第14話no problem -migoto_na_syouri_wo-

デュエル開始までの間も件の商人が住居を用意してくれることになった、というかそうさせた。


案内されて行ってみれば、結構立派な一軒家。借家用に所有していて、今はだれも住んでいない、と言っていた。おめー、さっきこれから路頭に迷いそうな悲惨な顔してたのに、結構余裕あんじゃねーか。この家売れや。


「この家、プレイヤーが買えるやつだねぇ。あたし持ってるわ。」


あ、やっぱ売るんだ。だよね。






助けた恩を笠に着て、都会の一軒家としては超格安の家賃を依頼終了以降からも押し付け、鍵を受け取り家の中へと入った。元々浮いてた物件だし、大きな不満もないようだ。おかげで向こう数ヶ月は手持ちの所持金だけで賄えそうで一安心である。


「イクス、ひとまずここがしばらくの本拠地になるから。これで必要なものができたら賄いなさい。」


それなりの額のゲーム内通貨を渡す。


「ありがと。」


入り込んだ室内は綺麗に整頓されていて、すぐには困らない程度に家具も配置されていた。埃の類も積もったりはしていない。そこまで現実的に再現するの、超面倒くさそうだしな。


「んー、じゃああたしは、何か差異の情報がないか、調べてこようかねぇ。」


クーラさんがそう告げて、出ていった。


置いてきぼりにされた私たちは、仕方なく依頼されたデュエルの作戦会議をすることにした。


「リクは、どの職が好み?」

「ディフェンダーだね。それ方面の構成でかなり特化してずっとプレイしちゃってるから、それ以外はうまくできないよ。」

「ふーむ、そうすっとマギ担当がいないわね。スケさん、魔術、今から覚える?あんたならすぐにでもそれなりになるっしょ。」

「嫌ですな。」


はっきりと拒絶の意志を見せてきおった。まあ予想通りだけど。こいつはほんとにぶれない。ちなみに私も、嫌だ。


「イクスは、魔法とか、覚えられそう?」

「んー、どうだろ。」


簡単な火炎を放つ魔法を試しにやらせてみたが、100円ライターとどんぐり比べのものしかできなかった。


「だめ、ね。」


あ、私のこの一言で、イクスがしょんぼりしてしまったようだ。凡ミス。今日はスケにイクスに、気を遣うわね。


「気にしなくていいのよ。人にはそれぞれ向き不向きってものがあるんだから。」

「うん、ありがと。」


フォローはうまくいったようだ。リクも私たちの関係にほほえましさを感じたのか、優しい表情を浮かべている。


「ちなみに一応聞いておくけど、ウドー。あんた魔法、使えたりしないわよね。」


ほぼ期待ゼロで、とりあえず聞いてみる。


「使えるのじゃ。」


おおっと、予想外です。


「見せてみなさいな。」






披露された魔法は、もともと超低空ラインで設定していた期待をはるかに下回って、そこからさらに一周回ってむしろ上回った、といっていいほどの遥か下方、地面すれすれ。1ミリメートル、いや、1マイクロメートルも、いやいや、1オングストロームも、離れていないものだった。


はい、予想内でした。


「あんたね、土魔術が得意って期待させといて、これはないでしょ。」


ふわふわと、極々少量を家の庭の砂から浮き上がらせた程度。


「これ、ぶつけーる。したら相手、かゆいだーけ。目つぶし程度にはなるかもしれーん、がー、このスピィィード。当たることもないわぁ!」

「わ、わし、大きかったころはこのあたり一帯の土すら持ち上げられたんじゃ!う、嘘ではないぞ、本当じゃ。この体になって、まだ慣れておらんだけなのじゃ!」

「あーはいはい。言い訳はいいから。これから新たに研鑽を積みなさいな。無駄に歳食ってんだから。お、じ、い、ちゃん。」

「ぐぐ、辛辣なのじゃ。イクスよ、わかったか。これがこやつの本質じゃ!」


ニッコリ笑顔で楽しそうなイクス。クスクスと、リクも笑っている。


「鏡、涼子の言ってた通り、面白いね。」


うん?なんで?めっちゃ真面目でいたいけな女の子なんだけど。今も必死に、デュエルについて可能な限りの対策をしとるやん。


「もう。ウドー、信じてあげるから。せめて自分の身を自分で守れるぐらいにまでは取り戻しておきなさいよ。」

「わ、わかったのじゃ。」


さて、どうしたもんか。


「まあ、コマンダーかロードを涼子に任せたいよね。」


予想外に存在した支流、いや、予想内にただの溝、と判明したそれを、愚かにも進んでしまい、だいぶん彼方まで離れてしまった話の流れを本流へと戻そうとして、リクが言った。


