第16話film -natsuyasumi_no_sugoshikata-

夏休み。あれ以来、イクスたちの生活は順調で、セリナもスケさんの指導の下、すくすくとした成長を見せていた。一方の私は、さっさと宿題を全力で終わらせて、後顧の憂いを無くすことに専念した。試験のときと、同じ轍は踏まないわ。成長する女なのよ。私は。


合間合間で、みんなの様子を見に行ったり、陸の加入によって無事揃ったメンバーでもって、対戦を楽しんだりしていた。玲央の言っていた通り、龍の采配はなかなかのもので、負けなかった。






そんな合間の休憩時間。対戦の一試合を終えて、心地よい疲労感を味わいながら、みんなで感想戦をしていた。


「いやー、強かったですねー。」

「そうだね。あれは、すごかった。」

「相手アタッカー、あれなんなのよ。私の攻撃、ほとんどかわされたわ。リザルトのとき、何かわかんない言葉でいろいろ言ってたけど、玲央、わかった?私、けなされたの?」

「いえ、残念ながら私もわかりませんでした。」

「たぶん、誉めてくれてたんじゃないかと思うぞ。最後4v4の決戦まで付き合ってくれた程度には、向こうを楽しませられたみたいだしな。」

「何、龍。相手のこと、知ってんの?」


この新しく生まれた対戦媒体に本腰を入れる気満々の龍が、負けたというのに悔しさをさほど感じさせずに、言ってきた。


「たぶん。アタッカーとコマンダーのプレイヤーネーム、他の対戦ゲームのトッププレイヤーのものだった。ファンが勝手に使ってるだけだと思ったが、鏡、お前との立ち合い、最後のを見たが、やばかったろ。間違いなく本人だと思うぞ。」

「おおう。そうか。いや、そうかー。」


プレイ履歴から、さっきのアタッカーの名前を確認する。ブームブーム?変な名前。


結構な数勝ち続けていて、あれ、私たちって、かなり強いんじゃね?と思っていたんだけれど、今の試合で頭から冷や水をぶっかけられたようになった。それでも、不快感はない。ほんとに、この世界は広いよな。


「不相応に最初から勝ち続けたせいで、高い勝率の相手とマッチングしたんだろうな。でも、いい経験になった。届かない、とは思わんぞ。」

「そうかなー。」

「どうでしょうかねー。」

「うーん。」

「お前ら、、、まあわからんでもないが。だが、ゲームではそれ特有の最適な体の動かし方、ってのがあるんだよ。鏡は現実なら瞬発力で負けないかもしれないが、それをちゃんとゲームの中でも発揮できてないんだよ。まだ、な。」


成程な。特有のムーブを究めていけばいいのか。


「そうだ、鏡さんに陸。対戦も黒星が一つついてしまってある意味一段落してしまいましたし、これから龍の所にみんなで集まって映画でも見ませんか。その、前に私たちが見たやつなのですが、とても面白かったのですよ。龍も、構いませんよね。」


玲央が、そんな風に唐突な誘いをかけてきた。


「ええー、なんかあんまし面白くなさそうなタイトルだったじゃん。なんだっけ、行列、よね。私、行列のできる何々、とか、嫌いなのよね。」

「いやいや、鏡さん、鏡さん好みのSFなのですよ。きっと気に入ります。その、、、久しぶりに、涼子さんも誘って、、、」


こいつ、あたしらをダシに、そっちが目当てかよ。まあ、いいか。まだまだ長い夏休み。一日ぐらい、無駄に過ごしたっていいよね。私も久しぶりに涼子先輩のリアル声を補給しておきたいし。



鏡はこのとき、気軽に考えていた。悪魔が、その頬をにっこりとほころばせて、今、近づいてきているその気配を、感じることはなかった。好奇心という名の、歴史上あらゆる人物を虜にし続けてきた、最強の悪魔の気配を。






デジタル数字が画面を流れる。現れるタイトル。そしてその話のしょっぱなから、私はすでにその世界へと完全に引きずり込まれていた。






「これは、、、なんという、、、なんという、、、」

「おもしろかったねぇ。」

「うん。かっこよかった。」


感動で、打ち震えていた。


「龍、あんたが言ったこと、わかったわ。世界のルールの中で、できることを。銃弾を止めるまで、とかはさすがにあれだけど、そういうことね、そういうことなのね!」


最近、ここ現実世界ですらテレパシーに目覚め始めているのだ。向こうなら、もっともっと、私にも可能性が。まだまだ開花していない何かが秘められているに違いない。


「あー、鏡。なんだ、その、、、まあ、頑張れ。」

「龍!!」


私の突然の叫びに大げさにリアクションを取って引いた龍は、次は何だ、と身構えている。


「たしかこれ、数学の用語なのよね!!どういう意味!?教えなさい!!」

「あー、そっか。そうだな。さっき教えちまったんだったな。あー、そういうことなら、自分で勉強してみるのがいいんじゃないか?ちょっときついかもしれんが、できないこともないだろ。」


