第13話Ruina -tokai_no_kensou-

ずずっ、季節外れのこの時期に我が鼻より出てこようとする水分をすする。


「あー。」

「どうした、がーみー、夏風邪?」


いつもの部室内。今日は龍と玲央は既におらず。終業式だけで完全にフリーな今日の午後の時間を利用して、前に見た映画の続編を一気見するんだとか。それで二人揃ってそそくさと帰ってしまった。


私と涼子先輩はというと、今日も変わらず部室で短い会話の時間を楽しんでいる。


「いや、そんな大層なもんでもないです。昨日向こうでルイナまでの道を進んでたらですね、橋から、その。」

「落ちたね。」


にやりとしつつも少し遠い目をして、涼子先輩がそう返した。


「ええ。」


私も同じく遠い目をする。


「日本人ならねぇ。あれはないよねぇ。」

「ですよねぇ。」

「翻訳した人の意地悪だねぇ。わざわざひらがなってのがもうさ。」

「そうなんですよねぇ。」

「連れの子たちは無事だったのかね?」

「まあ、なんとか。必死で陸まで運んで、そのまま近くにあった集落で部屋を借りて休ませてます。」






大変だった。ウドーもイクスも軽くて、エンハンス・ストレンクス込みの私でさほど苦も無く運べたし、馬さんは賢くも泳いでついてきてくれたのだが、一番問題ないと思っていたスケの野郎が予想外にも、


「それがし、泳、げませ、ぬ。」


なんて真っ青、すでに顔色を変える機能は失われているのだが、にみえる表情でワプワプしていた。重たい鎧着こんでるもんで、結構しんどかった。まあ奴はおぼれ死ぬとかないから、そこは安心だったのだが。そうだ、あの野郎、水底歩いてこさせりゃよかったんじゃねーか。




つい今気づいた事実を交えてその時の様子を少し誇張して伝えると、なはは、といつもの笑顔を返してくれた。


「がーみーがスケの野郎にこだわる理由がわかったよ。」


ん?今のどこにそんな要素あった?むしろリストラ考えてるんだが。


「なはは。そうだねぇ。スケルトンタイプにしたって、もっと器用なリッチ系もいるもんねぇ。」


うお、今日も開花途中の我がテレパシーは絶好調のようだ。






「んー。そうだ、涼子先輩、ルイナでお金稼げるいいイベントとか知りません?」

「お金?」

「はい。ゲーム進行をずっと継続にしてるんですけど、ルイナだと宿代とか高いじゃないですか。」

「あー、成程。イクスっちのね。普通プレイヤーはそんなしょっちゅう泊まんないし、ログアウトしときゃいいからねぇ、思いつかなかったよ。そりゃ必要か。んー、そうだね、まあデュエルの代理依頼とか、結構転がってると思う。あたしも探すの手伝うよ。」


