第9話sealed -nazotoki_no_shikata-
ログインして、新たにその姿を現した樹林の前に降り立つ。なんだかピリピリした雰囲気が伝わってきた。
「ミラージュ!」
いつもの柔らかい呼びかけとは違い、その一言は固かった。私へと向かう駆け方もせわしなく慌ただしくて、いつもの呑気なパタパタ感が欠けていた。
そのイクスのいた場所を遮るようにして腰に佩いた剣に手をかける寸前のスケさんと、敵意露わなウドーの二人が身構えていた。その向こうには全身を金属鎧で包んだ三人の男?が、こちらも厳戒態勢で対峙していた。
あの鎧姿は、ルイナの警備部隊のものだ。その先頭の一人が、フルフェイスの兜ごしに、私に視線を向けたようで、目が合った気がした。この現在の状況になった経緯をおおむね把握できて、ほっと安堵の息を吐く。
ここは、まず第一声でこの緊張をゆるませる何かをぶちかますべきか。
んー、ボケたりするのって、まじめな私には向いてないわよね。完全な苦手分野だ。だから無理だな。
素直に思考をあきらめ、イクスを背に、ウドスケの両名の下へと、落ち着いて、敵意はないよと両手を挙げて意思表示しながら近づく。
「あーこれこれ、ウドさんにスケさんや、こちらの方々はこの国の治安を預かる使命を帯びた兵士様方よ。抵抗しちゃいかんよ。」
端から見たらスケルトンにトレント。少年に付き従っているとはいえ、そりゃあ警戒してしまうだろう。なのでここは余計な技巧なしに、ストレートにこいつら二人がこの可憐でいたいけな少女である私の従者兼護衛ということを明確に伝えて、安心させることにした。
「あなたが、このものたちの主人か。」
三人のうちのリーダーと思しき、中央に立っていた一人が声をかけてきた。うん?おかしい、警戒度が下がってない気がする。まあそりゃあ暗闇からいきなり現れたら、少女だろうと警戒するか。
私は満面の笑顔を向ける。おい、後ろの二人。なぜこのタイミングで腰をさらに落とす。おかしいだろ。
「ええ。その通りです。こう見えてこのスケさんは*スケルトン・チャンピオンでして。そこらの戦士よりはるかに腕が立つんです。私とこの子の頼りになる護衛なのですよ。」
自身と、後ろに控えるイクスを指して、そう告げる。
(*注:正確には、もう一段上のレジェンダリー・スケルトン・チャンプ。スケさん界隈では最強レベルの個体。この世界では現在スケさんを含み二体のみ確認されている。並みの兵士相手なら、最低でも百で囲んで同時に突っ込まない限りは、立ち向かっても傷一つつけることなく無駄に屍の山を築くことになるわよ。 鏡談)
「チャ、チャンピオン・・・」
控えめに宣言したにもかかわらず、それでも想像を超えたこちらの戦力に臆してしまったらしく、後ろの二人のうちの片方が狼狽した様子で言葉をこぼした。リーダーらしき人からも、ごくりと生唾を飲む音がここまで聞こえてきた。
あれー、そうなっちゃうか。まあ結果オーライ。
「それで、兵士の皆さまもこの異変の調査ですか?」
「え、は、はい。数日前に、ここの農民たちからの報告が上がりまして。」
リーダーさん、敬語になってるし。まあ何にせよ、最悪の事態は避けられた。さっさとクーラさんを呼ぼう。お、レオとリュウもトップメニューで待機状態じゃん。仕方ない、呼んでやってもいいかな。
「ちょっと、失礼。」
メニューでアクセス許可を送る。この動作、スケさん曰く虚空を撫でてるだけに見えるらしいんだよなぁ。警戒心を上げちゃったりしないだろうか。
すぐに光の粒子を伴って、クーラさんが私の隣に現れる。
「お?ん?」
きょろきょろと周囲の状況を確認していたが、すぐにある程度の事情を把握してしまったようで、私が口出ししない方が面白そうね、と目が訴えていた。
残念、もうほとんど騒動は終わっているのです。
リュウとレオも、クーラさんの登場から少しの時間差で現れた。二人とも、すでに向こうで先輩から話が通っていたのか、隙のないフル武装だ。
「なんだ?兵士に、トレント。どういう状況だ?」
「リュー!レオ!久しぶり!」
危険がなくなりすっかり安心したイクスが、いつもの柔らかい口調で二人を歓迎する。
「こいつはウドーよ。イクスの新しくできた友達、ってとこね。そこの兵士さんたちは、ほら、あれの調査できたみたい。」
状況をまだしっかりとは理解できていないであろう二人に、黒龍以来、ようやく見つかった差異のことを、嬉々として説明した。
「なるほどな。あんたら、ちょっと聞いていいいか。」
「何なりと。先ほどは神の御使い様とは気づかず、ご無礼を働きました。」
「うむ、くるしゅーない。」
