第10話tomb -bakuhatsu-

コツコツと階段をくだる。扉の先には地下へと向かう階段があった。警戒の度合いを高めながら、下へと進む。緩やかな螺旋構造をしていた。5分ほど下り続けた先に、ようやく空間が見えた。玄室だ。それなりに広い。


「リドルの文章を考えるに、ここはどなたかのお墓、なのでしょうか。」


中央に、石の棺と思しきものが鎮座していた。奥には歴史的価値の高そうな物品がいくつか陳列されている。副葬品のようだ。


「盗掘は趣味じゃないんだけどねぇ。」

「ま、守護者とかは定番よね。」


棺の前の左右に、寄り添うようにして一対の男女の像が、もたれかかっていた。最大限の警戒度で、ゆっくりと近づく。予想通り、その二つの像は私たちが近づくと、途端にその色味を取り戻していった。間違いない。あの棺が、この差異の根源だ。


蒼白な顔色。若い見た目に反し、くすんだ白髪。病的な異質さ。濁りなくこちらを見つめる眼の中央には、綺麗なルビーがひとつずつ配置されている。


「用向きを。知恵ある者たちよ。」


無機質なまでに澄んだ声音で、女性の方が問いかけてきた。


「この子に、その棺に触れさせてあげてもいいかしら。」


ここは、ぶちかまさない。そもそも、思いつかん。だから最低限の要求を告げた。


冷静だ。前とは違う。向こうから問いかけてきた。コミュニケーションできる。ちゃんと話せば、その程度は許してくれる、かもしれない。


それなりに広いとはいえ、動きの制限された室内、脅威度は不明。敵対して、前の、黒龍のブレスのような攻撃が来たら、イクスには危険かもしれない。ウドーは、、、知らん。


「ついでに後ろの宝もいくつか融通してもらえたらうれしいね。」


おい、リュウ、欲張るんじゃねーよ。


「欲のないことだな。いくつかと言わず、いくらでも持っていって構わん。せめてもの慰みにと、飾っただけのもの。我らにはもはや不要のものだ。」


今度は男性の方が少し温かみを伴った声色で言った。


「そちらの子は、私たちの同族、ではないようだな。おお、美しい。太陽とともに歩む、輝かしい空色だ。」

「ふむ、うらやましい限りだ。我らは既に、その光景を拝むことはかなわぬ。好きに触れるがよい。我らが主の眠りに、美しい花を添えることになろう。」


よっし、完璧なまでに友好的にうまくいった。


「ありがとう。騒がしくはしないわ。お祈りもさせてもらうわ。」

「喜ばしいことだ。そなたの旅の経験を、念じるがよい。主に届けば、その眠りの、良い夢の材料になるやもしれぬ。」


私とイクスは棺の前で祈りをささげた。むーん、むーん。ここでこそ、わが開花途中のテレパシーの本領発揮ではないか?うん、そうだな。届け、わが想い。


唐揚げ、おいしいの。母さん、料理上手なの。イクス、綺麗なチューリップ。ドラゴン、わたしが首ちょんぱ。剣道道場で技を磨いた成果なの。試験、絶望的なの。むーん、むーん。


心なしか、棺の中で何かが、笑ってくれたような気がした。






無事予想通りデータのかけらを手に入れることができた。そのままバイバイ、っていうのも寂しいので、みんなで二人の旅の話を聞くことにした。


「私たちはもともと、主の旅に付き従う人であった。」


遠く昔を懐かしむように、レイリア、という名前らしい、女性の方がその美しく澄んだ声で語りだした。淡々と、その旅の中の出来事を、一つ一つ、丁寧に、割れ物を扱うように、その口から取り出していた。






「けれど、私たちは、弱かった。旅の途中、とうとう、いや、ようやく、と言った方が適切であろうか、無力にも、力尽きた。予想できた、ことではあった。しかし、主は、そんな私たちに、その身を割いて力を授けてくださった。」


