第6話 一緒にいて欲しいんだ

「‥ね、僕とお話しよう?僕を殺すのはその後でもいいんじゃないかな?」


アダルバードは目の前の影に微笑みかける。

影は暫く微動だにしない後に座り込んでいるアダルバードと視線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「‥‥僕と、お話してくれるの?」


アダルバードは何を考えているか分からない影の姿が気になりそっと小さな手を伸ばした。

触れると冷たいツルツルとした鉄のような感触がした、そのまま触っている手をそっと頭部があるであろう付近まで撫でるとサラサラと指の間を通る髪の毛に触れる。


「君の髪の毛はサラサラだね」


アダルバードが指を通り抜ける髪の毛を撫でていると影は彼の髪を掴んで壁に押し当てると覆い被さるように近づく。


「いててっ」


アダルバードは掴まれた髪に痛みを訴えると影から伸びた指が彼の上瞼と下瞼を上下に引っ張り眼球が剥き出しになるのではないかという位見開かされた。


痛いと思いつつも影の好きなようにさせようとアダルバードはジッとされるがままになっている。


「僕の目はね、殆ど見えないんだ。こんなに近くにいるのに‥君の事も影のようにボンヤリとしか見えない‥君はどんな姿をしているんだろう‥」


アダルバードがそう話すと影はそのまま見開くように上瞼と下瞼を触る指を離すと両手の指を改めてアダルバードの目に近づけていく。


「‥?なに‥‥を‥‥」


睫毛にまで触れる位影の両手の指が近づくと反射的にアダルバードは逃げようとするが、壁に押し当てられるように影に覆い被さられている為逃げられず、とうとう影の指がアダルバードの両目の周りに着く。



ズプリ‥‥


そのまま触れた指がアダルバードの内側に沈んでいく、沈んだ指々が自分の眼球を内側から触っているような感覚がしてアダルバードは声をあげる。


「やっ‥やだ、何してるの?目を取ったりはされたくない」


アダルバードの目に触れるように顔の中にズブズブと沈んだ指を暫く動かすと指を抜いていく。


アダルバードは目の中を弄られた感覚がして自分の手で目の周りを触ったり擦ったりしたが外傷はなかった。

だが彼が影に向き直ると決定的に先程と違う変化があった。


「君の‥‥事が見える‥」


アダルバードは自分の目の前にいる存在が、影ではなくハッキリと見えたのだった。


胴体にはツルツルとした黒漆を塗ったような甲冑、そこから繋がる下半身に連結するように鉄の板が太縄で結われており、白い袴が間から出ている。そして肩から肘にかけての部位には薄い鉄をずらして重ねられ、太縄で結われて固定されており、腕の部位も鱗のように鉄が重ねられて胴体と同じように艶やかに光っていた。


そして腰には通常よりも刀身の長い刀が鞘に収まっており、顔には鬼のように角の生えた仮面を装着し、鎧と同じような艶やかな長い髪は後頭部で1つに結われている。


「君は‥‥全身鎧を着ているんだね。」


アダルバードは呆けたように口を開いたまま目の前にいる鎧の男を頭先から足まで何度も目で往復した。

鎧の男は仮面越しにアダルバードを見つめ、再び彼の髪を掴んで引っ張る。

力が強い為引っ張られる度にアダルバードの頭は力のかかる方へ傾いた。


「痛い~!僕の髪は君の髪とは違うよぉっ」


アダルバードは鎧の男の手を離すように弱い力で叩くと鎧の男は手を離した。


「君は僕以外の人の髪を見た事ある?」


アダルバードの問いかけに鎧の男は黙って頷いた。


「僕みたいな金髪が多かったでしょ、でも‥僕は君の黒くてサラサラな髪がとっても綺麗だと思うなぁ、だってこんなにハッキリと見えるなんて初めてで‥まるで夜のような色だね。」