「おい鏡、話の腰を折んな。それで、あんたら、この中の様子の調査はもう済んだのか?」
「はい、いえ、何と申しますか。長くなりますが、よろしいでしょうか?」
一同、同意のうなずきを返す。
「始まりは数日前、突然この樹林帯が現れたと、この近辺に住む民からの報告がありまして、信じがたいことではありましたが、民の訴えを理由もなしに放置するわけにもいかず、すぐさま調査の人員が送られました。」
「職務に忠実で素晴らしいことだわ。」
「・・・鏡、黙ってろ。」
あ、これ結構本気っぽい。すまんすまん。もう悪乗りはやめとくよ。
「ええっと、、、はい。派遣された二名の兵士が訴え通りの樹林を発見、すぐさま戻り、報告を上げてきました。それを受け、いかなる危険があるか不明なため、慎重を期して優秀な部隊を派遣、調査に赴きました。」
時系列に沿って客観的に事態の進行を伝えてくる。
「15人で編成されたその部隊は5名を樹林の外の待機部隊とし、残り10名を5人ずつの2グループに分け、異なる地点から樹林中央へ向け調査へ赴かせました。」
「何か見つかりましたか?」
ちらっ、とリュウの方を見る。特にこのレオの相槌には文句がないようだ。まあ適切だものね。うんうん。
「その、非常に不可解なのですが、その二グループは進むなり、すぐに樹林の外にたどり着いたそうです。」
「すぐって、どの程度さ?」
「5分も経っていないかと。本日我々も同様の経験をいたしました。」
「5分って、ルイナの兵士は健脚ぞろいか。」
「なはは、ミラっち、それたぶん違う。」
「はい。調査に赴いた兵たちは慎重に進んだものと思われます。樹林の外から推測できる規模に比べ、明らかに異常です。」
「あんたらは、魔術的な素養に優れた兵なのか?」
リュウが的確に問いを放つ。いや、私も薄々そうだとちゃんと推測できてたわよ。
「ご推察の通りです。侵入を拒む何らかの働きがあるようです。それも相当に高度な。我々では力及ばず、それを解明するには至りませんでした。」
「なるほどな。わかった。ありがとう。助かった。」
「お役に立てて何よりです。」
一段落したようだ。うむ。つまりは中心部に入るには何らかの謎を解く必要があるわけね。仕掛けの細工を探す、無意識に方向を変えてしまう迷路構造なのかもしれない。うー、腕が鳴る。この展開は大好物だ。
「ミラっち、やる気満々だねぇ。」
「謎が私を呼んでいるわ。リュウ、勝負よ。どっちが先にこの謎を解明できるか。負けてほえ面かかないように、せいぜい頑張りなさい。」
ビシッ、とリュウに人差し指を向けて、宣戦布告する。私の人差し指の先では、リュウが隣のレオと何やら相談している。ふむ、チーム戦のつもりか。よかろう、受けて立とう。
「クーラさんに、そしてイクス、スケさん、ウドー。あんたら、私のチームよ。絶対に勝つのよ。」
うっし、人員はこちらが圧倒的。人海戦術になったら勝ち確だ。戦とは数なのだ。数がこの世を支配するのだ。
「うん。僕頑張るよ。」
「なはは、どーだろうねぇ。」
む、おそらくこちらの最大戦力であろうクーラさんのやる気が低そうだ。これはいかん。士気を上げる一言を何か探さねば。
クーラさんのセリフを受けてどうするかと考えていると、唐突にリュウの体が光った。レオが何か魔法をかけたようだ。そしてそのまま、ふわっと宙へ浮き上がり、相当な高さまで達してから、樹林の中央へと向かって進んで行った。
「なはは、まずはまあ、そうだよねぇ。」
わたしはほけーっ、としたあほ面を、隣のイクスと一緒にさらしながら、上空を進んでいくリュウを見上げていた。
「柱状の結界か何かだったようだ。ある程度の高さまでは届いてない。球形じゃなくて楽できたな。」
「反則!反則よ!断固抗議するわ!」
「で、レオ。全員分の空中歩行-スカイウォーク-、頼めるか。」
こいつうっせーな、といった表情をこちらへちらと向けただけで、私をいないもののようにして話を進めようとするリュウに大声で反抗する。
「ほら、イクス!あんたもさすがにこれには納得できないでしょっ!」
「んー。リューもクーラさんもあんなこと思いつくなんてさすがだなー、って。」
こいつ、裏切りおった。
「イクスー、そんな心ない子に育って、私は姉として悲しいわ。」
「わし、空を飛べてしまうのじゃな。いやー、木精の奴に、いい土産話ができるわい。」
「ミラージュ殿、今回は完全に負け戦であった。素直に負けを認めるのもまた、向上の一つの機会ではなかろうか。」
味方一人もいねーわ。結束ばらばらだったわ。
「鏡、お前は俺らの後ろだ。また前みたく気絶されたらかなわんからな。」
