第17話name -namae-

私たちは、セリナの座るソファの後ろで護衛として控えることにした。賓客用の客室で、その婚約者の到来を待っている。


怪訝に思われようが、気にしない。フルメンバーで、備えた。目の届くところに、皆を置いておきたかった。






現れた彼は、目立った特徴のない気弱そうな青年だった。確かに、強そうには見えなかった。ソファへと腰をゆっくりと落ち着け、セリナと向かい合う。


後ろに控える愉快な仲間達にはほとんど気にかける様子もなかった。


「本日は、どのような用向きでわざわざこちらへ?」


外向きの仮面で、しかしその生来の短気さは隠さずにセリナが告げた。


「そうですね。今の状態で世間話など、かえって無粋かもしれませんね。先日、私たちの関係を解消する、との知らせを聞きまして、その次第を、こうして直接聞こうとまかり越したのです。その、よろしかったでしょうか。」

「そのことでしたら、おそらく私から父へ伝えたものです、はい。そちらへ知らせが届いたということは、父も私の考えに賛同してくださったのでしょう。」

「その、理由を、お聞かせいただいても?」


納得したのかしていないのか、特に表情を変えずに、彼は素直に理由を問うてきた。


「私はここしばらく、この方々の指導を受けておりまして。例の、ご存知でしょう。それで、ようやくひとかど、と言ってもよいぐらいになりましたのよ。だから、その恩返しのためにも、この方々の目的を精一杯手伝おうと私、決めましたの。」


お、え?いや、全然聞いてないぞ。お前それ、結婚したくないだけのただのダシに私たちを使ったんじゃないか?


キッと鋭い視線を隣のセバスに向けると、お嬢様は本気でございます、と、目で訴えてきた。


「そう、ですか。しかし、それがなぜ、解消につながるのでしょうか。」

「今はここに留っておられますが、いずれはいずこかへと旅立たれるとのこと。私はそれに、ついていきたいのです。そういった旨を、先日父へと伝えたのです。」


再びキッと、セバスの方をにらむ。さっきと全く同じ目で、額を汗でびっしりにしながらも、強く見つめ返してきた。


「そう、ですか。わかりました。」

「わかっていただけて何よりです。では、私たちはこれで。この後鍛練も控えておりますので。」


ほんとにこの嬢ちゃん、短気やな。



「それでは私は、ここで死んだのでしょうか。」


ポツリと、立ち上がりかけたセリナへではなく、テーブルに向けて極小の声量で零したその一言を、私は逃さなかった。


「どういう、、、こと?」


不審を感じて、セリナの前に、彼女をかばうように、立つ。


「私は、日々、何をすることもなく過ごしています。何をすることもなく。ただ、セリナ様の婚約者であるということだけを糧に。」


表情を変えることなく、テーブルを見つめたまま自分語りを始めた。これは、聞かないといけないものだと、そう、すぐに悟った。


「本当に、それだけなのです。何もしない、何もすることが無いのです。だから、今日は最高の日でした。何もすることのなかった私に、することが初めてできたのです。」


次の言葉までは、間が少し、あった。


「その結果がこうなってしまったのは、残念ですが、自身のすべきことを無事果たし、満足しております。ですがこのまま家へ帰り、私はどうなるのだろう、と、ふと思ってしまったのです。再び何もすることが無く、もはや一度も、することが生まれることもないまま、過ごし続けるのでしょうか。」


間が再び開いた。私は、それに耐えられなくて彼に問いかけた。


「それは、生きている、とは、言わないって、こと?」


答えを待つ。我慢する。長い、ような気がした間。それは一瞬のはずだったのに。時間はこれっぽっちもこっちのことなんて、考えてくれない。フルフルと、小刻みに揺れる身体が不快だった。長い、長い、不快感だった。


「そう、あなたも思うのでしょうか。ならば私の考えは間違ってはいない、のですね。私は今、ここで、死んだのですね。」


私の方へ、相変わらず無表情な顔を向けて、答えを返してきた。


それは、違う。こうして話せてる。設定されてなかろうと、やろうと思えば、何かしらやることができる、はずだ。やろうと、思う。そこが、設定されていないだけなのだ。


震えを止め、ただただ呆然と虚空を見つめて立ち尽くしてしまった私をしばらく見つめて、納得したのか、彼はソファを立ち、部屋を出ようと扉へと向かった。


「あんた、あんた!名前、名前は!」

「セリナズフィアンセ、と申します。」


それも、違う。それは、あんたの名前じゃない。


「長い、覚えられないわ。そうね、あんたは今日から、、、セフィアン、そう名乗りなさい。少なくとも、私が、私たちが、今度あんたに名前を聞いたときに、そう自然に名乗れるよう、私達相手だけのためでも、名乗る練習、毎日、するのよ。それで、、、そう。街の人達にも、名前を変えたこと、教え続けるのよ。私たちが、あんたがどこにいるか聞いたときに、ちゃんとあんたのこと教えてくれるように。ルイナなら、いっぱい人がいるわ。新しい人も次々やってくるわ。だから、それは、いつまでも終わらない。それで、、、そう、一度教えた相手でも、教え続けるの。忘れちゃうかも、しれないから。そうやって、終わることなく、これからあんたが私たちのために、やり続けることよ。やり続けなきゃ、いけないことよ。」