デュエルか。アリーナ内なら、逆に危険はないか。でも、


「ふーむ。メンバー足りなくないですか?スケに私に先輩、はまあいいとして、イクスはロードにでも置いときゃいいけど、ウドー、あいつ役に立ちます?」

「ない。」


はっきり断言してきた。


「ですよねー。」


一人助っ人でNPCを雇うか。分け前減るけど、仕方ないな。


「ああ、そういやいろいろあってなあなあになってたけど、陸の奴がいたわ。いい機会だし、顔合わせもかねて誘おう。」


リク?ああ、例のいとこの。


涼子先輩が端末を取り出しどこやらに連絡をはじめた。


「おーう、陸やい、今日暇?」


遠い向こうの人と会話を始めた。






つーわけで、イクスたちの下へ。いつも通り元気いっぱいだったのに安心し、招待を送ると、クーラさんと一緒にごついおにーさんが現れた。怖。


「なはは、結構いい男っしょ。私が作ったのさ。」


イクスがスケさんとリクさんと思しき人、どっちがでかいんだろう、と交互にそのキラキラした目で眺め、見比べている。


スケは、あ、こいつも目が輝いとる。おう、手合わせとか、そーいうのはあとでな、あとで。


「よろしくお願いします。陸です。ここではトータスと名乗ってます。どちらでもお好きな方で呼んでください。」


おおっと、すげー礼儀正しい。お辞儀の角度とか、お坊ちゃんって感じの振る舞いだ。


「よろしくです、んーと、リクさん。私は鏡。ここではミラージュって名乗ってます。」

「さん付けとかいらんよぉ。あんたら、タメだしねぇ。」


ええっ、ありえぬ、高1でこんなガタイ、早熟の柔道家か。


「あー、うん、何だっけ、空手だっけ、やってるよ。でも本人は男にしてはちっこい方で、それがコンプレックスらしくてねぇ。ゲームではせめて理想の体格にって、請われて前にあたしが作ってやったのよ。で、これ。」


クーラさんがツンツンと自身の作品?をつつく。


成程。体格調整、すげー細かく設定できるけど、そのせいでちょっといじると、自然な感じにするのめんどくさいんだよなぁ。たいていの人はあきらめてデフォルトの自分の体格に戻しちゃう。


