第15話new comer -raihousya-

興奮冷めやらぬ観客たちの大歓声に手を振り答えて、アリーナを後にする私たち。出口を出てすぐに、できるほうの商人から、最高級の感謝の辞を頂いた。


彼は言われた通り私たちに可能なだけ賭けていたらしく、取引で得られる利益も合わせて、相当なもうけを手にすることになったそう。ホクホク顔だ。


その隣には、相変わらずウドーに慰められている駄目な方の商人。暴行まではされなかったようだ。


わかったかね、これが信頼のもたらす結果の違いなのよ。商人としての格の違いなのよ。






そんな、悲喜こもごも、勝利と敗北の余韻に浸っていた私たちの下へ、近づいてくる人影があった。私と同じか少し下ぐらいの年頃、可憐な顔立ち。精緻にこしらえられたドレスをその身に纏っている。その後ろには、執事らしき従者が控えている。


き、き、き、貴族のお嬢様、キターーーー。可愛いー、可愛いー。やべ、鼻血でそ。執事の名前はセバス、それはこの世の真理。うん、間違いないわ。


ゲーム内でもわざわざ都会の喧騒に付き合いたくはなくて、最終的に田舎をひとまずの活動拠点に選んだ過去の私。その決断を後悔しながらも、興奮冷めやらぬ我が精神。


ポ、ポ、ポッと断続的にいつもの、興奮を収める筋力上昇の儀式が無意識に始まる。


落ち着け、落ち着くのだ、わが精神よ。


「ご機嫌うるわしく、アダムス様。此度の無事の勝利、心よりお喜び申し上げます。」


私が灯した効果光を、警戒の表れと誤解してしまったのか、やや離れた距離で立ち止まり、できる方の商人に向けて、賞賛の辞をお嬢様は述べなさった。


ど、どうしよ、警戒させちゃったかも。


「これはこれは、セリナ様。わざわざのお心遣い、感謝いたします。」

「ええ、それで、その、、、早速で悪いのだけれど、そちらのお方々を、わたくしに紹介していただけないかしら。」


セリナ様、というらしい彼女は、その優雅な所作とは反対に、気は結構短いようだ。単刀直入にわざわざここへ訪れた目的を告げてきた。そしてできるほうの商人の名前が判明した。今更だよな、うん。


「セリナ様、お初にお目にかかります。卑賎な身の私たちに、なんぞ、御用でもおありでしょうか。」


私にできる精一杯の敬意を示して、心を込めたお辞儀をして告げた。道場で叩きこまれた、立ち合い前のそれだ。誠心誠意、相手への敬意を。何年もかけて培った所作。粗相は、ないはず。さっきの凡ミスを、取り返すのだ。


「卑賎の身とは、ご謙遜にすぎるのではありませんか、ミロアージュ様、、、でよろしいかしら?あの、あの一瞬の剣閃!それを目にして、わたくしの心は震えましたのよ!その美しいきらめき、、、ああ、それはもう、それはもう、、、一級の芸術品のようでしたのよ!」

「ミ、ミラージュ、と、も、申します。」


テンション高めに、あまりにべた褒めされてしまって、気恥ずかしくなり、言葉がどもってしまった。顔も赤くなっちゃってるかもしれない。


「なはは、ミラっち、顔真っ赤。」


あ、突っ込まれた。余計気恥ずかしくなる。


「うふふ、可愛らしいのですね。鬼神のごとき試合中の様子とは一転して。余計にあなたのことが好きになりましたわ。ミラージュ様。」


あ、これ以上やめて。様付けとか、耐えられませぬ。こんなきれいな子に、ゲームの中とはいえ、ここまでべた褒めされては、耐えられることなどできぬ。


「この後勝利のお祝いもあるでしょうし、それに水を差す真似はできませんね。また後日、改めてお話をいたしましょう。」


そんな私の気恥ずかしくて真っ赤っかな様子を察してくれたのか、セリナ様が優しく告げた。


「は、はい。」


「後日、使いの者を。必ず、かならず、送らせていただきますわ。」


そうして例の借家の住所を知らせた後、セリナ様はお供の執事を添えて、歩き去った。


リクは今にも吹き出しそうで、それを頑張って耐えていた。イクスにスケは私が賞賛されてうれしいのか、にっこりと笑顔。


スケよ、あんたの笑顔、いつもの真剣な表情より怖いわ。微塵も安心させてくれる成分が感じられんわ。


そんな骸骨の恐ろしい笑顔に苦笑いを浮かべていたところで、クーラさんが言い放った。


「これ、例の差異だね。あの子、セリナだっけ、そんなキャラは、確かいなかったはず。あれだけしっかり外見含めて設定されてるんだから、すでにいたなら私が知らないってことはないと思う。」


