第8話udo -aratana_tomo-
「このあたり?」
「あ、もうちょい下、そう、もうちょい、あ、そこ、そこじゃ。あっ、、、い、痛くせんでくれのう。」
「ちょっとウドー、イライラするからその変な声だすのやめてくんない?思い切りぶった切るわよ。」
「ぬぅ、わしはウドじゃないんじゃが。それよりおかしいのう、こう言って人をよく喜ばせてあげたと木精は言っておったんじゃが。」
木精人里降りて何やっとるし。ナニか。
「エンハンス・ストレンクス、エンハンス・ストレンクス、エンハンス・ストレンクス、、、。」
一つ唱える度にぼうっと淡い効果光が現れる。ボッ、ボッ、ボッ、それ以上効果のない強化の光の明滅が続く。
「ミ、ミラージュ殿、さすがにそこまでせずとも、その、たやすく切れるのではないか?」
スケさんが少し引いてしまったようだ。イクスはわー、綺麗、と喜んでいる。心配するな、スケよ。これは高ぶった精神を落ち着かせるためのただの儀式なのだ。効果は、最初の一回以外、ない。
スゥー、と大きく息を吸うのに合わせて刀を両手で振り上げる。力は入れずに。リラックス。
「ひ、人がこんなに怖いなんて、わし聞いておらんのじゃが、、、」
ストン、と振り落とす。うん、なかなかいい一振りだった。道場の師範もほめてくれるに違いない。
「あいや、お見事。」
「ふー、なんじゃ、むやみに怖がらせおってからに。しかしすまん、おかげで助かったわい。」
無事巨木の根と分かたれた若木。ウドーはその新しくできた切り口を器用に変形させて、数本のタコの足のようなものを作った。
「うむ、身が随分と軽くなった。ではいざ、人の住まうところへと向かおうではないか。」
動きの具合を確かめるように前後左右にテケテケと足を小刻みに動かしながら移動している。
(もうちょっと小さかったら、ペットにちょうどよかったわね。)
「でー、おじいちゃんも一緒に行くよね?ミラージュ、ネコさんからさっき連絡あったんでしょ?どうする?」
「ネコさんて。あの人は、えっと、なんだったっけ、そう、クーラさんよ。クーラさん。すごい人なんだから。尊敬の念でもって呼び称えなさい。」
「はーい。」
相変わらず素直だ。
「あのご婦人はクーラ殿とおっしゃるのか。ミラージュ殿とはまた違ったタイプの、戦巧者のようであったな。ぜひ手合わせをお願いしたいものだ。」
スケさんもぶれねぇな。
「そういやクーラさんがこっちに来ることって今までほとんどなかったっけ。試験も無事終わったし、これからたっぷり機会はあるよ。良かったね、スケさん。」
「むむ!そのシケンとやらは、神の御使いのお方々でも身を案じるような強敵なのか!?」
あ、こいつ変なとこ食いつきやがった。
「んー、そうね。間違ってはいないわね。」
「なんと、、、そのようなものが、、、」
えらく感動で打ちひしがれているようだ。なんかもうめんどくせぇ。
「とにかくいったんブティーナに戻るわよ。ウドーも。連れてってあげるわ。」
「だからわしはウドじゃないというに。」
ブティーナへと皆を連れて転移して、涼子さんを呼ぶと、フル装備のネコさんがすぐに現れた。耐火性の全身が覆えるフード付きマントをまとっている。前の合わせ目からは上半身全体を覆うやや厚手の革服、下はホットパンツのようだ。腰には主武装の短剣を左右にそれぞれ一本ずつさしている。
イクスの影響か、はたまたリアル志向のプレイヤー向けに痛覚その他の感覚を再現しようとした未完パッチでも流れ込んできたのか、その原因はわからないが、この私の世界を歩くのには多少なりとも危険がある。
もちろん、十分にプレイして成長を重ねたプレイヤーキャラに相応の害をなせるものなどそうそう道端に転がっているわけではないのだが、備えておくに越したことはない。
万が一を考えて、モンスターの脅威度も最低に下げてある。行動パターンは変わらないが、受けるダメージとその体力を上げ下げする機能があるのだ。