そういって、本棚からごそごそと二冊の本を取り出し、私に差し出した。


著者は違うが、タイトルは、おそらく同じそれら。おそらく、というのは、片方が洋書だったからだ。


「英語の方は、分厚いが内容は簡明で、練習問題も充実してる。日本語の方は、抽象的な議論が中心だから、最初は英語の方を勧める。」

「ぐぬぬ、え、英語、、、いや、でも!やるわ!習得して見せるわ!そしてあんたに、学習した成果と合わせて、この映画の感想文を、深淵な世界観考察を交えて分厚いやつを提出してあげるわ!楽しみに待ってるのね!」

「あー、あんま映画の内容とは関係ないんだがなぁ。」


そんな捨て台詞をはいて、龍の最後のセリフを後ろに聞きながら、私はその差し出された二冊を大切に抱えて、他の三人のこともほっぽって、自宅へと駆けだした。



坂を登る鏡。その様子を、真剣なまなざしで見つめる少女がいたことに、普段慎重なまでに慎重をなんとか維持し続けていたその少女が、唯一見せたその隙に、必死な彼女の、行列を学ぶという思考で占拠された意識は、気にとどめることがなかった。






充実、の夏休み、とはどのような状態を指すものなのであろうか。


高1の夏。まだまだ先とはいえ、けして遠くはない未来に控える、受験、へ向けて、早くも己の学力を高めようとすることか。


その余りある時間を活かし、趣味、などに代表される普段不可能な活動に勤しむことか。


はたまた、色恋、というものに興じて、そのまだまだ短い人生経験に、花を添えることであろうか。


私には、与えられた有り余る知識をもってしても、その、充実、という二語を上手く定義することはできない。


懸念の鏡少女はというと、休暇の間、週五に増えたらしい剣道道場の厳しい練習を除いて、ほぼ家に引きこもっていた。


外からうかがい知れる分には、あの日抱えていた本を、必死に読み解いているようである。


時折、ヘッドギアをつけ、休憩をはさんだりはしているものの、真剣に書を読み解こうとする彼女はいじらしく、思うように進まずムズがる様は可愛らしく、すぐにでも助けてあげたいと、声をかけてあげたいと、思ってしまうのも仕方がないのかもしれない。


どうすれば。


このような判断は、とても苦手だった。だから私は、現状維持を選ぶ。


今日も、けだるそうに道場からの帰り道、坂を登る彼女に、気づかれることはしない。声をかけたりもしない。


いくらでも我慢ができる、忍耐強いだけが取り柄の自身の性質を頼りに、見守り続ける。






「うーん、なんか、だいぶわかってきた気がする。」


早速イクスに伝えてみようか。何とか問題演習をこなせたことで、一区切りついた私は、ヘッドギアを装着し、先日新たにホームポイントとして設定した、セリナ邸へと向かう。


「よー、諸君、やっとるかね。」


ここ最近のいつもの様子。スケさんの教えを必死に吸収しようとして、そしてほんとにどんどん吸収していくセリナ。


ウドーも少しは感覚が戻ってきたようで、前よりはましな土魔術をイクスに披露していた。


イクスは、私の数学談議に耳を傾けたり、ウドーと魔法の練習をしたり、セリナと一緒に剣術の練習に加わったりと、四人の中では一番大忙しの日々を過ごしていた。


「ミラージュ。」


私の登場に合わせて、皆の動きが一旦停止する。スケとセリナの両名に、気にせず続けて、と促して、ウドーとイクスの下へと向かう。


「ウドー、あんたそこそこやるようになったわね。」

「む、じゃろ?しかし、思ったより時間がかかるのじゃ。まだまだ、全盛期には程遠いわい。」


まずあげーる。


「ま、飛んできた虫相手なら、払えそうになってくれて、何よりだわ。」

「うぐ、棘が、その、なんか、痛くないのに痛いんじゃが。」


さげーる。


「冗談よ、冗談。私も今ちょっと頑張ってやってることがあるんだけど、中々思った通りにいかなくてね。あんたよりずっと、歩みは遅いわ。あんたはその点、さすがね。着実に進んでるみたいで。」

