第5話some options -shonen_to_sugaku-

「にわかには信じがたいねぇ。ヒック。」


猫耳獣人アバター姿のリョウコ先輩がジョッキの小麦飲料をごくりと飲みこみ、それを片手にポツリとこぼす。


いつみても造形へのこだわりがうかがえる精緻な出来栄えに感心してしまう。大抵ゲーム内のアバターは、自身の姿を多少美化した程度の修正でとどまるのだが、彼女の造形は時間をかけて理想の毛並みを再現したと本人が自負するほどに、眺めれば眺めるほどこだわりが垣間見える。酒酔いの演技も完璧だ。


「今日の鏡さんの様子がおかしかったのは、このことが原因だったのですね。」


レオが納得したように目を閉じ腕を組んで首を上下している。どこぞの大名か、というほどの鷹揚な態度。こいつのアバターもリョウコさんの作。


純正アジア人のアバターを作ってほしいとの本人の強い要望で依頼したそうだ。イメージは芭蕉を若返らせた感じ。それで世界行脚したかったのだとか。ある意味最高のロールプレイの形ではあるが、キャラクターネームがレオンハルトと適当すぎるのはいかがなものかと思う。


そこもこだわれよ、と突っ込みを入れようとした矢先、アバターを作った涼子先輩からの「ロックだね。」の一言で決まってしまった。



「それで、みんなはどう思うさ。」


鋭い目で周囲に促すリョウコさん、ちょっと目が据わってて怖い。


「私は本当だと思います。先ほどまでの受け答えを鑑みれば、とても作り物のゲームキャラには見えません。」

「確かに。鏡が調べた通り、通常のAIと違って日本のことにも反応するしな。だが、それだけじゃ弱いんじゃないか?」

「何かあるの?確かめる手段。」

「そうだな、、、イクス、数の概念はわかるだろ?」

「うん。」

「計算はできるか?ミルク1杯で200金だったら今4杯目だからいくら払う必要がある?」

「800金だね。それにほかのみんなの注文と合わせて2250金。」

「商品の金額とかのデータはいつでも参照できるんだったな。じゃあ約数とか倍数とかって言葉は知ってるか?」

「知らない。教えて。」

「ふむ、まあ単純な四則演算ができりゃ困らんわけだし、用意されてないのも納得だな。鏡、説明してやれ。」

「なんで私よ。はあ、まあいいわ。えっと、約数ってのはある数を割り切る数のことよ。」

「んー?」

「10を2で割ったら5で、きっちり割り切れるでしょ、だから2は10の約数というのよ。他に10の約数は何がある?」

「んー、、、」


目が閉じられる。どうやら考えるときに目を閉じるのは彼の癖で間違いないようだ。


「いっぱいありすぎてどれを答えたらいいのかわからないよ。」

「ん?10を割り切るのは2と5だけよ。一応1と、あと10そのものもあるけど。それでも4つしかないよ。」

「んー?4と8もすぐおわるよー。他にもいっぱい、あると思うんだけどなー。」


んん?ああ、そうか、割り切るって言葉はあいまいだったわね。そこをきっちり伝えようとしたところで、リュウが私の代わりにその仕事を引き継いだ。


「なるほどな。イクス、割った結果が小数になるやつは対象外だ。小数はわかるか?負の数も対象外だ。それならどうだ。」

「大丈夫、えっと、うん、そうだね、わかったよ。」

「じゃあ12の約数は何だ?」

「1、2、3、4、6、12」


よどみない答えが返ってくる。


「にゃはは、ぼくちゃん、やるじゃないすか。」


ご機嫌なリョウコさん。他の皆はそろって無言。


一連のやり取り。これでイクスには新しい概念を理解し運用する能力がある、ということがほぼ実証されたわけだ。


この後確認のため酒場のおじさんにも同様のテストをしてみたところ、単発の質問には答えてくれたが、約数の概念はどう説明しても理解してくれなかった。


割る、という行為はしてくれる。どれが割り切れるか、という選択式の問いには正しい答えを返してくれる。けれどもそういった会話の流れの意味を全てきっちりつなげて把握することはできないようで、約数を答えることはできなかった。