リクさんはいやぁって感じで少し恥ずかしそうに右手で頭をポリポリかいている。


「じゃーリク、でいいわね。私の方も呼び捨てでいいよ。」

「うん、鏡。よろしく。」


握手を交わす。一見穏やかで友好的な、初対面時の最高の形だったんだが、わが背の向こうで不穏で剣呑なオーラをピリピリと発しておるやつがおった。


「ミラージュ殿。」


どん、と左肩に重たいスケの野郎の手が乗った。重いんじゃ。離すがよい。


「あー、リク、早速で悪いけど、こいつの相手してやってくれる?感覚とか、そういうの確かめた方がいいし。」

「いいかもねぇ。一応ある程度はさっき伝えたんだけど、こればっかりは実際に経験してみないとねぇ。」


話の進む方向が自分の望むとおりになってうれしいのか、スケの手にさらに力が入る。だから重いし痛いわ。やめい。






大型の剣が次々振るわれる。残像がまだ高めの太陽の光の効果と相まって輝いて見える。


その剣は、光を反射して、刀身は黒い輝きを放っている。黒剣、なかなかの業物だ。いつの間にあんなものを。


あ!さてはあいつ、あの黒龍の素材をがめやがったな。


まあ、強くなるための手段。強欲にそれを求める行為は、ほめることはあれども、たしなめる必要はなかろう。利用できるものを最大限に利用して、勝利を我に、捧げるがよい。


なかなかの剣速で隙なく攻撃を繰り返すスケさん。野郎、装備だけでなく腕も上がっているようだ。


しかしながらそうして次々と振るわれるなかなかの速度の剣は、相手にすべて受け止められ、目的を果たすことはない。果たしちゃったらいかんがね。たぶん、結構痛い。


それにしても、リクはほんとに平気そうにスケの剣を受け続けている。左に構えた盾と右手の剣、器用に使いこなしている。


あ、突き。


おっとスケよ、今のは危なかったな。しかしよくかわした。


その回避でスケの体制が少し崩れた、が、おっと、この動きは。


横に傾いた勢いを生かして、そのままついに出すのか、あれを。


有名な緑の謎解き勇者の必殺技を参考に我が考案し教えた、あれを。


右に流れたスケの体がそのままぐるりと回転を始める。


そして腰のひねりを生かし体のばねも利用して一回転し得られる最高の遠心力を利用しての、大きな横薙ぎ、そう、秘儀・回転切り。


もちろん、そんなスキルは、ない。



は、振れなかった。背を向けたところをリクは重いっきし蹴っ飛ばして、そのままスケはずざー、と、砂と骨の間の動摩擦係数を測定しておった。


おー、結構滑ったな。係数、低いのやもしれぬ。






「うーむ、さすがで御座った。」


大丈夫か?砂、眼窩にのっとるぞ。


なはははははは、と笑うクーラさんと、ちょっと恐縮そうに、かわいそうだったかな、と同情の目を向けるリク。本人はかなり満足そうだし、いいんじゃよ、リクよ。


「せっかくミラージュ殿に教えてもらった技であったのだが、まだまだ研鑽が足りなかったようだ。」

「あー、うん。まあ手傷を受けて動きの鈍ったモンスター相手のとどめには結構最適なんだけどね、あれ。人相手に目の前では、ああなっちゃうね。」

「うむ。一つ学ばせてもらった。よい手合わせであった。」


ふむ、ほんとに満足しているようだ。


「リクの方は、どうだった?」

「しびれがほんとにすごいね。最後のをもしまともに受けてたら、立ち直れなかったかも。」

「ケガしたら結構痛いから、気を付けてね。まあスケさんの剣でその程度なら、まず問題はないでしょうけど。」

「うん。」



「スケさーん、おしかったねー。」


イクスが慰めにきたようだ。スケさんはというと、首はこちらに向けたまま体をひねる練習をしておる。おお、さすが。スケルトンという自身の持つものを最大限に、そしてすぐさま生かそうとしておる。


そう、骨なら。肉がなければ、顔はそのままに体を一回転ひねることは、、、


できなかったようだ。ちょっと悲しそうに肩を落としたスケの背中を、ぽんぽんと叩いて、


「またなんか思いついたら教えてあげるから。」


その様子を見て、クーラさんがまた、例の笑いをぶり返していた。






首都ルイナ。ベントやブティーナではお目にかかれない都会特有の喧騒が、その外壁を通ってすぐ、視界へと飛び込んでくる。


通りを行きかう人々。その目的は皆様々。呑気に並べられた商品を眺める者。せわしなく用事を済ませようと、目当ての場所へと移動している者。最大限に得をしよう、と言葉巧みに値切り交渉を行う買い手。それに負けじと食らいつく売り手。その各々が抱える設定された思考判断に沿って、必死に活動に勤しんでいる。


外壁傍のこの辺りは、外との移動の利便性のおかげで自然とそうなったのか、商業エリアと呼んでいいぐらいにいろんな店が密集している。



「うわー、すごい人だね。」

「そうね。」


これだけ大量のNPCがきびきびと動いているさまは、壮観だ。AIの優秀さはもちろん、外見も一体一体、イベントで絡むようなキャラクターほどではないものの、しっかりと丁寧に作られている。


渋谷のスクランブル交差点に初めて訪れた田舎者が、今日は祭りか?と感想をこぼす、そんな定番ネタ並みに、田舎の様子しか見たことが無かったイクスは感動している。ウドーに至っては、言葉も出ないようだ。


「・・・これだけみっしりおって、水の取り合いになったりせんのか?」


言葉を発したと思ったら、なんか深いことを言ってきおった。


「あー、うん。そういうことも、あるわよ。」


そう、そういうことは、ままある。ここはもちろん、向こうでも、どこでも。


「森に棲むモンスターたちと同じよ。水場、争うでしょ。」


それはさして特別なことじゃない。


「そうじゃな。こんだけ集まっても争わずにおれるのなら、人というのは木精の言っておった通り、相当に温厚な生き物なのじゃろうな。お主とおるととてもそうは思えんかったんじゃがのう。」