「はいはーい。もう、わかったわよ。負けでいいわよ。さっさと行きましょ。」
こいつ、ほんとめんどくせーな、って感じのリュウの一瞥を根性で自然体を装って受け流して、レオの魔法をかけてもらい、皆で飛び立った。
上空からではその中央部は夜の暗闇に覆われていて、良く見えなかった。
「降ってきたな。」
「うわ、雨の感触、ほんとにそのまんまだねぇ。違和感なさ過ぎて、逆に気持ち悪いわ。」
クーラさんが独り言ちる。私はもう結構慣れたけど、他二人も同様に気持ち悪そうだ。
この樹林地帯の重要地点と見られる場所に全員で降り立つ。半径50m程度の円型の一帯。その部分だけ、樹木はおろか草花の類も生えておらず、赤茶けた土の地面をさらしている。夜の闇に包まれ遠くまで視界が確保できない中でも、その一帯は十分に目立っていた。中央には四角形の石造りの祠のようなものがあるようだ。
「レオっち、あそこ。明かり頼むわ。」
「了解です。」
少し多めにマナが込められた光源を生み出す魔法が、レオの手から放たれた。まっすぐに、中央のいかにも怪しげな雰囲気を放つ祠に向かって進み、そのすぐそばの地面に着地した。しばらくの間消えることなく、指定地点の周囲を照らす魔法。その光でもって、石の建造物の片面を露わにさせた。
見える限りでは、直方体を成しているようだ。距離感的に10m×5m×5mといった程度だろうか。つなぎ目は見られず、元々あった石をそのまま形だけ整えたものかと推測できる。
「入り口は向こう側かな?」
「鏡、不用意には近づくなよ。何があるかわからん。ある程度距離を取ったまま、一周してみよう。」
慎重にすぎるリュウの意見だが、特に異論もない。そのまま皆でぐるりと反時計回りに進んでいった。反対側にもレオの魔法で明かりをつけてもらうと、こちら側には観音開きタイプの扉を成しているのであろう、切れ込みが見えた。
その扉の表面には、ここからでは判別できない程度の大きさで文字、文章が刻まれているようだ。
「石碑、じゃあないねぇ。ありゃ明らかに、扉にしか見えないからねぇ。」
「ですね、これは近づいて読んでみるしかないな。鏡、お前らは呼ぶまでここにいろ。イクスを守っていてやれ。」
直接的な戦闘力を考慮すれば、私とスケさんの二人はともに近接のエキスパートだ。実力不明のウドーも、使い捨ての盾ぐらいにはなるだろう。異論はない。うむうむと鷹揚にうなずく。
リュウ、レオ、クーラさんの三名が扉へと向かう。無事何事もなく到着して、三人で刻まれている文章を一緒に読んでいるようだ。さして間を置かず、クーラさんがこちらに両手で丸を作って、すぐに手招きした。
「危険はないみたいね。みんな、行きましょ。」
ざっざっ、ぱたぱた、てけてけ、と、それぞれの足音を立てながら前の三名の下へと向かう。
「なんて書いてあったの?」
クーラさんとレオは眉間にしわを寄せて何やら思考しているようだ。リュウはにやりとした表情をこちらに向け、告げた。
「喜べ。お前向きのやつだ。この二人にはきついかもしれん。」
刻まれた文章に目を向ける。えーと、何々。
〈我、人とともに歩む。人は二つで一つであった。古の地図を手に、今の景色に照らして歩む。しかし彼らの歩みは閉ざされる。けれど我は、歩みを止めず。人の身では届かぬ頂へと、彼らを導く。〉
「こりゃー、そうね。私向けのリドルね。」
文章の下には二人の人を表しているのであろう、二本の縦線が並んでいた。その下に、6つの数字が刻まれている。
〈33955933
220242022
21211212
345212543
72122127
311666113〉
「ま、あんたなら朝飯前よね。レオは文系寄りだし、厳しいかもね。クーラさんは、どうだろう。」
「ミラっち、まさかもう解けたの?あたしは無理。リュウがミラっちに向けて言った一言で、ルールはたぶん、わかったけど、こんなの暗算できないねぇ。」
「ミラージュ殿、ここまで近づいて確信致しました。この奥から、同類の匂いを感じます。」
スケさんの同類か。
「間違えたら土からアンデッドの大群、かしらね。」
「だろうな。」
「レオ、まだ考えたい?」
「ううむ、私も降参です。ルール自体、よくわかりません。」
「リュウ、これで合ってるよね?」
一応の答え合わせ。
「ああ。俺もそれだと思う。」
その一言を聞いて、私は全く警戒することなく、即座に345212543を手で覆った。
青い光がほとばしり、扉は開かれた。
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