ちなみに約数、というキーワードを使わず、1から12までの整数で、12を割って結果が整数になるものは?なら、きっちり答えてくれた。


つまり、整数やら小数やら、日常生活でも出会う可能性のある言葉と、約数、という日常生活においてほぼ可能性0のもの、というラインが設定ボーダーなようだ。






「もし育てたら、すごい数学者になれるかしら。」


その後互除法やらなんやら、最近学習した内容を吹き込み、果てはレオの徒然草講義に至るまで、それらを瞬く間に習得、理解していくイクス。すっかりイクスのことを信じることにした切り替えの早い私は、期待と羨望のまなざしを彼に向けながらそう言い放った。


「どう、だろうな。」


最初は面白いものでも見つけたかのように嬉々として実験に参加していたリュウは私のテンションの高まりとは反比例するように、その表情を険しくさせていた。


「イクスさんの望みはなんでしたっけ。」


どうやら私を除き、どうしたもんか、といった空気で充満した一同の中、レオが口火を切った。


「彼の親に、私のギアを渡すこと。」

「親ねぇ。」

「・・・」


そこでまた、沈黙が落ちる。


「制作関係者のだれかに渡りをつければいいわけだな。」

「たぶん。このゲームに紛れ込んできたわけだし、関係ないことはないと思う。」

「だとすると、AI関連を担当した人のだれかの可能性が高いな。」

「・・・」


再び、沈黙。混み始めて、がやがやし始めてきた周囲。その酒場本来の喧騒が、沈黙具合をより一層際立てる。


「イクスはその方の名前に心当たりはないのですか?」

「たぶん君たちの世界の人たちの名前らしいものはたくさん知ってるよ。でもどれがどんな人かってことは、あんましわかんない。」


再再度、沈黙が落ちる。手がかりはなしだ。


「コンテスト入賞を目指すってのはどうよぉ?入賞したらさ、ほらーなんつうのぉ、賞金の受け渡しとかさ、そういうの担当してんのと連絡取れるわけだしぃ。そんとき会社見学したいー、とか、申し込んだらいけんじゃないすかぁ。」


リョウコさんがソロ専らしい発想でアイディアを出した。確かにそれならいけるかもしれない。


「だったらチーム作って大会で勝ちまくるってのもあるな。公式大会とか大規模なものなら、広報関係はもちろん、お偉方も様子を見に来るんじゃないか?」

「うーん、成程。」

「まあ実現するにはどちらもちょっと厳しい条件ですね。」


悪気無いレオの一言だったが、皆同意なようで、またまた揃って押し黙ってしまう。そうしてお互い黙ったままの静寂を断ち切ったのは一つの人影だった。






私たちのテーブルに近づいてくる人影。ベージュのゆったりしたローブで全身が包まれている。フードを下ろしているために首筋はさらされていて、そこには下に着こんだ黒い重装鎧の一部が覗いている。さらされた頭部は黒色鎧とコントラストをなすかのような白。いびつな白い卵型。その卵の中央上よりにある、2つの真黒な眼窩が私を見据えている。わが愛しのバディ、レジェンダリー・スケルトン・チャンプのスケさんだ。


「ミラージュ殿、ご歓談のところ申し訳ないが、危急、知らせねばならぬ事項があるのですが。」


恐縮そうに、しかし興奮を押し隠せていない様子で言葉を告げる彼に続きを促す。


「今日の昼頃、ブティーナを守る部隊からこのベントまで、伝令があったらしく。未開領域の探査を進めていた部隊が、かなり大規模なモンスターの襲撃を受けて、ほぼ壊滅したらしいとのこと。」


今日、そうか、時間経過状態でスリープしたから、ゲーム内時間が動いたままだったのか。凡ミスしてしまった。朝しっかり時間進行オフでログアウトしておくべきだった。


「わかった。でも南の辺境警備隊は最精鋭を配置してるはずよ。彼らの手に負えない相手なんて、相当深部まで行かない限りはいないと思うんだけど。」


ククルスベントの街を含む国、ルイナ。古代遺跡の残骸を数多く残すこの国は南方に人の手が届かない未開地域が広がり、北方でほか2国と隣り合う大陸中央部の国家。


未開領域との境界ラインの中央部には東西に長くそびえる大山脈-グレートマウンテンズ-があり、東の海岸線近くまで続いている。それが途切れる先のさらに東には高山地帯があって、そこには人種に好意的な龍種の住処がある。