ちなみにこれを最高まで上げると、成長したプレイヤーの、補助効果無しの素の能力で、元の世界の人類と同等か、少し弱い程度になる。
つまり、クマの一撃で、終わる。
休みなく補助をかけ続け、知恵と工夫を駆使する必要に迫られ、通常なら雑魚のはずのモンスター相手でもハラハラ死線をさまよえるので、チャレンジ精神旺盛な人はそれでダンジョンアタックをしたりする。
あー、そういやもう一つの大陸にある魔窟を舞台に最高設定サバイバルチャレンジが流行ってたっけ。たしかギネス記録が2日とちょっととか。龍かどっかのところへ行って、チャレンジして新記録を出し有名になる、ってのも選択肢の一つね。
「いやー、やっぱこうなったか。」
互いの手と枝でツンツンとコミュニケーションを図っているイクスとウドーを視界に入れて、クーラさんがつぶやいた。
「クーラさん、知ってたんですよね。」
「まーね。未開地帯に用意されたイベントの中でもしょーもないやつの筆頭でさ、有名だし印象に残るのよ。しょーもないんだけどね。」
しょーもない、を意図的に繰り返して強調している。同じセクハラ被害にあったのだろう。
「はあ。まあ、そうでしょうね。」
「ミラっちなら気に入りそうなキャラだしねぇ。一緒にいるんじゃないかとは思ったよ。」
ん、なんか今のセリフ、変じゃなかった?うまく説明できないが、聞き流せない要素があったような気がするぞ。
「ウドーって名前つけたんだよ、ミラージュが。」
つつき合いのコミュニケーションが一段落したのか、妙な引っ掛かりを覚えて言葉に詰まっていた私の代わりに、イクスがクーラさんに返事を返した。
「だからわしはウドじゃあないと何度言えば、、、もういいわい。」
「なはは、すでに相当馴染んどるねぇ。いや、さすが。」
何がさすが、なんだろう。名づけのセンスか?
「それで、これから如何なさるので?ベントではなくこちらに赴いた用向があるのでござろう?」
「ん、ルイナへ行こうと思うのさ。道中の様子を見ながらね。」
ここブティーナから北にククルスベント、そこから東にこの国の名を冠する首都、ルイナがある。ブティーナからなら、大体北東の方角。大山脈から北へ蛇行しつつ流れる大河の影響で広大な氾濫原が広がるその地帯は、治水技術のある程度発達したこの世界において人種の生活に最適な環境を提供している。
その大河を利用した水運により、北の2国との流通も盛んだ。それなりに発展はしているものの、片田舎といった印象のぬぐえないブティーナやベントに比べると、ルイナはこのゲーム世界において数少ない大都会、そう呼んで遜色ない街の一つである。
「南の探索はまだ全然途中なんですが、いいんですか?」
「んー、ドラゴンの襲撃って、開幕に持ってくるには派手でいいけどさ、追加イベントで、ってなると、所詮倒すだけだし、地味じゃない?実際ほら、簡単に?倒せちゃったみたいだし。そっからあれこれ膨らませるのがめんどくさくて、作りかけたはいいけど没になったんじゃないかなぁ、と思うわけよ。」
「うーむ、確かに。」
「ドラゴンのデータだけは他で流用できそうだから完成させたんじゃない?そう考えるとそいつはそれで終わりの可能性が高いじゃん。龍の里も、別段変化なかったんでしょ?ちゃんと最後まで作ってリリース待ちだったんなら、間違いなく絡んでくるはずっしょ。地理的にも、種族的にも。」
「ぐう。」
「どした、ミラっち?」
音がちょっと出てしまった。素直に納得できるのだが、別の何かが南にある可能性はあるんじゃあないかな、とも思ったのだ。
「なはは、そだね。まあ何かあるかもしれんけどさ、後回しでいいと思うんだよねぇ。ほら、ここみたく、世界に目立った影響与える規模の変化なら、都会ならすぐ伝わるっしょ。だからそういうのを調べるほうが早いさ。それだけで目的達成できちゃうかもしれないしさ。」
おう、伝わった。やはりテレパシーか?