「なんと、そのようなことを言ってもらえるとは。わし、そなたのこと、今まで勘違いしておったわい。すまん。」


そして再びあげーる。なかなか、効果は抜群のようだった。よかった、うまく励ませた。


実のところ、この彼らの生活にも、不安が一切ないわけではない。イクスによると、*セバスからも、セリナからも、データのかけらは得られなかったらしいのだ。


(*注:セリナズサーヴァント、は長くて言いにくいから、略してセヴァト、でもそれでもまだ言いにくいから、もじってセバス、でいいんじゃない?とニックネームを無理やり思い通りの方向で決めたのよ。 鏡談)


まだ、この差異の根源はどこかに潜んでいる。だから、防衛力はいくらあっても足りない。ウドーといえども、何かあって死なれたら、嫌だもの。だから、頑張るのよ。


それなりに高い立場の人物の住まうお屋敷ゆえ、侵入とかそういった外部からの脅威の類は、スケさんの護衛力を考慮に入れるまでもなくまず問題ない。だからそれほど外へ心配を向けていない。中の方も、セリナの助けを借りて、調べている最中。


なので現状は、時折こうして様子を確認しては、セバスに調べてもらった情報を聞いている程度だ。セリナ絡みの、何か。彼女が腕前を上げた先に、何かが待ち構えているのだろうか。


「セバス、それで、今日はどう。」

「そうですね。本日開かれるデュエルが話題になっている、くらいでしょうか。例の、ミラージュ様方が完勝した相手達の試合です。特に抗争の代理決戦、ということではないのですが。前の完敗をすすぐための、雪辱戦だとか。」

「ふーん。」


あんまし興味ない情報だな。ここでは、プレイヤーに関する噂は7日で過ぎる。すでに、私たちの顔も名前も、ある程度かかわりを持った者たち以外のNPCは覚えていないだろう。


超人的な活躍をしてしまうであろう、プレイヤー。そうして訪れる街々で、群衆に囲まれるようになったら、面倒なだけだものね。


それでも負けた、という対戦相手のチームの結果は残るので、ただそれだけのことだろう。


アダムスさんは、元気かな。件の商人たち、二人の顔が思い出される。もう一人の名前、そういや聞いてなかった。ま、今更か。


「デュエル、ですか。また皆様方のご活躍がこの目で見られるなら、今すぐにでも駆けつけたいのですが、スケ殿にこうして毎日ご教授を賜り、ミラージュ様から時折教えを乞うようになった今では、普通の試合ではもう、興味が沸きせんね。」


今日の午前の日課が終わったのか、セリナが口をはさんできた。物言いはお淑やか、な気はするが、その内容は完全にスケ思考のそれだ。


めっちゃ可愛いんだがなー。優雅にお茶を片手に、


「まあ。それで、ミラージュ様、ドラゴンの肝素材は、手に入りましたの?」


なんて、そんな未来が良かったんだがなぁ。


例の黒龍を切った話をスケの野郎が口走ったら、豪気に剣を片手に、


「まあ!それで、ミラージュ様、ドラゴンの切りごたえは、いかがでしたの!?」


だもんなぁ。


本当に、なんでなんだろうなぁ。


この世の不合理に、心暗くうなだれていると、セバスが、衝撃の事実を告げた。


「そういえばセリナお嬢様。本日は婚約者の、サンフォーリア家のご子息様がこちらにいらっしゃるとのことですよ。」


こ、婚約者!?この子に!?いや、まあ上流階級なら普通で定番か。さすがに失礼だった。声に出なくてよかったわ。


「えーっと、どなたでしたっけ?」

「おい、婚約者、こーんーやーくーしゃ!顔合わせたことぐらいあるでしょうが!」

「ええと、たぶん、ある、、、とは思うのですが、さして強そうには見えなかった御仁だったのでしょう。よく覚えていませんわ。」


あおぉぉーん。こいつ、いかん、いかんよ。親御さん方、今、今矯正しないと。取り返しが。いや、もうすでに遅いな。うん、そうだな。


「その婚約者、まさか名前がセリナズフィアンセとか言うんじゃないでしょうね?」

「おや、ミラージュ様はご存知でしたか。そうです。確か、そのような、お名前、だった?と思います。」


自信持てー。婚約者の名前、忘れちゃいかんやろ。しかし、どうやら予想通りで、そして再び向こうからやってきてくれるようだ。


そいつが違うなら、そのサンフォーリア家、っていうのが怪しいな。何にせよ、今日、最大級の警戒で臨もう。


みんなに、疲れを残さないようにと、今日の午前の鍛錬は、早めの切り上げを促した。

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