「ふーむ、クーラさんは頭いいし、コマンダーでしょ。したら、アタッカー二人構成にするしかないか。私とスケさんで、荒らしまわれば問題ないでしょ。イクス、あんたにロードを任せるわ。頭いいんだから。」

「その、ロードって、何すればいいの?」


ああ、そうね、そこを説明しないといけないわよね。


「まず今までの話にあった通り、役職は五つよ。マギ、アタッカー、ディフェンダー、コマンダー、ロード。そのうち最初の三つは、余計なことを考えずに、目の前の敵を可能な限り崩すだけ。わかりやすいわよね。」


空色の瞳が閉じられる。思考して、あれこれ考えているようだ。


「で、後者の二つは、デュエルの全体を左右する頭脳担当だね。コマンダーは主に時間ごとに各拠点から生み出される兵の数配分と、広い視界を得るスキルを生かして、敵の配分情報を予想。それをもとに仲間への指示をするんだ。遠隔でも指示を飛ばせる。大事な職だね。」


リクが説明を肩代わりしてくれる。


コマンダー、それ以外にも、他職への補助魔法など、やれることもやるべきことも多い。対人戦だとこれにさらにロードの権限も加わり、私がやったら指示に操作に、右往左往しそうだ。でも制限のないソロの試合とは違い、オン対戦では役職持ちとの1v1は絶望、なスキル構成しかできないみたいなんだよなぁ。まずやる機会はないな。


「ロードは、コマンダーの設定した兵達をいつ生み出すかを決めることができる。これも同じく、遠隔で指示を飛ばす職だけど、コマンダーとは違って自領域しか視界が得られない。けど、難しいこと考えないで、ただ生み出せるたびに兵を出すようにしておけば、全然問題ないと思うよ。」

「うん、わかった。そうする。」

「三つある進行ルートに、いろいろ兵数とか、職持ちをいつどこに、とか、そういう風に相手のやり口を予想しながら互いに攻め進めていって、先に相手のロードを倒したら勝ちよ。」


自身のやるべきことがひとまず把握できたようだ。目を開けた。私じゃ及びもつかないぐらいたくさんのことを、今聞いたことから考えて、想像していたのだろうか。その思考に足りない情報を埋めようと、いろいろ聞きたそうな顔をしている。


「だから、もし敵が本陣まで攻めてきたら、精一杯逃げ続けるのよ。本陣からは出られないけど。」


私のその一言を聞いて、イクスが緊張しちゃったようだ。表情がこわばってしまった。


いかん、本日早くも二度目の凡ミス。安心させてあげないと。


「大丈夫。アリーナ内なら、たとえ攻撃を受けても痛くないから。それに、敵が本陣までやってくることはあり得ないわ。スケとリク、クーラさん、そしてこの私、ミラージュ様を信じなさい。」

「うん!」


満面の笑みで、そう返してくれた。






クーラさんの報告は、特に現状新たな情報は何もなし、とのことだった。イクスには悪いが、さっさと依頼を完遂させたい。せっかく来てくれたリクのためにも、私の世界で仕事をしてもらおう。


なので、ゲーム時間をデュエルの期日まで進めることにした。しばらく暗い空間に押し込めることになってしまうんだろう。ごめんね。






ルイナの街の中、設置されたアリーナ。古代文明の遺産。いまだにその機能を残し続けているそれは、その内部での消耗その他、死亡も含めてなかったことにしてくれる。


身の安全を保障されたうえでのリアルな陣取りゲームが楽しめ、互いの力量を、肉体面も頭脳面も含めて競い合う、この世界の大衆娯楽の一つだ。


特に今回は日常開催されているような、ただその実力を競うだけのものではなく、明確な二者対立、商売上の争いの決着として開かれたもの。観客の盛り上がり具合がすごい。観客席では当然のように賭けが行われていて、おそらくいつも以上に活気あふれる模様が広がっている。


件の商人には、私たちに全力賭けを行うように指示した。家賃でかなり融通してもらったのだ。それぐらいの恩恵は与えてあげないとね。やつのこずるそうな性格を考えると、何となくオチが透けて見えてしまうのだが、どうなることやら、こうご期待。


言われた通り賭けて、大金を手に入れるか。信用せずに失うか。はてさて、結末はいかに。



Welcome, to the arena.

