ねえさくら、君を見てみたいんだ。」


桜燐丸はそう聞くやアダルバードの頭を片手で鷲掴みにして自分の方向を振り向かせた。


「それもあるけど、桜燐丸としての君がいる所に行ってみたい。博物館にいるんだよね?」


桜燐丸はアダルバードの言う事を理解したように頷くと手を引き道を足早に進むと道路を横断して道端に立つバス停まで導く、バス停に立つ看板にはバスの順路と簡単な地図が乗ってあり博物館へも行けるようだった。


「僕お金を持って来てないや、歩いて行けるかな。」


靴を脱ぎ看板近くのベンチに足をついて乗り上げ背伸びをして看板に顔を至近距離まで近づけると桜燐丸を見上げる。桜燐丸はなんて事ないといった様子で現在地を尖った指先で示して博物館までの順路を追って行く。


「博物館までは遠くなさそうだね歩いて行こうか。」


「博物館まで歩きはないだろ~。断然バスの方がいい、自転車に乗るならまだいいけど。」


アダルバードの背後から誰かの腕がぬっと伸びて看板のバス番号をコンコンと指で軽く叩いた。

アダルバードが振り返るとすぐ後ろには茶色みを帯びた黒髪を耳にかかる程無造作に伸ばした子供が立っていた。口にはロリポップを咥え、無地のパーカーに迷彩柄のズボンを履いていてアダルバードよりも身長が拳二つ程高い。


「‥‥‥‥へーー。」


子供はまじまじとアダルバードを見つめるとアダルバードの肩まで伸びた金髪をサラリと指で流すように撫でた。視覚に頼る事の出来ないアダルバードにとって突然自分の髪を触られたのでビクリと跳ね上がり、立っていたベンチの上からバランスを崩してそのまま倒れていく。


(さくらっ‥‥‥!)


心臓が一気に縮んだような感覚‥全身に緊張が走り咄嗟に桜燐丸へと手が伸びるがそれを掴んだのは彼ではなかった。


「ごめん、そんなに驚かせるつもりはなかったんだ。」


子供がアダルバードの手を掴み引き寄せ、腰を抱く形でベンチから地面に倒れ落ちるのを阻止した。桜燐丸はまるで置物のように腕を組んで焦りもしないで様子を見ている。


「こちらこそ、ごめんなさい。ありがとうございます。」


「敬語使わなくていいよ。ところで博物館に行きたいっぽいね、たまたま後ろから見てたけど。バスに乗ってけばいいよ。時間的にはもうすぐここのバス停を通るから。」


子供はアダルバードから腕を離し時刻表を指すとアダルバードは困ったように俯く。


「お金持って来てない。」


「‥‥まじ?‥あー、なら一緒に行こうよ。バス代位なら奢るから。」


子供はポケットから黒い細布を取り出すとヒラヒラと揺らした、アダルバードは不思議そうに見つめ返すと子供はニッコリ笑って見つめ返す。


「俺の名前は小林優一、7歳。ここに住んでもう3年位経つよ。」


「ゆう‥いち‥君?もしかして日本人?」


「そう、家族ぐるみの都合って奴で外国に移住する事になってさ。見た目で分からない?」


優一はアダルバードの手に持つ杖と先程の驚愕ぶりを思い出し「ああ、成る程」と一人納得した。


「尚更、一緒に行った方がいいね。君は可愛いから迷子になってオロオロしていると変なおじさんとかが声をかけてくるよ。」


(か‥可愛い‥‥?)


名前を聞いたとはいえ知り合ったばかりの人に奢られていいのだろうかとアダルバードは考えていると遠くから低く唸るようなエンジン音が近づいて来た、二階建ての真っ赤なバスが景色を割くように現れバス停を少し過ぎ去るとブルブルと震えながら停車した。


「時刻表より早‥‥。まあ‥それより早く乗らないとここら辺のバスは直ぐ発車するから行こうぜ。」


「ごめんね優一君、必ずお金は返すから。」


優一はアダルバードの背中を片手で押しながら乗り込み口へと向かい、先に自分が乗り込むと振り返りアダルバードへと手を差し伸べた。


「段差があるから捕まって、お嬢さん。」


アダルバードが咄嗟に差し伸べられた手を重ねるように握ると力強く引き上げられ、二人を乗車させたバスの扉は閉まっていく。

その場で知り合った二人が一緒にバスで移動する程遠くに向かうなんて、まるでアニータが昔にアダルバードへと読み聞かせた物語の主要人物のようだと彼は思った。それと同時に1つ疑問が頭に浮かぶ。


(僕‥?お嬢さんって‥‥?)

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