逆側、山脈の西にはラインに沿った大河が海まで続くため、驚異の侵入はない。


なのでこの場合、山脈や河に沿ってラインができたと言ったほうがおそらく正しいのだろうけど。


従って境界防衛のためには大山脈と高山地帯の切れ間、とはいってもベントを含むルイナ国の中央地帯に比べれば十分に標高は高いのだが、に防衛最前線として砦を建造すればよく、そこで南からの外種の襲来に備えている。そうした思惑に乗っ取って建造されたのが城塞都市ブティーナだ。


「だねぇ。あそこは絶対に落ちないようになってるはずさ。この大陸の南方の未開探検はゲーム初期から用意されてるメインコンテンツの一つだからねぇ。」


リョウコ先輩が朗らかに唱える。私自身、ソロプレイの一目標として、ちょこちょこ探索を進めていたところなのだ。リョウコさんは大体を既にプレイしてしまっているのだろう。ネタバレは嫌だから、そのあたりのことは聞かないし、コミュニティでは関連情報は避けてるけど。


「しかし、戦に絶対はありえぬ。普段見えられぬ強敵がおるやもしれぬ。気にはならぬか、ミラージュ殿。いざ、助力しに行こうではないか。」

「にゃはは、ミラっち、こいつ強敵と戦いだけだわ。ヒック、なんでこんな脳筋骸骨、バディに選ぶかねぇ。もっと器用な奴をバディに据えたほうが、いろいろ応用も聞くんだって、教えたはずなんだけど、ヒック。あんた、私の言ったこと、覚えてないの?」


あの、なんかリョウコ先輩、怖くないすか。目の据わり具合が半端ないっす。


「それで、如何がするのだ、ミラージュ殿。もちろん、行くであろう。な、な。互いに武の道を究めようと誓った我ら、その技を磨くまたとない機会をむざむざ逸することもなかろう。」


スケさんの催促。今はゲームの事柄とか些事だろ、と涼子先輩製作総指揮のリアルな猫目による鋭い視線でくぎを刺された私は、特定のモンスターが放つスキル威圧の睨み-コアーシブゲイズ-を受けたかのように委縮してしまい、リュウとレオに視線を泳がせた。


「様子を見にいくべきだな。」


リュウが唐突に言った。険しい表情を浮かべているが、どうやら助けてくれたらしい。


「アンタがそんな現状を顧みないこと言うなんて、明日は槍でも降るんかねぇ?」


即座に喧嘩越しなリョウコ先輩の返し。


「姐さんは一旦ここから出てください。どうせこのまま方策を議論したって、さっき以上のアイディアは出ないでしょうし。俺は、今日はひとまずこいつに付き添います。明日、今日のこの後のことを伝えるにしたって、俺がいたほうが効率はいいでしょうし。」

「んー、それもそだね、にゃははは。じゃー任せた。イクスっち、またねー。バイバーイ。」


片手を軽く振って、イクスにさよならを告げ、光の粒子となってその場を後にするリョウコ先輩。自分の世界に戻ったか、ログアウトしたか。何にせよ怖かった。その元凶がいなくなり、スキル効果が解けるように心がふぅー、と一呼吸。


「助かった、リュウ。ありがと。なんかすごい、怖かった。目が、こう、、、」

「涼子さん、いつもと違ってちょっと変でしたねぇ。何か機嫌の悪くなるようなことでもあったんでしょうか。」


どうだろう、イクスのことは、結構気に入ってたと思ったけど。


「玲央はどうする?一緒に様子を見に行くか?別にこれ以上付き合う義理はないが。」


リョウコ先輩のことには触れる様子もなく、端的にリュウがレオへまくし立てる。


「そうですね。特に夕飯まですることもないですし、ご一緒してもよろしいですか?」


私へ向けて了承の意を求められたので、うなずく。


さっきからスケさんには返事保留状態で待ってもらっている。あんまり待たせすぎると、たぶん一人で向かう決断をしそうだ。それで好感度が下がったりはしないだろうが、悪い気がするので了承の意を彼に伝える。


