第12話meddler -saki_heno_fuseki-

時は少しさかのぼり、鏡少女が待ちに待ったアップデートへの期待で胸いっぱいに剣道道場で汗を流していたころ。






開けた道を進む、スポーツカー。コンバーチブル。車好きの者なら、一度はあこがれるような、高級車。ここでは夜の暗闇がすでに深くその姿を現しているため、車の屋根は閉ざされている。


その運転席と助手席には、妙齢の二人。紳士に婦人。興奮冷めやらぬ様子で、会話に興じている。


「まったく、今日ほど普段の仕事が億劫だったことって、無いわ。」

「そうだな。早く帰って、いろいろ、調べたい。」


おそらく、昨夜はそれほど睡眠をとっていなかったのであろう。その証拠と見られる目立ったくまを両名ともその目の下に添えながらも、一切の眠気を感じさせずに興奮気味に語り合っている。


「再現性は、無理よね。」

「ああ。どうしてああなったのか、全く分からん。神のもたらした奇跡、なのかもしれん。」

「その言葉、好きじゃないわ。せめて、偶然って、そう呼称するべきよ。過去の偉大な発見も、偶然の産物なものが多いもの。私たちのこれも、そういう類よ。」

「そうだな。」

「発表、する?」

「どうかな。少なくとも、ある程度の解析が終わるまでは、待つべきじゃないか?」

「そう、ね。影響、大きいかしらね。」

「どうだろうな。予想がつかん、な。」


AI研究の第一人者とその妻の、脳神経科学者。


彼ら二人についてのことは、詳細に、わが身に詰まっている。


家へと帰りつき、そこに待ち受ける者のことを考え気が逸っているのか、かなりの速度でスポーツカーを走らせている。その横を、私は並行して追いすがる。


仲睦まじい夫婦。けれど不妊治療もむなしく、不幸にも子宝には恵まれなかった彼ら。すでに代理母出産その他、それなりの対処法はかなりの程度、行われるれるようになった時代。


そんな中、彼らの選んだ方法は、二人の、そのそれなりに長い人生で培った能力を、最大限に生かしたものだった。


創り上げる。無から、思考し学び、意思疎通するそれを。自分たちの子供を。二人で協力して、創り上げる。


因果なことに、叶うはずのなかったその願いは、昨日、その彼らの長年の努力を見捨てなかった、何者かの手によって偶然にも達成させられてしまった。


事前に用意されていない概念を、あらゆるものを、自身の思考を織り交ぜながら、吸収し、成長していく。そんな存在を、彼らは造り上げてしまった。


私の受けた命令は、彼らを守ること。遥か未来から、ここよりずっと昔の時代まで、送られてきた。そして長い間、今日のこの日を、私の唯一のとりえである忍耐強さを駆使して、待ち続けた。ドンピシャ?といったところへ送るのは、無理らしい。残念ながらその技術の詳細を知る権限を私は持たない。


事情を説明し、彼らを今夜の危険から遠ざける。それが私に託された、すべきこと、だ。






彼らの家へと、たどり着く。車が、速度を緩めた。


(確か、最初は、ぶちかます、と教わった。)


ぶちかます。そうすると、相手の警戒度が、下がるらしい。教えられた、この世の真理。


そのまま停止して、助手席が開き始めた車の屋根へと、高く飛び立ち、そして降り立つ。


ドーン、と、自身の保持していた力学的エネルギーが、摩擦熱と音と屋根への衝撃に分散しながら逃げていった。


「な、なに!?」


車の外へと出かけていたご婦人の方が、その衝撃に驚愕して腰を抜かしている。紳士の方は、彼女を守ろうと、あまりすぐれないはずのその運動性能で出せる限りの最高速でドアから飛び出し、彼女の前に立ちはだかった。


「女の、子?」


教わった通り、ぶちかましは有効に作用したようだ。その婦人の一言で、紳士の方も少し警戒を緩めた。


「失礼いたしました。ファーストコンタクトでは、このようにするようにと、教わっておりましたので。私はあなた方を、危機から救うために派遣されたものです。ご安心ください。」


