第8話 交渉

 あの小男に事件から4日が過ぎた。警察や俺たちの組織の調査員が入っているにも関わらず、調査はあまり進んでいない。

 わかった事と言えば、俺たちの組織と敵対しているテロ組織のある一部が、動いているらしいという事。くだんのテロ組織は何度かやり合ったが、全てが厄介極まりない。そう思うと気が滅入めいる。


 傷を負ったカイの方は、治療も終わって、今はいつものテラス席でノンビリ日なたぼっこ。真奈美と俺は、カフェの営業に汗をかいている訳だ。

 今日入荷した、焙煎が終わって炭酸ガスが抜けたばかりのコーヒー豆の香りを確認し、その香りに酔いしれていると、




 ヤツがやってきた。




 カラン

と出入り口の扉に取り付けたベルがなると、ミラーシェードのサングラスにオールバックのスーツ姿の男が、そこに立っていた。

「いらっ…」

 真奈美も言葉に詰まり、あからさまに警戒の表情を浮かべる。俺も、コーヒーを入れているキャニスターを棚に戻し、内心の警戒を上げる。


 男は店の奥のカウンター、俺の斜め前の椅子に座る。

 入り口付近のテーブル席には、女性二人組とママ友らしき四人。逃がすには少々厄介だ。


 おもむろに男は口を開く。

「心配するな。今はただの客だ。争うつもりは無い」

 言葉は冷静であり事務的。腹の底が見えない言動だった。

 ともかく俺は、普通を装いつつ、メニュー表を男の前に出す。

「…ブレンドコーヒーを。それからお前たちと話し合いをしに来た」


 話し合い? 殺せと命令した男が、今更ながら話し合いとは。ますますいぶかしいと思う。しかし客は客。いつも通りにコーヒー豆をグラインダーで挽き、ペーパードリッパーで落として男の前に出した。

 男はゆっくり香りを楽しみつつ、口にコーヒーを含む。所作は優雅で、モノを知っている動作だ。

「うまいな…。苦味と酸味のバランスがいい。良いコーヒーだ」


 カウンターのこちら側に立つ俺に対し、唐突に口を開く。

「ここに来たのは、こちらの要求を飲んでもらうためだ。その要求を飲んでくれれば、手荒な真似はしない」

 男の一言一動作に注意を払いつつ、俺と真奈美は男の声に耳を傾ける。

「『賢者の石』がこのまちにあると聞いた。それを渡してくれ。そうすれば何もしない。確約しよう」


 賢者の石?

 俺たちの組織でもその扱いに手を焼いている、能力を常識外まで飛躍させたり異常な天変地異さえ起こさせるという、あの石の事か。


 俺はまず、真奈美に視線を送る。当然の事ながら、聞いた事も無いという表情で首を横に振る。

 俺も同じだ。このまちにあるとすれば、日本総支部だって黙っていないはずだ。否が応でも耳に入るはず。


「何かの間違いじゃないのか?」

 俺の言葉に反応したのか、意外そうな口調で話し出す。

「…どうやら何も聞かされてないらしいな。ここの支部長に聞いてみるといい。何かしらの返答があるはずだ」

 そう言うと、カウンターテーブルの上にブレンドコーヒーの代金600円を置き、外に出ようとする。出入口の扉を開けた所で男が言い放つ。

「色良い返事を期待している。明後日の夜また来よう」

 カランカラン


 扉が閉まり、男の影が消えていく。

 途端に緊張が解けた真奈美が、カウンターに小走りで寄ってくる。

「どっ、どういう事? このまちに『賢者の石』だなんて。しかも支部長が知っているみたいな事を言っていたわ」

「ともかく、支部長…店長が戻った時に、報告がてら聞いてみるか」


 情報の精度はわからないが、重要な情報だ。これで一歩でも状況が改善してくれれば…。俺は、藁にすがる思いを持っていた。

 

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