The duel is to start 2 minutes later…


「さて、いよいよ本番ね。」


自軍本陣に集まった私たち五人。さして緊張していない面々に向けて、一味のリーダーとして声をかける。


「前情報によれば、相手は通常の構成。マギに私とスケさんはできれば当たりたくない。ぶつかったところで負けないだろうけど。クーラさん、相手マギの最初のレーン予想は?」

「中央で間違いないね。オーソドックスに攻めてくるチームらしい。個々人の技量が優れている、と、思い込んでる。実際通常デュエルではほとんど負けなしの成績。いつもならそれで押し込めるんだけど、今日は無残な敗北ね。かわいそうにねぇ。」

「了解。クーラさん、続けてレーン指示を。」

「ミラっちが右。スケは左。私とリクで真ん中。ミラっちとスケは速攻でレーンを片付けて、中央へ合流。そのまま最短距離を突っ切って、一瞬で勝負を決めるよ。」

「わかりました。」

「問題ありませんな。」

「了解。」


指示された順に、承認の意を示す返答。そのまま、指示されたレーンゲート前へと各々向かう。


「あんたはそこで高みの見物。安心して楽しんでなさい。」


最後に唯一緊張した様子を見せていたイクスに向けて一声かけて、私も右レーンのゲートへと向かった。


The duel will start at 10, 9, 8, 7,,,


デュエル開始を知らせる無機質なカウントダウンが始まる。ワクワクする。どう料理してやろうかしら。


いろいろ制限がなされている対人戦とは違い、ここでは無制限。高鳴る鼓動。それに合わせて、いつものおまじないの効果光で体を断続的に包む。


3, 2, 1, Gate Open!


クイックンを即座にかける。最初に生み出された兵たちに、その効果がかかり、通常の倍速以上で歩みを進めていく。スケよ、どっちが先に中央にたどり着くか、勝負よ。


ほんの数瞬、本陣反対側にいたスケさんときっちり目が合った。通じたようだ。負けないんだから。


スタートを切る。ワクワクという名の張力で引き絞られた矢が放たれるかのように、兵たちに少し遅れて、ドヒュン、と勢いよく駆けだした。






クイックンの効果が切れて以降も、私はそのスピードを緩めることなく、兵達を置き去りに単独で突っ込む。


瞬く間に、敵側第一障壁までたどり着く。開始時を除き、ここからも一定時間毎に兵が生成される。その機能をつぶせば、ここから発生する予定の今後の妨害要因はなくなる。だからさっさとつぶしてしまう。


一度壊されても、多少の時間を犠牲にその機能を復活できるのだが。そして、そうして持ち直し、持ち直され、を互いに繰り返し長丁場にもつれ込んでしまうこともあった、とその経験を龍や玲央は語っていた。


けど、今回それはあり得ない。まだ役職持ちが触れておらず、機能を作動させていないコアを問題なくぶっ壊してあげて、敵レーン担当を待つ。前方に、見えてきた。役職持ちは一人のようだ。予想通り。これは楽勝ね。






「遅かったわね。あんまり遅いもんで、昼寝でもしようかしら、と思ってたところよ。」


ようやく現れた敵NPCに対して、不敵な笑みとともに、腕組みしながら、超上から目線で告げてあげる。


「ふん、速さだけは達者なようだな。だが、すぐに片づけてやる。本物の強者というものを教えてやろう。」


なかなか根性が据わってるじゃない。今までこれほど先行されたことなんてたぶんない癖に。でもクイックンも使えないあんたの緩慢なスピードじゃ、素の私相手でも雑魚確定よ。


そのクイックン効果の差で、敵と同タイミングでここまでたどり着いた味方の一般兵達に敵の兵のターゲットが向く。相手も、素直に1v1に応じるようだ。


初手はくれてやる。ぬぼーっと、わざと隙だらけで立ち尽くして、刀は鞘に納めたまま。そうしてすでにその武器を構えている相手からの仕掛けをうながす。


「愚か。」


そうこぼしてすぐさま、それなりの速さで剣の間合いまで、その手にした凶器を振りかぶりながら入り込んできた。


けれど、全然、全く、遅い。遅すぎる。


名作剣客漫画の主人公も真っ青なレベルの抜刀術でもって、その身を真っ二つに切り裂いた。漫画史に残る傑作。もはや古典作品と称されているそれは、わが心のバイブルである。おそらく百を超える回数、読み通している。


かん、と試みに地面を刀で切り叩いた。土が吹っ飛ばない。悲しい。まだまだ研鑽が足りぬ。しかし、なぜに学校の授業では古典漫画を学ぶことはないのか。よっぽど勉強になる気がするんだが。