このゲームの玄人、クーラさんの言。間違いない、だろう。


なんと、棚からぼた餅。向こうの方から転がってくるとは。はてさて、どんなお話が待っているやら。ハッピーエンドがいいな。そうじゃないとな。


もし、あの可憐な少女が、、、


悪趣味な未来視を強引に振り払って、ポジティブ思考を心がけた。


次は、間違えない。危機が迫る可能性が少しでもあれば、見落とすことなく、寝る間を惜しんで、守り切って見せよう。イクスと一緒に、ハッピーエンドを迎えるんだ。






つーわけで、格安で借り入れた家へと一同揃って帰ってみると、すでに家の前にはセバスで間違いない執事さんがおりました。


後日って、最低でも一回は日をまたぐはず。やっぱあのお嬢様、相当気が短いようだ。別れてそのまま送ってくるなんて。


「先ほどは、失礼いたしました。私はセリナ様の身の回りのお世話をさせていただいております、」

「セバスね!」


食い込んで、その先を告げた。


「は?あ、いえ、私はセリナズサーヴァントと申します。」

「そうですか。私はミラージュです。」


残念感を押し隠しながら、改めてよろしくの握手を交わす。それ所有格からの役職やんけ!固有名じゃねぇし。


「こっちはイクスよ。イクス、あんたもあいさつの握手なさい。」

「イクスです。初めまして、なのかな?」

「これはこれは、ご丁寧に。」


にこやかにイクスとあいさつを交わす執事さん。名前だけ、何でつけてあげてないし。マジで。そっから考えるもんじゃないの?いや、そうでも、ないか。まあでもほんとに作りかけだな。別に疑ってはいなかったけど、間違いなさそうだ。


その後その名もなき執事さんは明日以降いつでも尋ねてくれれば、という旨とお屋敷の場所を伝えてくれた。なるべく早く、をかなり強調していた。やっぱ短気なんだな。明日朝一番で行ってあげよう。






つーわけで、すぐにみんなと相談して、これもさっさと進めてしまうことにした。再度、イクスには悪いが、明日の朝までゲーム内時間を早送り。


カシャ、カシャと、ゲーム内時間が一時間を一秒にして、進む。スケさんやウドーのような、もともとこの世界の住人だった彼らは、この時間もそれぞれの思考に即して思い思いの時間を過ごしているらしい。ただ私たちがいなくなっただけ、と感じるそうだ。


神の御使い、とはこのゲーム内の彼ら側から見た私たちの呼称。まあ主神ネフペトス、うちらの世界のスティーブンさんやし。彼のデザインした世界に遊びに来てるわけだし、間違っちゃあいない。


この世界の最高神に与えられたこの機能が、逆回しにも対応できたなら。


卑賎な身、と自信を評した、彼女。隣で穏やかにたたずむ、彼。彼らを従える、ご主人様。三人の、美しいその姿。


ゲーム設定における派遣元の未来へと飛び、戻った場所は、未来へと飛ぶ前の状況と変わりなくて。思いつく限りの試行をして、それでも取り戻せなくて。


時は、たとえゲームといえども、不可逆的に。その無慈悲なまでに頑固な性質を、ほんの僅か、設計上許された例外を除き、変えてはくれなかった。


終わったことは戻らない。戻せない。父さん。私、精一杯、今を頑張るよ。






翌日の朝へと一瞬の時間跳躍を終えて、皆で教えられたお屋敷へと向かう。


「護衛依頼かな?お家騒動とか。」

「ありそうね。騒動をデュエルで決着させるための戦力、って展開がわかりやすくて好きだけど。」

「デュエルなら、負けないね。みんな、ほんとにすごかったよ。」

「どうだろうねぇ。腕を見込んで、強力なモンスターの素材回収、なんかもありそうだねぇ。」


思い思いに、待ち受ける話の内容が何なのかを予想していく。






目の前の視界に広がるは、プルプルと小鹿のようにその身を震わせながら、軽量鎧を着こみ、剣を構えるイクス。それに対峙するは、ゲーム内時間の昨日見せていたはずのおしとやかさを微塵も感じさせない戦士の佇まいで、動きやすいスポーティな服装に身を包んだ、セリナ。


なぜこんな状況になっているのか、説明せねばなるまい。






屋敷に入ると、待ち構えていたセリナ様とその後ろに控える執事さんの二人がすぐさま目に飛び込んできた。興奮で昨日よく眠れなかったのか、セリナ様の目にはうっすらとクマが見えた。


そんな、あまり似つかわしくない様子を見せていることからわずかに鑑みられる通り、不幸にも超絶的なまでにはねっ返りの性格を持って生まれてしまったらしい彼女は、このルイナの街のかなりの権力者のご令嬢らしい。