「わかりました。そうしましょう。ほら、みんな、しゅっぱーつ。」
一人と一体と一本のケツをたたいて、出発を促した。
「街道沿いに馬車で行くべさ。イクスっちも、転移でパっよりもいいっしょ。」
「馬車!うん、そっちのがいい。」
「そーいや、いつものお二人さんは?」
「二人で映画見るんだそうです。なんか、すごい昔のSF映画。私は興味なかったから。」
常に一緒にいるわけじゃないというのに。そういう思いでぶっきらぼうに返した私の返事を聞いたクーラさんはものすごく驚いた顔をして、その後優しげな表情で
「ま、そういうときもあるさね。」
と言った。
「全く、世界のピンチかもしれないのに、二人とも危機感ないんですから。」
「なはは、そうだねぇ。でもミラっちは今、壮大なSF映画の主役になってるのかもしれないねぇ。」
「やめてくださいよー。確かに今の状況は物語のヒーローみたいだけど、主演女優なら涼子先輩の方が適役です。」
「なはは、中々うれしいこといってくれるねぇ。」
そういっておどけたクーラさんのその精緻を凝らして整えられた容貌は、確かににこやかに笑っていたけれど、その目には鋭い獣の眼光を宿していた。
カラカラと規則的な音を立てて、馬車はその両輪を回している。圧倒的な転がり抵抗の小ささを利用した結構な速さでもって街道を進む。ブティーナからそれなりの距離を走破したこのあたりは広大な平野になっていて、主に穀倉地帯として利用されている。ちょうど収穫の頃合いの小麦達が道の左右でその穂を微風に揺られてたなびかせている。
「きれいだねー。」
「そうねー、平和ねー。」
「人の営みとは、かくも圧倒的なのじゃなぁ。街並みというやつにも驚いたが、これはこれで壮観じゃ。あやつが絶賛していたのも納得というものじゃ。」
別れるタイミングを逸し、あのままなし崩し的に私たちにくっついてきたウドーが、期待以上の光景だったのだろう、極々自然に抱いたであろうことを感想として口に出した。
傾斜角1度未満の緩やかな登り。だいぶ向こうにはその坂とも呼べない坂の終わりを告げる丘の頂上。夕日に照らされた赤い空と麦の黄金が、わかりやすいグラデーションをなしている。あそこを超えれば今度は再び緩やかに下っていく。そうして進んでいけば、やがて大河がその威容を現すはずだ。
「このあたりは全然元のままだねぇ。」
「いやあ、もしかしたら向こう側には今までなかった巨大建造物ができているかもしれませんよ。」
「だといいねぇ。」
のん気な馬車内の雰囲気。イクスもウドーもまだまだ外の景色を見飽きることはないようだ。ミステリーサークルを作るにはいい場所ね。麦畑の全面を使って、イクスにメッセージでも書かせてみようかしら。互いにしかわからない合言葉とか。いや、それがないから困ってるんだった。
果たして、馬車は進み、だんだんと遮られていた先が見えてきた。予想通り、その先には変わらず続く小麦畑、のはずだったのだが。
「あらら、ミラっち、当たらずも遠からずだねぇ。」
左方、10kmほど先に、場違いな森がみえた。一面黄色で下塗りしたキャンパスを床に置いて、その上から緑の絵の具をぐちゃりと落としたみたいだ。買いたての白ブラウスを着たまま、カレーうどんを食べてしまって後悔した時のような、何とも言えない残念さが、そこには広がっていた。
「なはは、まさかこんな簡単に見つけちゃうとは。ついてるねぇ。」
「スケさん、あそこ、向かえる?」
「馬車のまま畑を突っ切るのは感心致しませんな。スピードもさほど出ないでしょうし。このまま進んであそこの歩道から徒歩で向かうべきでしょう。」