アダルバードはそっと鎧の男の髪を触ると自分の顔に髪を近づけて己の金髪と並べて笑った。


「あ!‥‥そうだ!‥君が僕の目を治してくれたんだよね!今なら外に出たって平気かも‥!」


アダルバードは勢いよく立ち上がり走り出そうとしてまた転んでしまった。

今度は景色がボヤけてまるで分からない、鎧の男はハッキリと鮮明に見えるのにそれ以外の景色は今まで自分が見て来たソレと変わらなかった。


「もしかして‥見えるようになったのは君だけ?」


アダルバードの問いかけに鎧の男は小さく頷く。


「そっか‥‥でも、ありがとう‥本当に。見える物が1つでも出来ただけで、こんなに世界が変わるんだね。」


アダルバードは握手を求めるが鎧の男はそれに応じなかったので、屈んでいる鎧の男の首元に腕を回して軽く抱きついてハグをした。

鎧の男は一瞬身を硬ばらせると立ち上がりアダルバードを無理矢理離した。


そして再び刀の柄を持ち、抜こうと構えた。


「そうだった、君は僕を斬りに来たんだね。」


アダルバードは悲しそうな笑みを浮かべると逃げも隠れもせずによろよろと立ち上がり、首を差し出すように顔を上げ、目を閉じた。


(‥もう少し、ワガママを言いたいなぁ‥)


鎧の男は鞘に刀を納めたまま身を低くし、そのまま刀を抜いてアダルバードの首まで一筋を描くように抜き去る。


「君の事をもっと知りたいな、君は新聞にあった刀のゴーストだよね?」


ふとアダルバードが目を閉じたまま呟くと彼の首寸前で刀の刃は止まる。

彼の肩まで伸びた金糸の髪はハラハラと床に舞うように落ちていったが、白く細い首はなんともなかった。


「あ、当たってた‥?僕、言ったタイミング悪かったかな‥?」


アダルバードはパチリと目を開けると申し訳なさそうに首を傾げた。


「君はどうして人を斬るの?」


その問いに鎧の男は答えない。


「もしかして、分からない?‥へへ、僕と一緒。どうして生きているか分からない‥」


アダルバードは無邪気に笑みを返すと自身の首に当てられた刃に指をソッと触れさせた。

それだけで彼の白い指の表面は斬れ、赤い液体が溢れ出し、床へと落ちていく。


「僕の中に流れる物も赤いんだね」


自分の指を見てもボヤけて何かすら分からないが鎧の男の刀に滴る赤い色はハッキリと見えた。


「僕ね、自分の存在する意味も分からないし‥君ももしかしたら、僕みたいな気持ちなのかな?だから‥僕達一緒にお互いの存在の意味を探さない?‥僕の事は殺していいよ。でも今は殺さないで欲しいんだ。」


アダルバードは困ったように笑い視線を移すと刀身に反射する月の光を見つめた。

淡く輝く光がゆらゆらと刀の中で揺れ動き、触れてしまえばまた自分が斬れてしまうがそれはなんて綺麗なんだろうと思った。


「今日、僕に沢山のものが与えられてもう少し生きたくなっちゃったみたいなんだ。」


鎧の男は表情が見えないが仮面を通してアダルバードの真意を伺うように視線を逸らさない。


「あ、でもこんな言い方しちゃったらまるで生きたくないみたいだよね?えーと‥どうしようそんな事言ったらアニータも皆悲しくなっちゃう。‥‥ええと、話が長くなっちゃったね。僕も何を言ってるんだろう」


自分の頭を両手で押さえたままアダルバードはブツブツと考え込むと眉を下げたまま自分を見つめ続ける鎧の男に向き直った。


「僕と一緒にいて下さい。」


鎧の男は暫く動かず、やっと動きを見せたかと思えば刀を鞘にしまい窓辺へと歩いて行き縁に足を乗せ出て行こうとする。


「待って、怒っちゃった?ごめんね、もう来てくれないの?」


冷たい風が外から吹き抜け窓の縁に足を置く鎧の男の髪をもて遊ぶように揺らす中、鎧の男に続いて窓辺に来て寂しそうな顔を浮かべるアダルバードへと振り返る。

そしてアダルバードの服の胸倉を掴むと乱暴にベッドへと放り投げた。

跳ね返るように分厚い敷布団と掛け布団に落ちたアダルバードは慌てて起き上がると窓辺を見つめた。


「お休みなさい!また‥また明日も来てね!」


アダルバードがベッドから鎧の男に遠慮を織り交ぜながらも大きな声を上げる。

鎧の男はアダルバードの言葉に答えず窓の縁から跳び去り、夜の闇へと消えていった。


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