第8話 世界が広がる
桜燐丸がアダルバードの部屋に訪れるようになってから1週間が過ぎた。
桜燐丸とは筆談をして一日が過ぎたり、アダルバードが桜燐丸の髪の毛を三つ編みにして遊んだりと特別な事をする訳でもなく共に時間を過ごしていく。
そして桜燐丸が部屋から出て行くのは決まってアダルバードが就寝する時、アダルバードはいつも桜燐丸に「明日も来てね」と声をかけてから眠りにつく。
アダルバードはそうお願いしないと桜燐丸は来てくれないのではないかと思い毎日絶やさずお願いを続け、そして桜燐丸は答えはしないものの律儀にも毎日彼の元へ訪れ続けたのだった。
そして今日も桜燐丸は室内の絨毯に胡座をかいて座り、アダルバードは向かい合うようにクッションに座って2人で時を共に過ごす。
「さくら、日本にはこんな頭を使う遊びがあるの?」
アダルバードは桜燐丸とあやとりをしながら声をかける。
桜燐丸の指は先まで鱗のように細かい装飾が施され鋭い爪のように鋭利になっている。そんな両手は向き合うようにアダルバードの前に広げられ、10本の鋭利な指には細い紐が引っ掛けられ幾重にも重なりそして捩れ、菱型をいくつも紐で作る。
アダルバードは桜燐丸の姿、桜燐丸の一部であれば鮮明に見る事が出来るため、彼の装飾の一部である紐を結んであやとりをしていた。
「うーん‥‥こう!」
アダルバードが桜燐丸の指に掛かり作られた型に自分の指を通して桜燐丸から抜き取る。
ちゃんとあやとりとしての型が成り立てば続ける事が出来るが紐は解けて型を成さなかった。
「僕一回もさくらに勝てないっ」
何回も2人であやとりをして少しは続いたと思えばいつも自分の番で続けれず負けてしまう、すっかり拗ねてしまったアダルバードは紐を置いてクッションを抱きしめ顔を埋めて丸まる。
桜燐丸はそれを一瞥すると紐を解き、鎧をずらし自らの腰に括り付けてしまい込んだ。
「‥‥うー‥うー‥。さくら、他の遊びない?僕でも楽しく遊べるの」
「‥‥‥あ、そうだ。」
アダルバードが何かを思いついたようにクッションを傍らに置くと立ち上がり目を輝かせながら桜燐丸へ向き直る。どうやらもう機嫌は治ったらしい、だがきっといい思いつきではないだろう。
「お外に出よう!アニータや皆に内緒で」
突然の思いつきに桜燐丸はアダルバードの目を指し示す、アダルバードの見る世界は濃霧がかかったように人や物、景色ですら殆ど分からないのである。
まるで‥目の見えないお前が外に出て何をする、と問いているようだ。
「今まで僕の世界はここだけだったんだ、この部屋だけ!それを僕は嫌だとは思ってなかったよ、不幸とも思ってない、‥君と会うまでは」
「お願いさくら、僕と外に出て。道を歩くだけでいいんだ、外の空気や街の雰囲気を味わうだけでいいんだ‥僕の目になって」
アダルバードは胡座をかいて座っている桜燐丸へと歩み寄ると鬼のような仮面にそっと触れる。
「きっと、今日諦めてもずっと僕はお願いすると思う。だって仕方ないよ‥行きたいと思っちゃったんだもん。」
思いつき、そしてそれを焦がれ始めたらもう思わずにはいられない、追い求めずにはいられない。
例え‥遥か遠く、手を伸ばしても届かない所に求めるものがあったとしても一度焦がれたら
焦がれてしまったら
桜燐丸はこの感情を知っている。
「さくら?」
反応がない桜燐丸を心配そうにアダルバードは見つめていた。
桜燐丸は立ち上がりアダルバードの背中へと手を伸ばすと後ろ身頃を掴んで軽々と持ち上げベッドに立て掛けた杖を掴むといつも自分が出入りしている窓辺へと向かう。
「さくら!もしかしてお願いを聞いてくれるの?嬉しい!」
アダルバードはプラプラと吊り下げられながら嬉しそうに手足を伸ばす。
桜燐丸は窓の縁へ足をかけるともう一度アダルバードを一瞥する。
「さー!冒険の始まりだ~!!」
桜燐丸が衣服を掴んでる手をユラユラと左右に振ると振り子のようにアダルバードが大きく振れる。
「うわ~っ!ちょっと探索するだけだよ~!さくらありがとう~!」
アダルバードがすっかり大人しくなると桜燐丸は彼の身体を抱き直し、縁を軽く蹴り飛び立つ。
桜燐丸は空高く、なだらかな半円を描くように跳び上がるとアダルバードは視界が見えないながらもフワリと腹部から自分が浮いているような感覚が突き抜けるのを感じた。
少しの不安と沢山の好奇心、生まれて始めての外界にアダルバードは出た。
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