無機質なナレーションのようでいて、そこには儚く切ない感情が、ちらほらと垣間見えて。


「しかし、何かを得るには何かを捨てねばならぬということを、この、以前と変わらず卑賎なままの身で、思い知った。私たちの得た力は、主には遠く及ばず。日の下にすら立つことができなくなっていた。」


レナルス、というらしい男性の方は、その目を閉じ、昔を思い出すようにじっとレイリアの語りに耳を傾けている。みんなも、一様に静かだ。私も、その不思議な思い出語りに夢中になっていた。


「慈悲深い主のこと。ここに捨て置いてくれと言えば、望み通り、かなえてくれただろう。しかし私たちはそうしなかった。どれだけ足手まといだろうと、付き従うことを望んだ。日を避け、暗闇の中に生きた。人の世とは、隔絶されてしまった。」


淡い感情がこもった美しい声で、語りは続く。


「つらかった、とは感じなかった、と思う。確かに代償は大きかったが、かつては満足にできなかった、主の露払いができている実感があった。その事実は、私たちにはうれしかった。」


うん、うん、と、レナルスも腕を組んでゆっくりと頷いている。


「しかし、主の目には、そうは映らなかった。見ていられないと、もうやめようと、そうおっしゃられた。」


優しい人だったんやなぁ、そんな風にありきたりな感想を抱く。


「主はおっしゃった。もはや今は、わが旅の目的は、そなたらとともに過ごすことになってしまった、と。だからこれ以上、進む意味はない、と。だからともに眠ろう、と。休みが、必要なのだ、と。」


レイリアの目から一筋、涙が流れた。


「私たちはそうして、ここで眠りについた。主が平穏に眠れるよう、再び目覚める時まで。ただそのためだけに、私たちはここにいる。」






「ええ話しやったなぁ。」

「そうだねぇ。」


ぽんぽんとレオの背中を二人で叩きながら、墳墓から出る。感受性豊かなこいつの目は、まだまだその潤いを乾かせないようだ。


副葬品は、もらわなかった。彼らの安息の地を、むやみに荒らす必要もない。あのまま、時が止まったきれいな絵画のような光景を、今すぐ変えようとは思わなかった。


外は既に雨が上がっていて、空では星の群れが、ところどころで謙虚な輝きを放つことによって構成した、渾身の芸術作品を披露していた。


「ヴァンパイアの日光弱体を無効化させるアイテムって、ありましたよね。」

「そうだね。あるねぇ。」


決めた。探して彼らにプレゼントしよう。二人分、しっかり用意しないと。そしたら主さんを起こして、イクスと私たちと、一緒に調査してもらおう。旅が趣味みたいだし。うん、いい案だな。