ここまでは、まま、予想通り、だったのだが、そんな宿命の下、本来期待された気質とは異なものを携えて生まれてしまった女の子。


そこへお決まりの作法その他、上流階級の名に恥じぬ教育を、さして疑問を持たず必要なもの、と与え続け、立派な淑女になるように、との親心。


その甲斐なく、いや、むしろその反作用が余計に助長してしまったのであろうか、スケさんも真っ青なレベルの戦バカへと育ってしまったようなのである。


その興味は剣術や魔法などの戦い絡みのもののみへと向けられ、この広い屋敷の内で、日々様々な修行を続けながら、東にデュエルあれば観戦に赴き、西に強者のうわさがあれば呼び寄せ指導を受けていた、とのこと。


親の当初の思惑とは180度、いや、新たな次元軸を導入してその方向を突っ走り続ける彼女は、さぞ家の中での風当たりも冷たかろう、と思うのだが、むしろ周囲の仲間内の子女たちでは本来見られない、赤外線か紫外線か、どっちともつかない不可視領域の波長の波を放つ彼女を、親は逆にいたく気に入ってしまったらしく、本人の望むまま、好きにさせているようなのである。


親バカ、その極致を、我はここに知るに至る。


戦い方面にその興味の矛先を無残にも、非常にもったいなくも全力でぶっこんでしまった彼女。そんな彼女のお眼鏡に、先ほどのデュエルでの戦いを繰り広げた私たちは、過去類を見ないほどにかなってしまったようで、


「ミラージュ様、ぜひわたくしにご指導を!ぜひ!ぜひ!」


と、口早に事情を説明した後すぐさま、めんどくせぇ時のスケさんと同様のうっとうしいテンションで、詰め寄ってきた。


おかげでついさっきの、ゲーム内時間では昨日の、あの優雅でお淑やかな印象が、所詮外向きのものでしかないと判明して、その印象がガラガラと崩れ去ってしまった。


時は、変わらず慈悲なく進む。


戻して!数十分前の興奮を、感動を!戻して!


我が心からの訴えに対し、


「知らんがな。」


と素っ気ない時間さん。


ついさっきの決意もむなしく、早くもくじけそうだ。


もったいねぇ。全くもって、もったいねぇ。こんなかわいーのに。






とはいえ、いかにその本質がはねっ返りの荒くれお嬢様、とはいっても、結婚前の婦女子の肌に、理由なく、男であるであろう?イクスを触れさせるのは憚られた。


そこで、このミラージュ様が、沈む気分にもめげず、事前に知恵を合わせ相談して、用意していたものの、すべて無駄になってしまった様々な案の代わりに、けなげにも一計を案じたのだ。


そう、古来より伝わるという、かの、ラッキースケベなるものを。その最高の機会を、年頃の彼に、提供してあげたのだ。


さあ、イクス、立ち合いのどさくさにまぎれて、飛びつくのよ。データのかけらを得るとともに、おそらく柔らかい?であろうその感触を、目いっぱい楽しんできなさい。


地母神のような心で、弟の情操教育にすら手を貸す。私って、ほんと素晴らしい女ね。


え?私でもいいって?日々の素振りのせいで、筋張ってんのよ!柔らかくないこと、確定なのよ!悪かったわね!






「ミラージュ様、先ほどの言、二言はありませんね。」


セリナが、再度確認の一言を放つ。


うん、とはっきりとうなずいて、それを見たセリナが、すぐさま動いた。ちなみに様付けはやめた。もう、いらんやろ。


良い意味で予想を裏切って、かなりのスピードで間合いを詰め、イクスに一撃を放った。ビクッと一瞬反応したものの、初めての立ち合いからくる緊張でがちがちで、全く動くことができなかった彼の頭へ。


最後当たる寸前にその動きを止め、そこから軽くこつん、と叩くようにして勝負を決めた。


ありゃりゃ、相当ね。さっきデュエルで戦ったやつより、もしかしたらできるんじゃない?


「ほほう、これは。中々のものですな。」


決して感想その他、一言も口に出さずにこらえていると、スケさんが不用意に、言質をこぼした。


「ふむ、スケさん。見込みありそうって思うのね。だったらあんたがしっかり面倒見てあげなさい。」


よっし、計画通り。ここまでやるとは予想していなかったが、無事次善の策がはまってくれた。


「ふむ、他者に教えるという経験を通して、自身の成長の糧とせよ、ということですか。わかりました。それがし、立派にその務め、果たして見せましょう。」


お、結構乗り気だ。気が合いそうだもんな。次善じゃなくて、最善だったかも。


その後セリナに、暇があれば私たちも様子を見に来るわ、と伝えると、それなら皆様方のお部屋を用意させてください、との申し出を受け、素直にその好意を受けることにした。


とんとん拍子でタダ宿とタダ飯を手に入れ、早速借りたばかりの家の契約を解除することにした。


ま、違約金は弾んでやるか。最後の、別れの餞別代わりにね。


彼の不幸のそもそもの原因を作ったことなどすっかり記憶の彼方へと追いやって、何事もなく解約を済ませ、今日の新たな出会いと別れをかみしめ、ログアウトした。

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