「それがいいわね。イクス、準備。スケさんから離れちゃだめよ。それからウドー、あんたあの樹木たちと同族?でしょ。せっかく拾ってやったんだから、会話するなりなんなりして役に立って見せなさい。」
「そんなご無体な。お主とクーラ殿並みに、わしとあれではだいぶ違うわい。」
「ここでほっぽりだしてあげてもいいんだけど?」
「やっぱわし、人怖い。」
「ミラージュは優しいよー。」
なはははははは、とクーラさんの特徴的な笑いが馬車の中を反響した。
やや緊張気味に私は5人パーティのリーダーとして集団の先頭を進む。森はもう、目と鼻の先。日は既に沈みきっており、あたりは暗い。クーラさんの放ったライトの魔法がふわふわと飛び回りながら私たちの周囲を照らす以外に、明かりと呼べるものはない。星も月も、どこからか流されてきた雲に隠されてしまっているようだ。
「雲行きが怪しい、ってこういう感じなのかな。」
「んー、いい時間だし、いったん夕飯に戻るかい?」
時刻を表示して確認すると、七時を回っていた。
「スケさん、頼める?」
「承知した。任されよ。」
その返答に安心して、簡易の転移ポイントをその場に設置し、私はログアウトした。時間進行は止めない。
イクス曰く、停止させて私がログアウトしている間は、黒い空間に包まれて眠っているような感じなんだそうだ。いろいろ静かに考えられて楽しいよ、とは言っていたが、その状態を想像すると、薄ら寒さが感じられて、可能な限りは進行をオフらないことに決めた。
ウドーが入ったおかげで、一人と一体と一本、話題がそうそう尽きることはないだろう。
ぽけー、とそんなことを考えながら階段を下りて、ダイニングへ向かう。席へ座り、おいしくご飯をいただく。
「今日も父さん、遅いの?」
「みたいねぇ。前もネコが殺されたとかって、通報があったみたい。どうしてそんなこと、って、母さん思っちゃうわ。他にもいろいろ物騒な事件が続いてるみたいで。大変よねぇ。」
「ふーん。」
壁に設置されたモニターでは、そんな世間の暗い事件を一切気にかけていない、お気楽なバラエティ番組が流れていた。
「低俗だわ。」
「あら、お気に召さないかしら。ただ純粋に笑えるってのは、それだけでいいことだと母さん思うわよ。全力を捧げて作られたものはなんだってすごいんだから。でも今日のは確かに外れ回ねぇ。」
母さんもそれほど楽しんではいなかったようで、テーブル脇に備え付けられた端末を操作して、チャンネルを変えてしまった。一週間の天気予報が表示された画面に切り替わる。しばらくは、雨もなく晴れ続きのようだ。学校行くのだるいなぁ、早く夏休みにならないかな。
「それにしても鏡ちゃんは、ほんと父さんに似て、固いわねぇ。将来は父さんと同じく、警察官かしら。」
「んー、あたし法律とかたぶんあんまし好きくない。」
「そうお?向いてると思うわよ。」
「サイバー犯罪担当とかなら、いけるかも。」
「あら、かっこいいじゃない。そういう知能担当が主役のドラマとか、面白いわよね。」
「うん、あたしもそういうの、好き。」
食後のあとの親子の他愛ない会話。将来か、今はまだよくわかんないな。とりあえず好きな勉強ができる大学に入って、それからだな。
「じゃーごちそうさま。今日もおいしかったよ。おかーさん。」
「はい、どうも。2階に上がるなら、歯は今のうちに磨いておくのよ。」
「うん。」
シュワシュワとイチゴ味の歯磨き粉の甘みを感じながら、歯ブラシをこする。ガラガラ、ペ、ガラガラ、ペ。うん、気が引き締まった。さてさて、あの森の中には何が待ち受けていることやら。ワクワクとドキドキをない交ぜにして、二階へと上がる。さあ、未知への冒険の始まりだ。
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