第2話 その母親アナスタシア、事件の始まり
アダルバードの母親はアナスタシアと言う名前でアダルバードと顔立ちのよく似たそれはそれは美しい女性であった。
長い睫毛から覗く青い瞳は透き通るようでどこか憂いていて長い金糸の髪は緩やかなウェーブがかっており額縁に飾られた一枚の絵のような、そんな美しさが彼女にはあった。
そんなアナスタシアは、美しい外見とは裏腹に腹の底に湧き上がる野心があった。
中流家庭で育った彼女は働いて毎日の食事に感謝し、2着程の余所行きのドレスに後は破れたり汚れて着る事の出来なくなったら買い換えれる程の安い衣服を着る‥そんな生活が大嫌いだった。
自分は美しい、そう思えるからこそ毎日高くて綺麗なドレスに気分で使い分けれる種類と量の化粧品、宝石類が欲しかった。
洗い物をして手や指にあかぎれ等が出来る事すら我慢ならない、そんな彼女は金融業を立ち上げた後のアダルバードの父親、ホセに目を付けた。
ホセは見た目はアナスタシアと並ぶにはとても釣り合わない外見をしており、アナスタシアもホセは女を知らず真面目さと向上心で会社まで立ち上げたのだろうと思いアプローチを仕掛けた。
アナスタシアの思い通りホセは彼女に魅了され、
君なしでは生きられないとアナスタシアに毎日のように愛の言葉をかける位彼女を愛した。
結婚をし、子供も身籠って、召使いに毎日世話される身分となったアナスタシアは自分の計画がとても順調だと思った。
後は産まれてくる子供がホセなんかではなく、自分と似ていたら言う事はない。
そして産まれてきたのがアダルバードだった。
見た目はアナスタシアとそっくりで自分は神に愛されているとすら彼女は思い、赤ん坊のアダルバードを心底可愛がった。‥‥だが他の子供と成長や発達、運動能力の違いが気に触るようになり、医療機関にアダルバードを調べさせた所目に障害がある事が分かった。
そう分かると今まであんなに可愛がった我が子への愛情が一切なくなり、寧ろ煩わしさも出てきた。
完璧だった自分の人生計画の汚点とすら思い、
アナスタシアはアダルバードに一切関心を寄せなくなったのだ。
それをアダルバードが産まれるまで彼女に仕えていた召使いのアニータは知っており、アダルバードの召使いにしてくれるようアナスタシアに取り合ったのだった。
田舎に残して来た小さい弟達とアダルバードを一緒にする事も、ましてや哀れみで彼に愛情を注ぐのも失礼だとは思っていたが、純粋に母親に焦がれているアダルバードを傷つけたくなく、嘘をつき続けてしまった。
昨日のアダルバードの誕生日も、アニータからアナスタシアへ知らせてもアナスタシアは新しい宝石に夢中で「それより鏡を持ってて」と言う彼女に対し怒りとアダルバードへの哀れみで思わず自身のお給金からテディベアを買い、アダルバードへと嘘をついて渡したのだった。
「アニータ?」
アニータがふと思いに老けているとアダルバードから心配そうに声をかけられ、アニータはハッと我に返り何でもないと笑みを返す。
「ねえねえアニータ、僕気になる事があるんだけど。最近街で何か事件があるの?たまに会うアニータ以外のお手伝いさんが言ってた。」
アダルバードは外に出た事もなく、殆ど軟禁状態な為余り街の事を話すのは気がひけた。
それで街に行きたいと外への憧れが出てしまえば‥‥アニータは彼を外に連れ出す許可も貰えない為辛い思いをさせるだけだからだ。
「ええ、まあ‥悪い事件ですね。‥私も新聞で見たんですが人が斬られる事件が多発しているようなんです。」
「斬られる事件?」
「ええ、老若男女問わず身体を鋭利な刃物で斬られているんです。しかもそれは夕方の広場や人目につく場所で。‥‥そのおかげもあって斬られてもすぐ治療や手当をされて死人までは出てませんが‥不可解で怖い事件です。」
「でも、広場や人目につく場所で誰かを傷つけたら捕まらないの?」
アダルバードは身を乗り出しアニータへ問いを返す。
「目撃者がいないんです。」
「誰も見てない‥なんて、犯人はゴーストだっ。
怖いっ、だから僕は外に出れないんだね」
アダルバードはブルブルとテディベアを抱きしめると眉を下げる。
「そうですよ、アナスタシア様もホセ様もあなたが大切だからここで守っているのですよアダルバード様。」
アニータはその様子を見て外への憧れが出ない事に関しては安堵したが、怖がらせてしまった事に関しては少し可哀想になりアダルバードの頭を優しく撫でるとアダルバードが話を聞きながら食べ終えた朝食の食器を持って部屋を後にした。
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