第5話 対面
「‥‥‥‥だあれ?」
アダルバードは全く状況が掴めずにいた。
部屋でずっと例の通り魔事件の犯人と思っている刀のゴーストの事を調べてそのまま疲れはてて眠っている時、冷たい風が首筋を撫でて目を覚ました。
すると部屋の中、月明りの下で何かがボンヤリと佇んでいる影だけが視認する事が出来たのだ。
「アニータ‥?」
アダルバードは首を傾げて佇む影に問いかける、影はうんとも応える気配もなくアニータが部屋に来た訳でないとアダルバードは思った。
「まさか‥‥母様‥?」
アダルバードは影を見据え、目から涙が溢れて止まらなかった。
「母様、あのね‥、えっと‥嬉しい‥すごく嬉しいよ‥!来てくれたんだね‥!でも、何から話そう」
アダルバードは服の袖で自身の涙を拭いながら影に笑いかける。
母親と2人だけで対話などしたのはいつ以来だろう、そう思いながら胸に嬉しさが込み上げて来たのだった。
「そ、そうだっ‥!母様、僕すごく嬉しかったよ!僕の誕生日プレゼントにぬいぐるみをくれた事!!」
アダルバードは一緒にベッドで眠っていたテディベアを抱き上げるとベッドから急いで降りて駆け寄ろうとする。
だがアダルバードは急ぎ過ぎたのか、普段なら犯さない失敗‥ベッドに立て掛けた杖に足元を捕らえれて大きく転んでしまった。
「うっ!!」
視力が殆どない状態での横転は彼にとってはとても危険で、顔から床に大きな音を立ててぶつかった。
「え‥、えへへ‥‥僕‥駄目駄目‥だね‥」
ジワリと痛みで目の前の薄ぼやけた視界が揺らぐ中、モゾモゾとアダルバードが座り直してテディベアを影に見せるように掲げた。
すると。
「え‥‥?」
掲げたテディベアの首は一瞬にして真っ二つになり、跳ばされた頭部は宙に弧を描いて床に鈍い音を立てて落ちた。
「母様‥‥?え‥え‥?」
何が起きたか理解出来ずアダルバードは真っ二つになったテディベアの断面を恐る恐る手で触った。
フワフワとした棉の感触が手に当たり、そこに有るはずの頭部が損失している事から何が起きたかようやく理解して困惑した。
影はガチャリガチャリと金属同士が擦れ合うような音を立てて歩くとアダルバードの目の前まで歩みを進め、アダルバードが抱いている残ったテディベアの胴体を蹴り上げた。
そしてアダルバードの首を片手で掴み、軽々と影の頭身より高く宙へ持ち上げると顔を覗き込んだ。
「っ‥‥あっ‥‥」
冷たくて硬い爪のような手で掴まれ、気管を締められている感覚、視界の見えない恐怖、息が上手く出来ない、苦しい、苦しい、肺に空気が送れない。
アダルバードは目を見開きながら弱々しい力で自分の首を持つ腕を触る。
触った腕は硬く冷たく、まるで鎧のように感じた。
(母様‥じゃ‥ない‥)
ガクガクと手脚が痙攣し、見開いた眼球は慌ただしく動き、意識が遠のいていく中、影は首を傾げるような動きをした後で掴んでいた首を離し、アダルバードはドサリと床へ落ちた。
「ゲホッゲホッ!!ォエエ‥!」
アダルバードは身体を丸めて嗚咽混じりに咳込み、ヒューヒューと笛を鳴らすような音を立てながら肺に空気を送り込んだ。
「た‥‥す‥け‥‥‥‥」
アダルバードはヨロヨロと四つん這いで助けを呼ぼうと電話の所まで這っていたが影は彼の細い腕を掴み乱雑に電話とは正反対の窓辺へと投げ飛ばした。
アダルバードは背中から壁にぶつかりプルプルと痛みに呻き声を上げていた。
(僕は‥‥‥殺される‥‥‥ああ、でも‥僕を殺した後‥他の人を傷つけたら‥嫌だ‥)
節々が悲鳴をあげる身体を抱きしめるように床に丸まっている中、どこか冷静に考える自分がいた。
すると彼の耳にはギギギ‥と金属が鉄と擦れあうような甲高い音が入り、背筋を騒つかせた。
(刃物を引き摺ってるような音‥‥)
死ぬ‥自分もテディベアのように鋭利な刃物で首を跳ばされる、そんな‥自分がこれからどうなるかがグルグルと頭の中を巡っている中ふと自分自身気が付いた事があった。
(僕‥‥痛い事は恐いけど、‥案外死ぬ事に嫌な気持ちってないんだぁ‥‥)
いつも同じ場所で朝から晩まで寝て過ごす、目が殆ど見えないから外にも出た事がない、母親の愛情を感じたのはずっとずっと昔。
考えないようにしてきた一抹の不安、自分は母親に愛されてなんかいない。
「‥‥‥‥ねえ。」
アダルバードは自分に近寄る影に向き直ると自分自身に出来る精一杯の笑顔を作ると優しい声色で訪ねた。
「僕の名前はアダルバード、君の名前は?」
近寄る足音が、丁度アダルバードの目の前で止まった。
「最後に、一緒にお話をしよう」
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