一気にまくし立てた後、私はイクスを連れて、彼と、セフィアンと、固い握手を交わした。


「セフィアン。ちゃんと、言った通りやるのよ。私はミラージュ。この子はイクスよ。あっちの骸骨がスケさんで、あそこの木がウドー。他は知ってるわね。セリナに、セバス。そう、あの執事はセバスって改名したから。あんたと同じ。そう、こんな風に、街のみんなに、あんたの改名を伝えるの。そして、、、そして、私たち、全員、しっかり、今、目に焼き付けなさい。毎日起きたらすぐ、私たちのこと、顔と名前を、今日のことを、思い出すのよ。今度会った時、名前、一人でも忘れてたら、許さないから。それから、それから、、、それから、、、、、、」

「はい。忘れません。」


次の句がいっこうに出なくなった私へ向けて、相変わらず表情を変えることなくそう返事をして、彼は退室していった。


返事をしたとき、表情は変わっていなかったのだろう。変えられる設定が、おそらくないのだろう。それでも、扉を出ようと振り返るとき、最後に、出ていくときに、ほんの少し、微笑んでくれたような気がした。


その後ろ姿を、閉じられた扉を開けて追いかける勇気は私にはなかった。



作りかけの、名も与えられていないNPC。満足な役割もなく、生み出されたNPC。


救えただろうか。私には、その行く末はわからない。彼らが、この世界のNPCが、どう感じているのか、感じていないのか。それも、私にはわからない。






「データは回収、できた?」

「うん。セフィアン、大丈夫かな。」

「わかんない。わかんないわ。」

「僕も、ミラージュと会ってなかったら、ああだったのかもね。」

「そう、かもね。」


午後の、いつもより少し遅い時間に始まった訓練。私とイクスは、それを腰かけて眺めていた。


「あの商人の名前、イクス、知ってる?」

「アダムスさん?」

「もう一人の、駄目な方。」

「んっと、、、」


目を閉じる。与えられたデータを、読み込んでいるようだ。


「ミロークさん、っていうらしい。橋が壊れて商売に失敗して、家を売る人。該当は、その人だけ。」

「そっか、ミロークっていうのか、あいつ。」


賭けに負け、しょんぼりした様子で控室にたたずんでいた彼の姿が、脳裏によぎった。アダムスの、横柄にこちらに答えた姿も。そしてセフィアンの、無表情に座る様も。


「セバスー、お茶かなんか、もらえるー?」


私の名付けた、そのすっかり馴染んだ愛称を呼ぶ声が聞こえて、執事がそそくさと、前もって準備していたお茶をカップに入れて持ってきてくれた。


「ありがと、セバス。」

「ありがとー。セバスさん。」


イクスと二人、注いでもらった冷たいお茶を飲みながら、ほふー、と満足げに息を吐いた。






「ねー、母さん。私はなんで鏡なの?」

「なーに鏡ちゃん、哲学?そういうのは母さん、あんましよくわからないわよ。」

「そうじゃなくて、名前の、意味とか。そういうの。」

「ああ、そういうこと。それはね、ふふ、内緒。」

「なんでー?」

「だって、恥ずかしいんだもの。それに、きっとがっかりさせちゃうから。」

「そっかー。」


色々考えてみたけど、恥ずかしくて、それでいてがっかり、な由来を特に思いつくことはできなかった。


今度父さんにも聞いてみようかな。いや、いいかな。名前なんて、ただの識別表式だ。そんなもんだ。


そんなもんだけど、それは結構大事だったりするんだな。


そう、今日、思った。






歯磨きしながら、洗面台の鏡で、私の姿を眺めてみる。


鏡を鏡で見ると、合わせ鏡になって、こう、反射に反射を繰り替えして気持ち悪いんだけど、この、前の方の鏡は、その名前から期待される“すること”はできないから、そうはならない。


でも、その最初の方の鏡は、後の方の鏡にはできないことが、できるんだな。


私、あんたと同じ、鏡なんだよ。全然違うけど、でも、同じなの。名前って、不思議ね。それがわかると、世界の一つになる。






あいつ、なんて言ったっけ、そう、ブームブーム。変な名前の、超絶アタッカー。


あいつは、強かった。次は、負けない。


布団をかぶり、私は本日の眠りにつくことにした。






再び 夢を見た


青年、ルイナの街で、いろんな人に、話しかけ

私は、セフィアンです、私は、セフィアンです

都会の喧騒、むなしく響く、彼の声掛け


でも、青年、微笑んでた 

そう、微笑んでた、にっこりと、微笑んでた


セフィアンさん、これ買わないかい

問いかける商人、現れた

青年、値引きもせずに、買ったみたい


それは、彼の、思考過程

それは、彼の、意思決定






そう、それは、彼だけの、彼だけに生まれた、すること、やること。

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