樹林を再び飛び越えて、元の道へ降り立つ。兵士たちは既に立ち去った後のようだ。


「ま、きりもいいし、今日はここまでだな。」

「そうね。じゃあ、お休み。」

「おう、じゃな。」

「ミラっち、また明日、部室で。」

「おやすみなさい。」

「はい、おやしゅみ、なさい、ぐすっ。」


順番に光の粒子となって、ログアウトしていった。


「じゃー、イクス。また明日ここで。スケさん、ウドー。頼んだよ。」

「承知。」

「うむ、任せるのじゃ。」

「ミラージュ、バイバイ。」

「うん、バイバイ。またね。」


ログアウトして、布団をかぶる。例の歴史小説、借りて読んでみようかな。歴史も、大事かもな。


今日の夢見は、よさそうだ。そんな確信があった。






「ふーむ、なーんか納得できないのよねぇ。」


放課後、部室内。いつものように皆でテーブルを囲んで無為なお茶の時間を過ごしている。


「何がです?」


何の話かよく分からなかったので、素直に聞いてみた。


「いや、昨日のイベントのことさ。」

「何が納得できないんですか?とてもいいイベントだったと思いますけど。」


そうだな、お前、めっちゃ感動してたもんな。


「そうなのよ。私も、すごくいいイベントだと思ったのさ。だからよ。」

「だから?」


涼子さんの思考展開にはついていけそうにない。


「そう、ですかね。まあああいうのもありじゃないかと思うんすが。」


龍も、ついていけてないようだ。そう、涼子さんはすごいのだ。どうだ、龍。


「そう、ありなのよ。だからよ。完成してた。リドル含めて楽しめる、いいイベント。おそらく対立したら戦闘。棺からボスって感じね。報酬は副葬品。敵対しなければ戦闘なしで報酬が得られる。」

「ふむ、その見立ては賛成です。敵対せずに、彼らの語りを聞けたことは、幸運でした。」


せやな、お前、めっちゃ感動してたもんな。


思い出し涙でもこぼそうというのか、玲央の目が潤み始めた。


「ほら、最初の黒龍はさ、明らかに作りかけだったじゃん。だから、なんか、引っかかってね。」

「完成させてリリース前だったってだけじゃないんですか?」

「だといいんだけどねぇ。なーんか、嫌な予感がするのよねぇ。」






帰宅してすぐ、せわしなく部屋に駆け込んで、ログインする。涼子先輩の懸念を払しょくしなければ。


昨日設置した簡易ポイントに降り立つ。すぐ近くで、三名が車座を成していた。


「あ、ミラージュ、お帰り。」


普段と変わりないイクスのトーンに、杞憂だったな、と安心する。


「みんな、何もなかった?」

「うん、昼頃になって、向こうの方で何人かが飛んで行ったぐらいかな。昨日の兵士から、僕らのことを聞いたんじゃないかな。」


ふむ、スカイウォークが使えるレベルの魔術師を用意したのか。そういや、兵士たちに中の様子を報告できなかったしな。そりゃ調査は続けるか。


「わかった。昨日のこと、知らせてあげましょ。さ、行くわよ。」

「ミラージュ、どうやって?」

「え?何が?」

「ミラージュ殿、スカイウォークで向かうのであろう。それがしは残念ながら魔法は門外漢である故、お手を煩わせてしまいますが。」

「またわし、飛べてしまうのか、あれは心地いいものじゃ。新感覚じゃ。」

「あー、うん、無理ね。レオを呼びましょ。」


そうだ、失念してた。


「なんじゃい、おぬしも大したことないのう。」

「エンハンス・ストレンクス、エンハンス・ストレンクス、エンハンス・ストレンクス、、、」

「こ、これこれ、他愛ない戯言ではないか。許すのじゃ。広き心をもつのじゃ。」


その時、ドーン、と、樹林の中央部から、衝撃音が走った。


最悪の嫌な予感がして、私は駆けだした。


飛べなくても、跳び越える。いける、はず。昨日超えた高さなら、敏捷最大強化で超えられる、と思った。


駆けながら全力の補助をかける。


「クイックン、エンハンス・デクスタリティ、エンハンス・フレキシビリティ。」


最高速の助走、横向きの運動量を、縦方向に変える。そのためのベストな力積を加えるための器用さが必要だ。下半身の柔軟性も高める。


「いっけぇぇぇぇぇ!」


強化した筋力で、ベストな角度で、強化したばねでもって、地を蹴り飛ばす。


(超えろ、超えろ、超えろ、、、)


わずかな時間の空中遊泳を終わらせて、無事、境界を越えられたことを信じて、直進する。開けた赤茶けた土の広場が、少し先に見えた。


(よかった、成功した。)


たどり着いた広場には、多くのアンデッドの死骸が転がっていた。あのあと、レイリアとレナルスは再び扉を閉じて、眠りについたのだろう。調査隊は択を手当たり次第に試したのだろう。最悪な事態が脳裏をよぎって、私はその、人の身を超えた速さでもって、開け放たれた扉をくぐり、階段を駆け下りる。






