第5話 誰もいない街(前編)

 気がつくと、俺は地面に転がされていた。冷たいアスファルトの上で気絶をしていたらしく、身体も冷えていた。

 何故こんな所で寝転がされていたのか、記憶に霞でもかかったかのようで、いまいち判然としない。

 そうだ、真奈美もカイも一緒だったはず。二人は?。

 真奈美もカイも近くで倒れていた。カイにいたっては、よだれを垂らしながら寝ている。何か食ってる夢でも見ているのか。


「おい、おまえら。大丈夫か?」

「う、うーん。あれ? ここは…」

「にゅー、もう食べられないよー」

 真奈美は気が付いて無事。カイは…やっぱりか…。


 ともかく辺りを見回して状況を確認する。そうだ、以前に行方不明になっていた職員二人のうち一人が、消息を断った場所に来ていたんだ。その場所に変わりは無いが…。

「誰も…いないね」

 真奈美の言う通り。住宅地の一角だと言うのに人通りも一切無く、家の中からも人の気配が微塵も感じられない。明らかにおかしい状況だ。しかももやがかかっていて、遠くが見渡せない。

「ともかく、ここから離れよう。真奈美、カイを抱えてくれ」

「わかったわ」


 俺たちは、ここに来た道を戻っていった。しかし、

「あ、あら?」

「元の所に…戻っている…」

 俺たちが倒れていた場所に戻ってきていたのだ。一直線の道を真っ直ぐ歩いただけなのに。

「どういう事だ?」

「わからないわ…」


「ふぁーあ。よくねたー」

 呑気にあくびをしつつ、カイが起きる。まったくコイツは…。

「あれぇ。ガウルガウルー、なんか変なにおいがするー」

「ん? 変な匂い?」

 カイに言われて初めて気が付いた。確かに嫌な匂いが漂っている。

「本当だわ。ちょっと酸っぱい匂いするわ」

 一体何が起こっているのか、まだ判然としない。


 どれだけ先に進んでも元の場所に戻るため、次に俺達は、周りにある民家の中に入ってみた。

 やはり誰もおらず、夕飯の用意をしているキッチンや子供が玩具で遊んでいた、そのままの様子で時間が止まってしまったかのようだった。

「誰もいないわ。いったい何が起こっているの?」

 そんな時に、ふと気が付いた事があった。頬や手の甲に、ピリピリという妙な感覚がわずかに感じられた。

「…。なんだ? 薬品でも撒いたのか? ピリピリした感じがする…」

「本当だわ。何かしら?」

 大した情報も得られず、再び外に出た。


 ともかく何か情報が無いか、スマホを立ち上げ調べようとするが、電波が入らずネットにも繋がらない。連絡の取りようも無かった。

 さらに辺りを見回していた時に、真奈美が奇妙な事を言い始めた。

「ガウルさん、何か変な音がするわ。なんだろう…。遠くで下水道でも流れてるような…。それに、大きな太鼓を叩くような音も」

 俺も耳を澄ませてみた。確かに奇妙な音が聞こえる。ザーッと、大量の水が流れてるような音が。さらにドーン…ドーン…という音も。

 いよいよ怪しくなってきた。一刻も早くここから抜け出さないと。俺のカンがそう囁いていた。


「ガウルさん…。あたし、ここが何なのか、わかっちゃったような気がするの…」

「ん? どういう事だ? 詳しく言ってくれ」

「ここ…誰かの胃袋の中なんじゃ…」

(続く)

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