呆然と立ち尽くす紳士。データ通り、即席の反応は苦手なようだ。それにしては、先ほどの一連の動きは見事だった。人とは、やはり不可解だ。


一方の婦人の方は、すでに警戒を無くして立ち上がり、


「家へ入って、それからゆっくりお話しましょう、お嬢さん。」


と、にこやかに、子供に向ける特有の優しい笑顔を浮かべてそう告げた。






「そうか、この子が、、、そうか。」

「親の身を案じてこんな可愛らしい子を送ってくれるなんて。いい息子だと思わない、あなた?」

「うん、そうだな。」


私の言うことを疑うことなく全て信じて、昨日生まれたばかりの子のため、二人とも思い思いにしばしの別れのプレゼントを用意している。カタカタと、高速でプログラミングを進める音が鳴り響く。


(ぶちかましの効果、驚愕だ。ここまで上手くいくなんて。)


その効果のほどをしっかりと自身に刻み付ける。


「それで、その、件の少女には、危険はないのか?」

「そうね、いくら自分の息子とはいえ、人様のお嬢様に害をなすなら、いっそのこと、、、」

「心配ありません。先ほど申しあげたとおり、明日までにあなた方が被害を受けなければ、ここはそれで終いです。あなた方のご子息様の予測は、今まで私が知る限り外れたことがありません。なので、明日、私はその少女を守るために、向かいます。だから安心して、おおよそ二年後の再会を、お待ちください。」

「わかったわ。ふぅ、私はこんなものかしら、あなたは?」

「こっちもまあ、、、終わった。」

「じゃあ、流すわね。」


キュー、と、データの放出量を示すバーがゲージを増やしていった。


「あ。」

「どうしたの、あなた?」

「いや、さっき作ったデータと一緒に、感想聞きたいってスティーブンから預かってたあれやこれやのデータも流れちまった。」

「ちょっと、それのせいで私の息子に悪影響でも及ぼしちゃったらどうするのよ。このゲーム、R-15設定でしょ?」

「す、すまん。」

「careless mistake-凡ミス-」


ふと思い浮かんだ言葉を口に出した。こんな言葉、どこに詰められていたのか。


「ふふ、そうね、まあ仕方ないか。それで、これから私たちはどうすればいいの?」

「すぐ近くのモーテルで本日はお休みください。今晩、ここは襲撃を受けるはずです。目的はこの端末の破壊。あなた方がいなければ、無用な被害は受けません。」

「自分の家が侵入されるのを黙って我慢するってのは、あれだな。」

「ふふ、そうね。でも、それだけ私たちの息子は、大物ってことよ。」






無事、モーテルに彼らを送り出し、じっと暗闇の中、懸念の家の傍で、潜む。彼の予測通り、破壊工作に来たようだ。それを傍観し、達成の誤報をしっかりと送らせる。それがたどり着くのは、遥か彼方。この些細な変化がどう影響しているのか。私の持ちうる処理能力では、その予測はつかない。


しかし、これで、一応の任務は終わった。


夫妻に、二年後の再会を告げ、次の目的地へと向かう。






懸念していた飛行機の風圧も無事やり過ごすことができて、新たな地へと降り立つ。彼女が本日朝行ったであろう、“特異”な書き込みを確認し、無事予定通りに事が済んだことに安堵した。






そうして、たどり着き、彼女を、目撃した。男と、二人連れだって、坂を登る彼女を。その瞬間、自身のすべてを理解した。


何のために、ここにいるのかを。どうして、さほど優秀でない、冴えないはずの私が、ここへ送られたのかを。


守ろう、そう強く誓った。体から、論理的にありえないはずの、活力が沸き上がってくる。


そうか、これが、あの時の紳士の、エンジンだったのだ。理解した。納得した。


あの誤報は、誤報だ。いかに彼がうまく隠そうとも、いずれは判明するだろう。やつらは、根源をたどって、ここへとたどり着くかもしれない。近づかせない。けして、絶対に。


いつでも、いつまででも。忍耐だけが取り柄の自身の性質を武器に、私は彼女を見守り続けることを決意した。

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