「じゃあ、“ホームポイント”で待ってて。すぐ行くから。」

「さすがミラージュ殿。他にも神の使徒のお方々の助力もあるとなれば、むしろそれがしの戦いの場が残っているか、の方が心配ですな。ハハハ。では、お待ちしております。」


自身の望みがかなって満足したのか、陽気に背を向け歩き出すスケさん。


「じゃあ行こうか。イクスは、、、ついてくる?」


席を立ち、懸念の“人物”に問うてみる。


「ん。“ミラっち”の所についてくよ。」

「先輩の真似しちゃダメ。“ミラージュ”で。」

「うん、ミラージュ。」


変にあれこれ考えるのはやめた。ゲームの中だって、別に、勝手にその中の人を“人”だと思って接しちゃいけないわけじゃない。そう思ったって、損なんてないんだもの。そんな簡単な結論に落ち着いていた。


もちろん、年下らしいことは譲れないけど。


「鏡さんとか鏡先輩、でもいいわよ。」

「んー、ミラージュの方が呼びやすいよ。」


レオは私たち二人のやり取りに、にっこり優しい表情を浮かべている。


「鏡、レオ。もし強力なモンスターの攻撃があったら、ダメージを可能な限り避けろ。」


さっきからリュウの表情は険しいままだ。


「大丈夫よ。あんたがベータに勤しんでた間、私も相当成長して、動けるようになったんだから。ホストだし、途中で死んだりしないわ。」


テーブルには涼子先輩に干されたジョッキと、私が飲み干したティーカップ、レオの頼んだソーダ水のグラスに、最後にしっかり飲みほした、まだ側面を白い筋がつたう4杯目のミルクグラス。


「リュー、頼んだ飲み物残すのはもったいないよー。」


雰囲気も大事だといっていつも頼んで飲んでいたリュウのジョッキは、なみなみつがれたままでテーブルに残っていた。






「回復系の技能とか、いろいろ取り換える、ちょっと待て。」


ホームポイントに到着し、スケさんと合流。じゃあブティーナに転移しよう、とした矢先、リュウがスキル設定をいじるらしい。慎重なことで。オンラインのコマンダー職の設定のままだと、ソロの対モンスター戦闘では非効率な構成に制限される、と聞いている。


「終わったら、教えて。」


ホストプレイヤーしか、設置した転移拠点間の移動を実行できない。つまり私の仕事だ。


「レオは、昨日リュウと一緒に対戦してたんでしょ。何か変える必要はないの?」

「マギはソロもオンもそこまで変わりません。今のところは、ですが。ソロで強力なスキルがオンでも同程度に有効です。」

「そーなんだ。」

「はい。今後マギはアタッカー確殺手段を増やす方向に行くんじゃないか、というのが龍の見立てです。そうなると、対多数のスキルをいくつか削ることになりますが。」

「ふーん、アタッカーってオンでそんな強力なの?」

「ですね。自身と自軍NPCのスピード上昇のクイックンが特に反則的です。個人の戦闘力も、かなりの物で、マギが遠距離で相手取るか、同職のアタッカーで対抗する以外は、中々に厳しいことになってしまいます。クイックンのクールダウンもさほど長くはない上に、状況に応じて判断できるプレイヤーですから。ひたすら無防備なところを選んで兵と一緒に突かれ続けたら、それだけでロードの元まで一直線となります。」

「それすぐ調整されちゃうんじゃない?」


気軽に返す。おそらく私が担当する職だし、強い分には困らないだろう。


「その可能性もありますが、ディフェンダーはアタッカー以外には仕事ができていますし、マギがアンチ・アタッカーとして機能してしまえば、うまくバランスがとれてます。龍も早期の修正はないとみているようですよ。なんだかんだで、命令指示するコマンダーが、実質最重要となるわけですから。昨日は二人だけの野良パーティにもかかわらず、龍のおかげでほぼ負けなしでした。」

「ふーん、、、」


さすが、と素直に賞賛の辞を続けたかったけど、その三語は喉に引っかかって出てこれなかった。やつを誉めるわけにはいかん。


「終わった。行こうか。」


奴から合図が来た。こくりとうなずいて、ブティーナへの転移を開始する。粒子がはじけて解ける。大風車は、今日も変わらず穏やかに、その身を風にゆだねていた。

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