第6話 誰もいない街(中編)

「誰かの胃袋? どういう事だ?」

 俺はいまいち要領を得ず、真奈美に聞き直した。

「水が流れるような音は血液の流れ、太鼓のような音は心音、酸っぱい匂いは胃酸の匂い、皮膚がピリピリするのはその胃酸の影響。そう考えると、すべて辻褄があうのよ」

 俺はゾッとした。つまり俺たちは誰かに喰われたのか?

「そうとわかったら、すぐにここから脱出しましょ! あ、でも、どうやって出たら…」

 すぐに俺は理解した。

「俺に案がある。まずは地面が露出している所を探そう」


「ど、どうするの?」

 不安げに尋ねる真奈美。それに対して希望を持って答える。

「ここは誰かの胃袋なのだろう。ならば、俺たちが立っているのは?」

 ちょうど民家の庭に出た。ここならば大丈夫だろう。

「そうか…。立っている足場は胃壁だわ…」

「ならば、その胃壁を傷つければ、おのずと吐き出されると思う」

 確証は無いが確信はあった。俺は取り出した短剣2本で地面を掘り返す。

「わー、オイラもやるー。あなほりー」

 まったく気楽なヤツだ。そんなカイの協力もあって、すぐに地面の土が掘り返され、目的のものが出てきた。ピンク色をして脈打つ、胃の内壁だ。

「次はあたしの番ね。ちょっと下がってて」

 真奈美に促されて穴から数歩下がる。真奈美は息を吸い込み、胃壁に向かって言葉を叩きつけた。

ぜろっ!」


 ボンッ

 胃壁が破裂音と共にへこむ。1拍の間を置いて、鮮血が間欠泉のように吹き上がった。

 途端に風景が暗転し、足元が歪んで揺れる。まるで地震のようだ。そして俺たちの身体は、嵐に舞う木の葉のように舞い上がって上昇していった。






「きゃあっ」

 真奈美が悲鳴を上げて倒れこむ。俺もカイも、地面に投げ出された。

「どうやら吐き出されたようだな」

 三人揃ってアスファルトの地面に転がされ、すぐさま起き上がる。風景は普通の住宅地のそれ。家屋の中には人の気配がし、遠くにはクルマのエンジン音が微かに聞こえた。

「くぶぅぅぅ…。うっ、ぷふぅ…」

 そして目の前には、灰色のツナギを着た小男が、腹を抱えて口から血を垂れ流している。こいつに飲み込まれていたようだ。

「さて、何のために俺たちを襲ったのか、吐いてもらおうか」

 俺が近づこうとした時、脇から男の声が飛んだ。

「かまわん『ストマック』、そいつらを殺せ!」

 声の方向に目をやると、ミラーシェードのサングラスをかけたオールバック・黒スーツ姿の男が立っていた。

 黒スーツの男に気を取られて一瞬目を離した隙に、小男はその身体を変容させる。頭部は倍に膨れ上がり、首はろくろ首のように伸び、まるで不格好な扇風機だ。

 そして黄色く汚れた歯を剥き出しにし、俺達に噛みつかんと、首を伸ばして襲いかかってきた。


「くっ!」

 とっさに身体を捻り小男の噛みつきをかわす。しかその歯牙は、さらに真奈美に向かった。

「あぶなーい」

 小男の頭の前に、カイの小さな姿が躍り出る。そしてカイの脇腹に小男の歯牙が食い込み、すぐにペッと吐き出すようにカイを地面に叩きつける。カイはうまく着地し、そのまま飛びずさって距離を取る。


「いたーい。やったなー。今度はオイラの番だー」

(続く)

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