第2話 潜入の先の…

 カフェの片付けも仕込みも終わり、俺は出かける準備をする。もちろん、昼間に来ていた男が話していた、古い方の病院の調査だ。

 先にカイが監視している。そのカイからは何も連絡が無い事から、おそらく動きは無いのだろう。


「くれぐれも気を付けてね。こちらが済んだら、すぐにあたしも向かうから」

 真奈美が声をかける。多少は心配なのだろう。

「心配する必要は無い。危険な様なら、すぐさま連絡する」


 店からしばらく歩いた所に、その病院はある。

「あ。ガウルガウルー。おそかったなー」

 古い病院の側の民家、その塀の上から、カイが小さな声で呼びかけてきた。

「動きは無い様だな?」

「だれも入ってきてないよー」

 誰も? そこで少し違和感を覚えた。もしや…。

「カイ、行くぞ!」

「わわっ。まってよガウルー」

 俺は病院の救急患者の入り口に向かう。カイも慌てて付いて来た。入り口前に来ても、人の気配は微塵も無い。

 そこで、首もとにたるんだ布地を鼻の上まで引き上げて、鼻と口を隠す。仕事前のいつもの動作だ。

 黒い手袋をはめた手の先を、自動ドアの隙間にこじり込ませる。鍵はかかっておらず、そのまま重い感触を手に伝えつつ、自動ドアは開いた。


 中では、うっすらと消毒液の匂いが残っているだけでホコリは無く、まだまだ綺麗なままだった。冷たいリノリウムの床が、街灯の光を反射している。思ったより明るい。

「やはり…。気配が無い」

「ガウルー。なーんにも感じないねー」

 俺たちは小声でやり取りする。


 とりあえず1階部分を覗いてみるが、引っ越しはほぼ完了しているためか、どこも機材は運び出された後で、ガランと閑散としている。

 そんな中、薬品庫が目に留まった。中の薬品は運び出され、棚には何も無い。しかし…。

「あ。ひきずった跡」

 目線が低いカイが、床に引き摺られた跡を目ざとく見つけた。薬品棚を引き摺った跡の通りに棚を横に押すと…。

「これか」

 下に降りる階段が表れた。しかしやはり、人の気配も感じられず、トラップも無い。明らかに罠だとわかる。


「ガウル、なんかあやしいよー?」

「…。行こう」

 予感が確かなら…。そう思って階段を下に降りて行く。その先は、15畳ほどの広さの研究室があった。壁に背をつけ、中を伺う。やはり人の気配も機械の動く気配も無い。

「ココもひっこした後なの?」

「既に引き払った後…だな」

 やはり一足遅かったようだ。中に入り機械を見ると、何らかの実験をするための機材だと思われた。それらは、持ち出せる物は持ち出し、持ち出せない物は基盤など重要な部品を壊され、証拠隠滅を図った後だった。


 そこでスマホが小さく震える。画面を見ると、真奈美が到着した事を知らせていた。

 そのまま待機、と返信をして、研究室の奥に目をやる。

「しまった!」

 奥の装置の真ん中には、デジタル数字がカウントダウンを始めていた。爆弾だ。後17秒。

 カイを抱えて踵を返し、そして──






 あたしは例の病院の前に到着し、スマホで連絡を取ろうとしたの。そうしたら、

「なによ『待機』って。もぅ」

 諦めてため息をついた所だったわ。


ズンッ


 瞬間、突風が吹く。

「きゃあ! な、何?」

 病院を見たら、窓ガラスすべてが割れて、灰色の煙が遅れて立ち上ろうとしていた。何かが爆発した事だけはわかったわ。


「ちょ…。ガウルさん…カイくん…」

 つぶやいた直後に、足元に気配が。

ズルルウゥゥ

 私の足から伸びた影から、カイくんを小脇に抱えたガウルさんが現れた。

「二人とも! 大丈夫なの?」

「ケヘッケヘッ。まなみ姉ちゃん、口にホコリが入ったー。ペッペッ」

 どうやら、二人とも無事みたいね。良かったぁ。

「ここでは人目に付く。一旦、店に戻ろう」

 ガウルさんが提案する。あたしは無言で頷いた。埃だらけじゃ、カイくんも可哀想だしね。





 まさか、ここまでの大事になるなんて…。あたしは、これから更に何か起こるんじゃないか、そんな予感がしてた。そう、ほの暗い影が、そして深い影が、そこにある気がした。



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