「ふっー、ふっー、ふっー。」


玄室にたどり着いた。兵士の死体がいくつか転がっていた。何人かの兵士がその死体に祈りを捧げていた。私が現れたのに気づいた一人が、声をかけてきた。昨日聞いた声だった。


「これは、神の御使い様、ご無事でしたか。安心いたしました。被害は出ましたが、“脅威”は既に去りました。ご安心ください。」


私はその声を無視して、奥へと進む。


レイリアと、レナルスが、いる。


いや、違った。それは、すでに、過去形でなければ、いけなかった。


「あー、あーー、あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー。」


漏れ出す感情は止められなくて。わたしはただ暴れた。次々と兵士たちを切り捨てる、切り捨てる、切り捨てる。






「優しき少女よ。感謝する。その慈悲を、無様に生きながらえてしまった私にも、かけてはくれぬか。」


自分以外、地に足をとどめるものがいなくなった玄室で、ただただ落ち着かない息を荒げて、疲れ切って両ひざをついてぼーっと天井を見上げていた私に後ろから声をかけてくるものがいた。


「うう、ううぅ、、、ごめんなさい。ごめんなさい。わたしが、わたしたちが、わたしたちの、わたし、たち、、、のせいで、、、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、、、なさいぃ、、、、、、」


振り向く勇気もなくて、そのままただただ謝り続けた。


「よいのだ。彼らは、すでに遠い昔、その身を死にとらわれてしまっていた。我が、ただいたずらに、偽りの生を与え、伸ばしていたに過ぎん。これで我も、この世にとどまる意味はなくなった。最後を、その優しき手で、懸けてはくれぬだろうか。」


ふぅ、ふぅ、ふぅ、、、息が、、、荒い。いつまでも、落ち着かない。


「エンハンス・ストレンクス、エンハンス・ストレンクス、エンハンス、、、ストレンクス、えん、はんす、、、すと、れんく、すぅ、、、ぅぅぅぅ、、、うぅ、うぁぁぁぁぁぁーーーー。」


振り向きざま、私は刀を薙いだ。目が合うのが、怖かった。臆病で。ただ、逃げた。


「感謝する。名も知らぬ少女よ。そなたは優しい。そなたの下に集った者どもを、守って、、、や、れ。」


命の灯が、消えた。私の心の灯もまた、消えた。


最高速で振るわれた刀の慣性に抗おうとする意志など空っぽになった私にはなく。


ただそのまま、その運動量を落とすことなく進み続ける刀に引っ張られて、私は冷たい地面に、パタリと突っ伏した。


カラーン、カラカラーン、と、支えを無くした刀が床に転がる音だけが、静かに玄室に響いた。






夢を 見た

眼下に、前へと進む、一団が見えた

三人、連れだって

草原、仲睦まじく

幸せそうに語り合いながら、進んでいた

穏やかなその光景を、鳥瞰していた

私は、鳥だった

仲間に入れて、と、彼らの下へ、飛んでいく

レイリアが、そんな追いすがる私に気がついて、こちらへ振り向いた

レナルスも、名も知らぬご主人様も、気がついて

みんな、こっちを振り向いてくれた

きれいに輝く、ルビーが六個

きれい、きれい、と羽根でパタパタ

伝わるといいな、伝わるといいな

ご主人様が、私に向けて、その手、かざしてくれた

そこに、降り立とう、と、パタパタ、パタパタ、頑張ったけど

かなわなかった

その腕、するり、すり抜けてしまった

そのまま、地面、ぶつかってしまった

痛いよう、と、涙目になって見上げると

心配そうに、私を見つめる、目があった

相変わらず、非現実的なまでに、きれいなルビーで

その顔色、病的なまでに、真っ青ブルーで

でも、にっこりと、大丈夫? って

日の光の下、優しく微笑む 

彼と、彼女と、ご主人様






それは確かに人のものだった。

人なんだ。人、だったんだ。

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