ちらっとこっちをうかがいながら発された最後の一言にイラっとしていつものおまじないが無意識に発動するかと思ったのだが、無かった。


「なんじゃい、今日は怒って光らんのか。つまらんのう。」

「ミラージュは優しいからね、ウドー。わざと怒らせちゃだめだよ。」


モンスターと、変わらない。


何の気なしに自分で言ったその一言に、ひどく思考を持っていかれていた。






「お、あそこ、なんか揉めてるねぇ。」


少し進んだ先で視界に入った店のひとつを、クーラさんが指した。


「だね。」


興味をひかれて近づいてみる。確かに結構騒がしく言い合っている。そんな一角を周囲の人達は様子をうかがうでもなく、腫物を避けるようにしている。


ふむ、都会に吹く風の冷たさまで演出してくるとは、恐れ入ったわ。



「あーこれこれ君たち、いったい何を揉めておるのかね。事情を私らに話しては見んかね。」


とぼけた調子ながらも、それなりにまともに問いかける。ボケをぶちかますのは、私の最も苦手とするところだからな。


「関係ない者は、口を出さないでもらえるか。」


詰め寄られていた側の男が、横柄にそう言ってきた。


んー、こっちの激しく言い寄っていた方が悪者じゃないのか、なんか、めんどくさくなってきたな。


「ミラっち、そんなめんどくせぇ、って顔しちゃいかんよ。で、詰め寄ってたあんた、何が原因なんだい?」

「それは、、、」


どうやら敵ではないということに少し安堵した様子で、事情を語り始めた。まあまだ味方でもないんだけどね。






「えーと、つまり、予定してた商品の搬入が間に合わなくて、その期限を延ばしてほしいとお願いしたら、断られたってこと?」

「端的に言えば、まあそうです。」


え、なにそれ。完全にお前が悪いやん。他のメンバーたちも、みなそう思っているようだ。


「ふーむ、まあ待ってあげられない理由もあるんでしょ?どうなの?」


もう一人の横柄な方に問うてみる。


「いつもなら待ってやらんこともないんだが、今回、このタイミングでちょうど大口の取引が発生してな。参加資格を得るために、それなりの現金が必要になったので、余裕がなくなった。契約的にも破ったのはそちらだ。事情も事情なだけに、気の毒、とはまあ、思うが。」


ふむ、いい人やん。商売だし、仕方ないよね。


「だってさ、あきらめな。」


無慈悲に告げる。これはしょうがない。


「うう、災厄だ。補修工事の直前にあの橋をぶっ壊したどこぞのバカさえいなきゃ、無事今日届いたというのに。」

「あー。」

「あー、そういうイベント。これは知らんかったわぁ。」


クーラさんと見事にはもって、空を見上げた。いやー、本日も相変わらずの青色。きれいですなぁ。






んで、さらに事情を聴いてみると、その新しく発生した大口の取引というのがその橋の再建設のための資材もろもろの用意。ほぼ一から作り直すことになったために、結構な額の取引になるんだとか。


しかし、同種の商売敵がいるらしく、互いに引くなどありえないため、最終的に取引の権利はデュエルで白黒つけることになりそう、とのこと。何でも向こう側には結構強力なコマがいるとのことで、こちらもそれなりの腕の者を雇うために即金が必要だったとか。


そこへ私たちがまんまとやってきたわけだ。こりゃーまさに渡りに船。さすがゲームね。わかりやすい。こういうの、こういうのなのよ。


「そうね、あんた、この街の商人なんでしょ。だったら報酬としてこの子たちの住居、用意しなさい。あんたの家でもなんでも、とりあえず安心して眠れる程度のものならなんでもいいわ。できる?」


路頭に迷う未来を思い、がっくりしている商人の方へ向け救いの手を差し伸べる。


「は、はい。」

「よし、きまりね。おじさん、私らがそのデュエル、やってあげるわ。報酬は今言ったのと、お金は、予定してた額からこいつへの支払いを差し引いただけでいいわ。」

「おお!」


ぬか喜びすんな。まだ話はまとまっちゃいない。


「その、実力の方は、大丈夫なのか?」

「こいつもいるし、私も含めて皆猛者ぞろいよ。まず負けはないわ。」


後ろに控えるスケさんの鎧をその上にまとったローブ越しにゴツッと裏拳で叩いて、自信満々に告げた。

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