「袴、袴さえあれば。再現できるかもしれない。」


素材を揃えて、特殊効果満載にしたそれを、クーラさんにデザインしてもらおう。ぎゅっと左手を握って、今後やりたい事柄を決めた。


そこで、無心に駆けていた間にすっかり頭から抜けてしまっていた彼女からの指示をようやく思い出し、そそくさとその場を後にした。






中央へたどり着くと、反対側にスケの野郎の姿があった。即座にクイックン。特徴的な効果光がわが身をかける。


よし、勝った。大人げないと言うでない。主人として、その威厳は保たねばならんのだ。


「予定通りだねぇ。んで、想像以上に余裕だねぇ。このまま中央をのんびり押し込むとしましょっか。」


敵中央の第一障壁付近では、リクが二対一にもかかわらず余裕そうに相手の攻撃をあしらい続けている。消耗の一切見えないリクとは対照的に、相手の二人はすでにぼろぼろだ。


その様子を全く心配なさそうに眺めていたクーラさん。私もまったく心配する必要を感じなかった。それくらい余裕だ。


「わかりました。」

「ミラージュ殿、さきほどぼやっと光った気がしましたが、ちょっとずるいのではありませんか?」

「知らん。使えるものを使って何が悪いのよ。」

「む、確かに。そうであるな。それがしの負けでござる。」


よし。なんとか威厳を保てた。余計な思考と試行に捕らわれなければ、使わなくても私の方が早かったんだから。


スケさんの方はスピードの有利はなかったが、対峙した相手を即座に片付けて、その後第一障壁のコアをぶっ壊してからこちらに向かったようだ。


ふむ、そちらも一瞬の決着であったか。期待通り、中々の結果を出したではないか、スケよ。昨日と今日の情けない様は忘れてあげてよさそうね。


クーラさんが生成される一般兵の比率のほとんどを、私たち役職持ちの欠けた左右のレーンに配分。


そうして再度復活してくる敵NPCがレーンを取り戻そうと向かった場合、兵数差でもって押し込まれるまでの時間を延ばす、向かわなければそのまま数で押し込める、という簡単な戦術を施しつつ、私たちはそのまま四人集まって中央を攻めていった。






鎧袖一触。


他レーンのフォローに役職持ちを回せば、ただでさえ実力差があるのに数的不利を背負い。かといって左右を放置すれば兵数差で押し込まれ、じり貧。


シンプルにこちらの強みを相手に押しつけ続けるのって、ベストなのよね。


そんな道場で学んだ戦術の効果を改めて実感しながら、当初の思惑通り、私たちは誰一人一度も倒れることなく、敵ロードをぶっ叩いた。



ボヒューーーーー、バァァァーーーン。

お決まりの勝負の決着を告げる花火が上がって、お決まりのアナウンスが流れる。


The duel was over.

Won by mirrorge_to_yukai_na_nakama_tachi.


成績確認など全く必要ないぐらいの、完勝だった。観客たちは予想をはるかに超えた番狂わせの短期決着に、興奮冷めやらないようだ。


件の商人の姿を観客席の中から無駄とは思いつつも探してみると、敵ホーム側最前列で観戦していたようですぐに見つかった。涙を流していた。うれし涙なのか、悲し涙なのか。どっちかしらね。


隣でたたずんでいたウドーが、その背をあやすように枝でさすっている。ほーん、なーるほーど。


あんた、本格的に商人に向いてないわ。商売において、一度助けてもらった恩を仇で返すような決断は、しちゃだめよね。一回こっきりで終わり、ならそれもいいだろうけど、借家の関係で私たちのやり取りはそれなりの間続くのだから。


あの家、あんまり長く借りない方がいいかしらね、と、あの商人への信頼が0になって、かといってどうすっぺか、と考えていたところで、私と同じくやつの様子に気づいたクーラさんが、なはははははは、と、その特徴的な笑い声を聞かせてくれた。


再びウドーたちの方へと目を向けると、後ろにいた強面の観客にものすごい勢いでいちゃもんをつけられていた。


あー、あんたの葉っぱ混じりのでかい頭、超邪魔だったみたいね。角度的な関係で、決着の様子がちゃんと見られなかったのだろう、その観客は怒り心頭に発して、激オコのようだ。


ウドーが商人の背後に回り、障壁を築いていた。あいつ、抜け目ねーな。積み重ねた年嵩、伊達ではないというのか。危機感知能力と生存本能は高いのだろう。


そのまま詰め寄られるうなだれた商人を尻目に、テケテケと全速力で私たちの控室の方向へと駆けだすウドー。ないす・はんだぁーん、だった。

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